都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

2008年7月 記事一覧

2008-07-31 | 記事一覧 
07/01 階段写真の整理方法
07/02 フィルムの整理方法と写真の閲覧
07/04 デジタル写真の整理方法
07/05 デジタル写真の検索・閲覧
07/06 みやこホテル(高田馬場・謎の和風旅館・東京新旧写真比較(1990/2008) No.17)
07/07 東京人 2008年8月号
07/10 スズヤ(質屋の派手な広告塔)
07/19 酷道をゆく2
07/21 上海楼(根津・失われた建築)
07/23 中央区京橋(空地の夕景)
07/27 刑部人の風景画
07/28 刑部邸 1(中井・失われた近代建築)


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刑部邸 1

2008-07-28 | 新宿区  

 実家に絵が飾ってあったため、私が勝手に御縁を感じていたお家は一昨年無くなった。

刑部邸・別棟
所在地:新宿区中井 2-19-7
構造・階数:木2
林芙美子邸東側、2006.4 二棟とも解体
Photo 2006.2.19

 刑部人氏はかなり前に亡くなっていたけど、お家はまだあるんだよ、という話を母にしてからしばらくして、その刑部邸自体が無くなるということを知った。後悔先に立たず。結局、私が刑部邸をまじまじと眺めたのは1、2回だけで終わってしまった。ただ考えようによっては、全く知らずに見ないまま終わったのでなく、外からだけだが見ることができたのは幸いだったのかもしれない。

 写真は林芙美子邸の東側、四の坂の道を隔てたすぐ隣にあった建物。スパニッシュスタイルの刑部人アトリエの建物の西側にあったもので、別棟だという。門は大谷石で屋根付きのどっしりとした構え。庭には多くの木があり、建物は門のあたりからしか見えない。

林芙美子邸の庭から

 記念館として公開されている林芙美子邸の庭からも、小さな竹藪越しにハーフティンバーの瀟洒な洋館が見えていた。小豆色の瓦屋根が落ち着いた中に少しの華やぎを与えている。このように、隣のお家が庭木越しに垣間見える風景は、美しく良質な住宅街の一つの条件だろう。自分の家の庭がきれいでも、隣がマンションだったりするとがっかりする。

 落合、中井界隈は大正期までは郊外の田舎だった場所。大正後期に目白文化村が開発・分譲され、震災後の昭和の初めには西武新宿線ができ、急速に宅地化が進んだそうだが、それでも緑が多い武蔵野の郊外住宅地だったのだろう。刑部邸は往時のそのような雰囲気を残すお家だった。

屋根部分

 木製の窓が美しい。観音開きの雨戸にスリットが入り、美しい影を落としている。

刑部人の風景画   刑部邸 2

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 新宿区  #近代建築  #洋館・洋風住宅 
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刑部人の風景画

2008-07-27 | Photolog
 絵の知識があまりないので画家の名前も大して知らない。だが刑部人という画家さんの名前は知っていた。なぜなら実家にこの方の絵があったから。


奈良風景(正確なタイトルは不明)、刑部人

 なんでも知り合いの画商から買い上げたんだそうな。両親は絵のコレクターではないので、たまたま御縁があって気に入って、ということなんだろう。小さい頃から居間に一枚の奈良の風景画が飾ってあり、父母からは「おさかべ じん」という画家の絵だと聞いていた。ただ不勉強のため「おさかべ じん」がどのような漢字なのか実はずっと知らずにいた。小坂部なのかと勝手に思っていたぐらい。

 3年ほど前、新宿区内の近代建築をチェックしていた時に、中井にある刑部邸が「おさかべ」邸であることを初めて知り、その刑部邸こそが刑部人という画家の家で、子孫がまだそこに住んでいるということを知った時はびっくりした。刑部邸から1kmほどのところに私はずっと住んでいたのに、それまで全然知らずにいたのだった。
 慌てて訪れてみたところ、二棟の美しい洋館がそこにはあった。林芙美子記念館の東側。実は以前にも見たことがあった建物で、おまけに写真も撮っていた。それなのに最近まで単なる洋館としか思っていなかったのだから、私もかなりいい加減だ。

 その後の刑部邸についてはまたこんど。

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中央区京橋

2008-07-23 | 中央区  
所在地:中央区京橋2-1
Photo 2008.7.22

 中央通り、京橋2丁目の明治屋北側の駐車場。左端は明治屋の建物。一帯は再開発が予定されている。歴史的建造物である明治屋は、容積率移転をして保存されるという話もあるが、まだ都市計画決定はされていないみたい。ポッカリと空地ができて、その向こうに東京駅前のビル群が見えているのが印象的。この駐車場の場所にも奥のような超高層ビルができるのだろうか。

