都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

2023年9月 記事一覧

2023-09-30 | 記事一覧 

09/03 (株)萬三商店
09/09 キッコウトミ(株)第二工場
09/12 (株)INAX常滑東工場
09/21 長野電鉄 松代駅
09/24 ミヤザワ装飾
09/27 竹原の新聞販売店
09/30 角田邸

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日本国内の建物や街並み

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角田邸

2023-09-30 | 広島県  
角田邸
所在地:竹原市 本町1-6-20
構造・階数:木・3
解体年:2010〜13
Photo 1999.9.18

 竹原は、広島から尾道に移動する途中で下車して駆け足で見た。なので伝建地区を訪れるのも夕方になり、現地を一通り見て駅に戻る頃には暗くなってしまった。ISO感度400のフィルムではスローシャッターになり、この写真は手ブレしてしまっている。

 住宅地図では角田邸と記されているが、詳細は不明。総3階建てで規模が大きく、1階の階高も高い目立つ洋風建物だった。青緑色の瓦の寄棟屋根なのも、竹原の伝建地区に多い蔵や町屋とは異なり印象的。

 2010年頃まではあったようだが、Google ストリートビューには写っておらず、2010〜13年頃に解体されて消失したようだ。

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新聞販売店

2023-09-27 | 広島県  
新聞販売店
所在地:竹原市 本町1-5-18
構造・階数:木・2
解体年代:2000〜02(平成12〜14)
Photo 1999.9.18

 広島県の竹原は、古い町並みが残り重要伝統的建造物群保存地区になっている一角もあるが、写真の建物はそのエリアからは少しはずれた場所にあったモルタル看板建築。

 もともとは毎日新聞や日経新聞を扱う新聞販売店だったようだが、撮影時は既にそうではなかったらしく、看板などもほぼ残っていなかった。また、解体直前だったのか建物前の路上にゴミが積まれたりしていてきれいとは言い難い状況でもあった。

 ペンキかなにかで塗られていたのだろうか。看板建築としても派手目で独特な色づかいがされていて、しかもそれが褪色してムラができており、怪しいバラック建物のようだった。2階中央にアーチのあるシンメトリーなファサードなので、柱や軒裏を黄色に塗ったりしていなければそれほど奇妙には見えず、良い感じの看板建築だったのではないだろうか。

 住宅地図では1991年時点で既に空白になっており、その頃には既に仕舞屋状態だったのかもしれない。この写真の後、2、3年のうちに解体され、現在は駐車場になっている。

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ミヤザワ装飾

2023-09-24 | 長野県  
(株)ミヤザワ装飾
所在地:長野市 松代町松代163(殿町)
構造・階数:木・2
解体年代 :2003〜06
Photo 1994.8.28

 店舗部分は普通の店構えだったので建物の全景は撮らず、上部の装飾だけを撮ってしまった。このため、店の名はたまたま写り込んだが周辺の様子が写っておらず、町のどのあたりにあったのか分からなくなってしまった。Google Mapには既になく、Googleストリートビューにも写っていないため、これも国会図書館で古い住宅地図を見て場所を確認。

 県道388号線沿い、長屋門のある家のそばの角地付近にあったお店で、2003〜06頃に解体されたらしい。長屋門を見た時に近くにあったのでついでに撮ったようだ。

 瓦屋根が見えているので看板建築的な建物だったのだろう。モルタルで作られた洋風装飾は一部が剥落していたが、前面の新しい壁を取り去ればそこそこ立派な店構えの建物だったのではないかと思うが、新しい店にした際などに古くさいと思って隠してしまったのだろうか。

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松代駅

2023-09-21 | 長野県  
長野電鉄 松代駅
所在地:長野市 松代町松代70(殿町)
構造・階数:木・1
建設年:1922(大正11)?
廃止年:2012(平成24)
備考 :屋代線の廃止に伴い駅も廃止されたが駅舎は現存
Photo 1994.8.28

 松代駅は大正時代に河東鉄道という鉄道の駅として開業、後にそれが長野電鉄の駅になり2012年まで営業していた。

 私はこの日、信越本線(後のしなの鉄道)で軽井沢方面から田中駅へ行き、海野宿を見て大屋駅まで歩き、また信越本線に乗り戸倉駅で下車。駅周辺を見て、また信越本線で屋代へ。
 ここから長野電鉄河東線(1994年当時:後には屋代線)で松代へ行くつもりだった。だが、この年の夏は屋代−松代間が工事のため運休になっており、代行バスで松代へ向かったのだった。
 松代を見て回った後は、長野電鉄須坂経由で長野へ向かった。


 改札口にて


 駅西側の踏切から駅方面


 駅夕景


 出札口と改札


 ホーム夜景。
 停車中の電車はかつて地下鉄日比谷線で使われていた車輌

 2012年に屋代線が廃止された後、レールや架線は撤去されたそうだ。ただ駅舎と一部のホームは残されているという。


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#古い建物 長野県  #夕景・夜景  #鉄道 
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(株)INAX常滑東工場

2023-09-12 | 愛知県  
(株)INAX常滑東工場
所在地:常滑市 奥栄町1-130
構造・階数:木・1
解体年代:2003〜05
Photo 1994.9.11

 焼き物の町、常滑に行きINAXの資料館を見学した際、近くにあった古い工場建物。木造黒壁でのこぎり屋根の工場は、大都市には90年代既にほとんどなく、珍しかった気がする。昔の状態を維持しながら使用し続けていたようで、採光用の窓や入口の扉は木製だった。

 上写真左奥、道の東側には当時から「窯のある広場・資料館」があったが、その後この一角が、INAXライブミュージアムとして施設拡張されたため、のこぎり屋根のこの工場建物は解体され、現在は同施設の第2駐車場になっている。

