都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 




04/08 小さなお家(南北線・白金高輪駅前の風景)
04/09 高輪で階段三昧1(高輪1丁目)
04/10 泉岳寺門前への抜け道(高輪2丁目)
04/13 高輪桂坂で眺望を・・・(眺望を遮るもの)
04/16 高輪で階段三昧2(高輪1丁目・松光寺参道)
04/17 マンションを拝む(高輪東禅寺での光景)
04/18 高輪で階段三昧3(高輪東禅寺裏の抜け道)
04/22 高輪で階段三昧4(高輪1丁目の長い階段)
04/25 高輪台駅あたり(高輪3丁目魚勘路地)
04/27 おばけ階段(文京区弥生・階段からの眺望と、二項道路雑感)



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 久しぶりにおばけ階段に行ってみた。

 早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校で「江戸東京の風景学」が先週から始まり、早速、今週はまちあるき。千駄木から根津を通って湯島までを約20人で1時間半程度かけて歩いた。

 根津のあたりを歩くと、おばけ階段に行きたくなる。通称おばけ階段、下りるときと上るときで段数が違うと噂されて、こう呼ばれているらしい。なんのことはない、一番下のステップがとても小さい段差なので、つい数え損ねてしまうので段数が違ってしまうらしいのだが、その辺をごちゃごちゃ言うのは野暮(そう言いながら書いてるけど。)。

おばけ階段
所在地:文京区根津1-20と弥生2-18の間
Photo 2006.4.25

 2年ほど前に来たとき、階段脇の住宅が無くなって、万年塀が無くなったので、ちょっと残念に思っていたのだが、今回行ってみたら、かなり様子が変わっていて驚いた。いつのまにか幅が倍になっている!

おばけ階段 以前の様子
Photo 1994.11.26

 昔の写真と見比べてみると、変化は明らか。以前だったら、20人が一気に来たら渋滞してしまうはず。でも今にして思えば、すれ違うのに気を遣うぐらいの狭さが良かったような気がする。あっ、いや、どうもどうも・・・なんていう感じで、無意識なコミュニケーションが行われる狭さが、おばけ階段を印象的なものにしていた。

 写真のように、以前は、狭くて長く、藪と塀に挟まれていて、上には木がそびえていた。だから「出そう」という意味で、おばけ階段と呼ばれていても全然おかしくない場所だったのだが、拡幅によってあっけらかんとした階段になった気がする。大勢で一度にぞろぞろ・・・、秘やかな雰囲気が無くなっちゃったなぁ。


      Photo 2006.4.25            Photo 1994.11.26

 おばけ階段を上から見てみると、階段脇の家が建て替えられて様子が変わっただけではなく、以前とは遠景の様子が随分異なることが判る。10年の間に不忍通り沿いに中高層マンションが建ち並んでしまったのだ。94年の写真には上野~谷中の台地上の家や樹木がわずかに見えている。視程距離1km弱。しかし現在はせいぜい200m。視界は狭まり、向かいのマンションの洗濯物まで判別できてしまう。

 江戸の眺望は坂の上などから遠方を見渡すものが大半だったと言われる。現在、私たちはビルの上からいくらでも遠くを見渡すことができるが、その反面、地上から遠くを見渡すことができる場所は、次第に少なくなってきている。また視程距離も次第に短くなっている。

 富士見坂、潮見坂など、眺望にもとづく坂は多い。名のある坂からの眺望が失われたことについての記述もしばしばあるが、それ以外の眺望点からの眺望もいつの間にか、どんどん失われている。

 上の部分はまだ広がっておらず狭い。階段脇の建物が建て替えられた場所だけ道幅が広くなっている。そして拡幅部分の片隅には「安全で快適なまちづくり 文京区細街路拡幅整備事業」というプレートが埋め込まれている。

 さて、建築や不動産、都市計画関係者なら一度は聞いたことがある言葉に、「二項道路」というものがある。ネットで検索すればおよそのことが判るので、以下に、YAHOO! JAPAN 不動産の不動産用語集にリンクを貼る。

トップ > 不動産用語集 > 法律・建築基準 > 建築基準・制限 > 二項道路

 上記リンク先にもあるように、建築基準法では幅員4m未満の道は原則として「道路」として認められない。ただ、昔の道は狭い道も多いので、このような道は、行政から「二項道路」として指定を受け、道路とみなされる。基準法の第42条第2項で規定されていることから、細い街路は二項道路と呼ばれている。

 で、このような敷地・道路の場合、現状ではそのままで良いのだが、新たに建築をする場合は、狭い道のままではダメで、4m以上の道にしなければならない。

 というわけで、おばけ階段は片側で建て替えが行われたので、道路中心線から2m分の幅で拡幅がされた。階段の上の方はまだ建て替えられていないので未拡幅なのだ。
 

 文京区のHPにも文京区細街路拡幅整備事業として解説がされている。

 細街路拡幅整備事業は、二項道路の解消を図る。なぜ二項道路はいけないのか? 私は基準法の本当の意図までは知らないが、おそらく危険防止、環境の向上というあたりなのだろう。

 狭いと危ないから:道が広くなれば、地震や火災の際に逃げやすい。救急車や消防車も入りやすい。
 道が広い方が環境が良くなるから:狭い路地空間には狭小住宅が建ち並び、劣悪な居住空間になる。道が広がれば、日も良くあたるようになるし、自動車を利用することもできる。

 建前上はこういうことなのかな。でも、それ本当かしら?