 三脚を持ち合わせていなかったので、通り沿いのサンマルクカフェの店先にあった置き看板の上にカメラを置いて、セルフタイマーで撮影。

#街並み 中央区  #夕景・夜景  #高層ビル
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上海楼

2008-07-21 | 文京区  

 おばけ階段の近くにあった旅館はいつのまにかなくなっていた。

旅館・上海楼
所在地:文京区根津1-20
構造・階数:木・2
建設年:戦後?
解体年:2005年初め
Photo 1995.5.14

 根津教会がある道をおばけ階段の方へ向かっていくと、教会と同じ側に建っていた。いつの頃からそうなっていたのかは知らないが、ピンク色に塗られた外壁が印象的だった。中華街など、中国風建築は原色の極彩色のイメージが強い。上海楼の建物は基本的に和風建築だが、ピンク色の外観はその名からイメージされる色合いに合っているような感じだった。

 必ずしも、良い建物だったとは思わない。どちらかというと妙な建物だったが、無くなってしまうとなんだかとても寂しいものだ。跡地には普通のマンションか何かが建った。今思うと、街を特色づける一つのポイントになっていた建物だったのだなぁと思う。

 この近辺は江戸期には根津神社門前の岡場所があった場所で、明治初期には遊郭だった場所らしい。現在の東大が本郷に置かれることになり、根津遊郭が洲崎に移転したことは比較的有名だ。それもあって、この上海楼の建物を遊郭の名残とする記載も見られるが、写真の建物じたいが遊郭の建物だったかどうかは定かではない。(その後の調査(下記)で、この建物はやはり戦後のものだったらしく、旧遊廓建築ではなく、本郷界隈で戦後増えた旅館のひとつだったらしいことが判明。)

 根津遊郭は明治21年(1888)に廃止されたという。写真の建物が、明治初期のものなら、これは昔は遊郭として使われていたのかもしれない。もし明治後期以降の建物なら、最初から旅館かなにかだったのだろう。モルタル塗りの派手な色の外観はそんなに古い建物には思えなかったが、建設年を知らないのでなんとも言えない。もちろん、旧遊郭が旅館業に転向した可能性はあるので、上海楼という旅館は、なんらかの名残なのかもしれないが、そのへんの詳細について、私は未調査。


2008.9.19 追記
 関連情報が、ぼくの近代建築コレクションに記載された。


2022.8.25 追記
 戦前版(1934〜39年)の火災保険特殊地図では、この場所には上海楼は旅館としても飲食店としても記載がない。建物外形も後の上海楼とは全く異なり、数棟の家屋になっている。一方、戦後版(1953年)の火災保険特殊地図には、「(旅)上海楼」としてその後とほぼ同じ形のものが記されている。従って、建物はやはり恐らく戦後のもので、当初から旅館として建てられたものだったのだろう。
 ただ、「ぼくの近代建築コレクション」に記されている中華料理店としての上海楼が当初どこにあったのかは、火災保険特殊地図では分からなかった。

上海楼、弥生アパート/根津1丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 文京区  #ホテル・旅館  ブログ内タグ一覧
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酷道をゆく2

2008-07-19 | 本    
 またまた告知ですみません。
 7月15日に発売された「酷道をゆく2」というムックに、2ページの記事を書かせて頂きました。pp.92-93

酷道をゆく2

イカロス出版株式会社
 内容的には「東京の階段」の御紹介なんですが、今回は階段鑑賞のすすめとして、見方、味わい方のあたりを少し書いてみました。東京人6月号の随筆をもう少し詳しく書いたような感じです。

 この号には、私のHPからもリンクしている「東京23区の坂道」のfookey氏も「たのしい坂道めぐり 始めの一歩」という記事を書いておられます。
 また「熱中時間」の収録現場でお会いして、興味深いお話をさせて頂いた、大山 顕氏(日本ジャンクション公団総裁)もジャンクション鑑賞ツアーレポートを書いておられます。近くに感じている方と偶然同じ本に書いているのはなんだか面白いです。

 本編?の方は、全国の「酷い国道」を訪ねるものですが、こちらも魅力的。p.75の大崩海岸・国道150号旧道などは、私の実家の方で、小さい頃に通れなくなった記憶がある、懐かしい道です。この他にもマニアックな情報満載。
 よろしければ書店でどうぞ。