 なお、INAXの常滑東工場は、写真手前の道の反対側(西側)に大規模なものがあり、INAXがLIXILになった今もそこにはLIXILの常滑東工場がある。


 南側から

 のこぎり屋根の工場の奥には青瓦の洋風建物も見える。詳細は分からないがこれもINAX(もと伊奈製陶)関連のものだったようで、やはり同じ頃に解体されている。


 とこなめトイレパークとその北側の工場建物
 木造平屋、1995頃に解体

 1・2枚目写真の工場の少し南側には「とこなめトイレパーク」(設計:象設計集団)があり、モザイクタイルなどで覆われた個性的な公衆トイレが造られているが、その北隣にも木造で古い工場建物が残っていた。訪問時はとこなめトイレパークの方を見に行ってしまったので、工場の方は一部しか写っていないが、後から調べてみたところ、この建物も常滑東工場の一部だったようだ。
 こちらの建物は私が訪れた1、2年後に解体され、現在同所は「世界のタイル博物館」(1997年開館)になっている。

INAXライブミュージアム
INAXライブミュージアム - Wikipedia

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#失われた建物 愛知県  #工場  #倉庫・蔵 
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キッコウトミ(株)第二工場

2023-09-09 | 愛知県  
キッコウトミ(株)第二工場
所在地:半田市 東雲町27
構造・階数:木・2
解体年代:2018〜20(平成30〜令和2)
Photo 1994.9.11 運河側正面

 半田運河(十ヶ川)の東側にあった、味噌・醤油の工場。亀甲の六角形の中に冨の字を描いたマークが印象的。この「冨」は、創業者の名前、小栗冨次郎に因むそうだ。
 キッコウトミ(亀甲冨)も歴史は古く、1844(弘化元)年に酒造家として創業したという。江戸時代末期に味噌の醸造を始め、1892(明治25)年に、千葉県の野田から技術者を招き入れて愛知県内で初めて醤油醸造を始めたといわれている。


 南側の小路を西から

 半田市内には江戸時代末から明治初期に造られた味噌・醤油の醸造蔵が90年代までは多く残っていた。そして黒壁の蔵が建ち並ぶ町並みが印象的だった。


 東側の南北小路を南側から。右側は東隣の街区にあった同社の倉庫。

 キッコウトミの蔵は石垣もしくは煉瓦の基礎の上に建てられていて、路地を挟んで漆黒の蔵が並ぶさまは残り続けて欲しい景色だった。写真の一連の蔵は2018〜2020年の間に残念ながら解体されたが、敷地北側と北西側の蔵は残されている。現在はもとの敷地の北側およそ半分で操業しているようで、解体された建物の場所には新たな工場も建てられている。

 同社はかつては東天王町1丁目に大きな工場があり、これが本拠地だったようだが、現在そこは40軒ほどの戸建て住宅と小公園になっている。また、2001〜21年頃までは岩滑高山町(やなべたかやまちょう)にも工場があったが、2021年にこの第二工場の場所に全事業を集約したという。

 キッコウトミはWebsiteでも味噌・醤油を販売している。また前項で採り上げた「萬三」の味噌・醤油も造っているようだ。

キッコウトミ株式会社 | 伝統の味、美味しいお醤油とお味噌を醸造してます。
醸造メーカー紹介,キッコウトミ株式会社 | うまいの根っこ、知多の醸造

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(株)萬三商店

2023-09-03 | 愛知県  

(株)萬三商店
所在地:半田市 荒古町2-21
構造・階数:木・2
解体年:2015(平成27)
Photo 1994.9.11 西北側から

 半田市内、十ヶ川(半田運河)の西側で中埜酢店半田第三工場の少し南側、船方橋の西北側の一角にあった醸造工場の蔵。

 萬三商店の創業はかなり古く、味噌や醤油などの醸造を200年以上行っていたそうだが、現在は醸造業等は行っていないという。いつ頃まで醸造業を行っていたのかは未把握だが、この訪問時はまだ操業していたのではないだろうか。

 半田市内では幕末から明治初期に多くの醸造施設が造られたそうで、下記調査報告書(愛知建築士会半田支部のサイトに掲載)によれば、昭和50年代においてもまだ多くの醸造蔵が残されており事業を行っていたことが分かる。萬三商店の工場に関して言えば、かつては7つの大型の蔵がここにあったようだ。


 半田運河(十ヶ川)沿いの景観
 手前側が萬三商店、右奥は加周木材・日本木槽木管、中埜酢店半田第三工場

 黒壁の大型の蔵が中埜酢店の蔵などと共に運河沿いに建ち並ぶ姿は壮観。

 妻壁の上部に社名の看板が掲げられていたが、錆びていたのか訪問時は社名の文字は判別できなかった。ただ、2013年のGoogleストリートビューでは看板が一新されており、「万三」の文字がはっきり見えていた(下の画像)。


 Google ストリートビュー 2013年9月の画像から

 Google ストリートビューの過去写真を順に見た結果、一連の蔵は2015年4月時点で解体中だった。現在、同所は東半分が「蔵のまち公園」、西半分は駐車場になっている。

 また、ネットで萬三をチェックしたところ、萬三自体は醸造業をやめてしまっているが、萬三の赤だし味噌や醤油は、現在、同市内にあるキッコウトミ(株)が萬三の商標と味を引き継いで製造・販売しているようだ。

今も残る【萬三商店】蔵 | 半田市観光協会ブログ
萬三商店&中埜半六家:愛知県半田市 - 北へ南へ、東へ西へ
知多半島の醸造施設について - 愛知建築士会半田支部
萬三(キッコウトミ) 赤だし味噌 10KG - 株式会社 マルイ榊原商店
萬三 上級しょうゆ 1.8L 瓶入り - 株式会社 マルイ榊原商店

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