#マスメディア 
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スズヤ

2008-07-10 | 新宿区  

 高田馬場には以前、有名な広告塔があった。

スズヤと高田馬場駅
所在地:新宿区高田馬場4-6
Photo 1990.6 高田馬場駅前のFIビル屋上から撮影

 写真でも分かるが、スズヤには大きな広告塔が載っていた。中央は扇形で、その両側は塔状。夜になるとネオンサインが点灯し、めまぐるしくそれらが動いて、ド派手だった。

上写真の一部

 ダイヤ・買入、金地金・金融、質の文字が読み取れる。この他小さい字で、楽器、毛皮、骨董、株券、利息月3分より、の文字も見える。学生には金地金などは無縁なので、最初のうちはこれを正しく読めなかったりもした。

 写真では判別しにくいが、扇形のネオンの根元あたりには、相撲取りと外人のグラマーなお姉さんの人形があり、なぜかそれが相撲の立ち合いのように睨み合っていた。しかも、この2体の人形は睨み合ったままグルグル回っていたような記憶がある。どうしてそんなものが質屋の広告塔として屋上に掲げられていたのかは謎だったが、早稲田の学生ならみんなが知っている高田馬場名物だった。ただ、広告塔は巨大だったが、足下にある質屋本体の建物は昔ながらの木造建築だったように思う。不釣り合いに巨大な広告塔がついた建物だった。

 この写真は、先日記した設計課題を行うために、高田馬場駅周辺の全体像が見える場所を探して、FIビルの屋上にたどり着いて撮ったもの。今では多分無理なんじゃないかと思うが、当時は意外に簡単に屋上に出られて写真を撮ることもできたのだ。

 JR山手線のホームから見ると正面にあり、山手線外回りの電車を待っていると、嫌でも目に入る広告だったが、当時は単に派手なネオンだなぁぐらいにしか思っていなかった。その頃も写真を趣味的に撮っていたので、ネオンが全部点灯する瞬間はあるのかなぁなどとは思っていたのだが、それぞれの広告塔の点滅サイクルが微妙に異なっていて、全点灯の瞬間はなかなかやってこず、そうこうする内に電車が来てしまうのだった。

 今のように手振れ防止機構がカメラに付いているはずもなく、ホームで三脚を立ててじっくり撮るほどの興味がなかったこともあって、ネオンサインが点いた夜景は結局撮らずじまい。いつのまにか建物は建て替えられ、ネオンサインも無くなった。今となっては、あのド派手なネオンを撮っておかなかったことが後悔される。

スズヤ広告塔 直下からの見上げ
Photo 1990.6

 広告効果が大きかったのか、今では5階建てのビルを新築したが、広告の重要性については、現在もかなり意識しているようで、新しいビルも屋根に水が流れ、滝のある意表をつく建物となっている。日中から夜にかけて水がずーっと流れているので、シャーッという音がし続けているのだが、終電の頃になると、照明が消えて水も止まる。ずっと聞こえていた音がやみ、あたりが少しだけ静かになると、ずっと水が流れてる音がしていたのかと改めて気づかされる。どうでもいいことだが、妙な存在感を今も持ち続けているお店である。

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 新宿区  #街並み 新宿区  #塔  #モニュメント
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東京人 2008年8月号

2008-07-07 | 本    
 7月初めに発行された「東京人」2008年8月号に、「都心の小さな山」という記事を執筆させて頂きました。pp.106-113

東京人 2008年8月号

都市出版株式会社 > 東京人のHP
 6月号に随筆を書いた後、東京の低い山について小特集をやるので、地形とか風景の観点から書いてみませんか、というお話があり、階段とは違う話ではありましたが、記事を書いてみました。

 実は「お江戸超低山さんぽ」中村みつを 著、書肆侃侃房、2007年12月、1,365円(税込)、という本も最近は出ていて、なんとなくかぶっちゃいそうだなぁという思いはあったのですが、東京で山を見る、山から東京の風景を見る、東京で山に登る、というあたりのことを中心に書いてみたものです。
 よろしければ書店でどうぞ。


#マスメディア 
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みやこホテル

2008-07-06 | 新宿区  

東京新旧写真比較(1990/2008) No.17

Photo 1990.6(ノーマル時)、Photo 2008.3.4(マウスオン
みやこホテル
所在地:新宿区高田馬場1-24-18
構造・階数:木造3F+塔屋

 大学4年の時に、高田馬場駅周辺を対象とした設計課題を同級生と共同でやることになり、とりあえず数人で高田馬場駅周辺を見て回った。大学は大久保3丁目にあるので、高田馬場駅は毎日のように利用していたのだが、駅周辺の街は意外に知らない場所が多く、歩いてみるとなかなか新鮮だった記憶がある。

 みやこホテルはその時に何気なく撮ったもの。最近になって当時の写真を引っ張り出して唖然。ホテルという名が付いているが、なんだこりゃ? お寺みたいでもある。北側にはほとんど窓がない。怪しいお堂といった体だ。

 こんな事だったら玄関先もちゃんと撮っておけば良かった。とりあえずググッてみたが、ほとんど情報はなし。高田馬場周辺の戦後郷土史の資料か何かを読めばあるいは載っているのかもしれないが、そちらは未調査。とりあえずネット上に載せてみることにする。いつ頃まであったのかも不明。

 現在はアサイガーデンコートという一部5F建てのマンションが建っている。1Fには美容院とコンビニも入居している。

 この写真を撮った道も実は変な道で、小学校の南側をクランクしながら巡り、更に東側の路地へと繋がっていく。早稲田通りの裏道で、遠回りである気がする道なのだが、なぜか駅への抜け道として利用する人が多い。

Tokyo Lost Architecture  
#東京新旧写真比較 新宿区  #失われた建物 新宿区 
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デジタル写真の検索・閲覧

2008-07-05 | 写真・カメラ
●ビューワーで写真を見る。
 地域別・対象別に整理してあるので、目的の建物や場所が分かっていれば、フォルダ階層を辿っていけば見つかる。大雑把にしか分からない場合は、地域フォルダの全写真をビューワーで閲覧する(後述)。
 また、最初にファイル名に付けた日付で、Finderから検索をすれば、たとえ場所別のフォルダに格納されていても、特定の年月日に撮影した画像だけを検索することが可能。例えば「中央区で1990年に撮影した写真」というくくりで検索して、OS X付属のpreviewを使用して見ることができる。
 OS 10.5 Leopardでは、Cover Flowでファイルをめくるように眺めることができるとの御指摘もありましたが、現在の私のマシンは、PowerBook G4、CPU 500MHz、メモリー 768MB。Intel MacではなくCPUも遅いため、10.4 Tigerで我慢してます。



●サムネール型画像管理ソフト、ViewItを使う。
 大量の画像をスライドショーなどで見たい場合はViewItというソフト(シェアウェア)を使っている。外国製なのでMenuは英語だが、だいたい分かるのでOK。


ViewIt サムネイルビュー状態(背景色は変更可能)

 5,000枚程度までなら問題なく、一気に閲覧することができるのがよい。もちろん、5,000枚を全部眺めて探すわけではなく、スライドショーとして利用するときに大量の画像を流すことができるという意味。
 フォルダ単位で見ることにこだわらないソフトなので、上記のようにFinderで検索したものを投げ込んで、あちこちにあるファイルを閲覧することが可能。フォルダー単位、階層構造に依拠したビューアーではこれができない。更にこれをViewItのデータベースファイルとして保存すれば、いちいち検索しなくても写真一覧を呼び出すことができる。
 このViewIt上で複数のファイルをマークをして、これをPhotoshop等で開くこともできる。また、90°回転、解像度の変更など、簡単な加工ならViewIt上でもできる。


ViewIt 画像ビュー状態。
 左下のボタンで、前後送り、フルスクリーン化、サムネイルビュー、ファイルマーク、リストからの削除、画像ビュー縮小・拡大等、回転、スライドショーを選択できる。また、右のバーでスライドショーのコマ送り秒数を随時変更可能。
 ショートカットを使って、いろいろな見方をしながら、効率的にファイルを選択したり移動することができるのも便利。

 OS X以前はMediaJuicerというソフトを使っていた。これもフォルダ単位ではなく、あちこちに保管した画像を一覧管理できるソフトで使い勝手が良かったが、OS X以降、あまりバージョンアップされず、異常終了もあったので乗り換えた。また、ViewItの方が高速なのも良い。

 Mac OS XにはiPhotoという写真管理ソフトがあるが、ある程度整理してあるので、常時全写真が対象となるiPhotoは利用していない。また、現在のマシンが、iPhotoを使うには少々非力で、使うとかえって快適ではないという事情もある。

 というわけで、長々と書いてきたが、現行のIntel Macなら、付属のプレビューやiPhotoだけでも良いのかもしれない。ただ、iPhoto以外の画像管理ソフトを探している方は一度お試しを。Pixcel Catという国産フリーソフトも知られているが、個人的には階層構造に依拠しないViewItの方がお薦め。
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