 たしかに阪神・淡路大震災では、密集住宅地で火災被害が多かった。関東大震災の経験を持つ東京だから、密集市街地の解消が課題であることは解る。でも地震や火災被害を防ぐために道の拡幅をする必要は本当にあるのかしら? 死傷者の多くは建物倒壊とその後の火災によるものだが、建物が倒壊しなければ、火災があっても逃げられたはず。また塀や電柱をなくせば、道を拡幅しなくても安全に逃げられるのでは? だとしたら建物の不燃化や無電柱化もすべきだし、どちらかと言えばそちらの方が優先されるべきで、道の拡幅だけを考えるのは総合性を欠く。救急車や消防車が入るためにはたしかに拡幅が必要だけど、今回の場所の場合、階段なんでどっちみち車は入れないんすけど・・・。危険防止が目的だったら、ほんとは階段のまま拡幅するんでなくて、坂道にすべきなんじゃないのか?

 道が広い方が環境が良くなるっていうのも、ちょっと理解できない面がある。静かな住宅地の場合、狭い路地の方がプライベート性が上がって、部外者は入ってこないから、静けさが護られるし、防犯面でも良いのではないだろうか? 車が通れないような細道は却って安全な道のはず。道を広げて敷地が狭くなったら、却って狭小住宅になっちゃうだろうし、下手すると今まで住んでいた人が、出て行かざるを得ないことになるかもしれない。自動車の件についても、4m道路でぎりぎりすれ違うくらいだったら、入ってこない方がましだと思う人が、最近は増えているのではないだろうか。

 たしかに昭和30年代から40年代ぐらいまでは、劣悪な木造密集住宅地が全国にごろごろあったかもしれない。ひとたび火事になれば延焼は免れなかった。その意味では細街路拡幅整備事業は一定の効果をもたらした制度かもしれない。

 でも、全ての道を4m以上に、というのはもうそろそろ止めても良いんじゃないかと思う。あとは周辺の状況を見ながら、個別に判断しても良いのではないだろうか。そうでないと、月島とか神楽坂とかの魅力的な路地空間は、建物が老朽化して建て替えられるごとにどんどん無くなっていくことになる。魅力的な路地空間と言われている道を4m道路にすることは、環境の向上では全然なくて、逆に環境の破壊になる。防災機能の向上を目的とするなら、道の拡幅だけをして良しとするのでなく、不燃建築化、緑地や広場の設置など、地区単位での総合的な防災対策と絡めて道路網を考えるべきだろう。

 実は、今、ここで書いていることは、もう20年以上前から言われ続けていることだ。昭和の後半あたりで、急速に路地や細道空間が失われていったあたりから、このようなことは、あちこちで書かれていたし、言われてもいた。

 でも、まだ状況はあまり変わっていない。現実的にその規定と事業が本当に必要かどうかの検討はされないまま、法律が走り続けて、仕方なく人々は従っている。なんだか話が逆。あまり喜ぶ人が多くない規制を続けるのはどうなんでしょう?

 最近では、一部の地域では地区計画を駆使したり、一団地認定を利用したりして、細街路を残し続ける工夫をしているらしい。でも、なんだかそれって裏技みたいで変。車を全てにおいて前提にして考えるので、こういうことになってしまうのかもしれない。だとすると車至上主義自体をそろそろ考え直した方が良いのかもしれない。

 というわけで、せっかくのおばけ階段は妙な感じで広がってしまった。で、やや八つ当たり気味に、二項道路について思いを巡らせた、まちあるきだったのでした。

#階段・坂 文京区  #眺望


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 高輪台駅近くの道はとても印象的な抜け道。Photo 2006.3.10

港区高輪3-10

 都営浅草線高輪台駅のすぐそばにとても印象的な抜け道がある。JR品川駅への近道になるのか、使い方が実はよくわからないのだが、不思議に多くの人が通り抜ける道。桜田通りから見ると、家と家の隙間に道があることは判るが、抜けられるかどうかは判然としない。だが、この場所に佇んでいると、次から次へ人が吸い込まれるように路地に入っていくので、行き止まりではなさそうだということがすぐ判る。

 少し前までは手前の右側にも木造住宅があって、抜け道感というか奥行き感がもっとあったのだが、それが取り壊され、空地になって、あからさまになってしまったのは残念。

 屋根が架かった建物の間は魚屋さん。お休みなのか廃業したのかわからないが、看板のある店先を抜けるのは面白い。雨の降る夕方、近くにある女子校の学生さんが頻繁に通る。こういう路地を女子高生が通り抜ける風景自体、ちょっと変わっている。

 架かっている屋根自体は仮設的なもので、店先が雨で濡れないようにしただけの簡単な代物だが、このチープ感がまた良い。腰壁に茶色っぽいタイルが貼られている。白いモルタルとコントラストがあって縞模様がきれいだ。直線状の通路なのだが、物が置かれていたり、勝手口の引っ込みがあったりするので、ちょっとしたアーケード路地を通っている気分になれる。

 通路に面した勝手口。コンクリートで作られた流し、電球の傘。素通りしてしまうのがもったいない趣。

 反対側から。通路の奥が明るく、自動車の騒音が聞こえるため、こちら側からは、なんとなくこの先に大通りがあることが予見される。

 この屋根があってこその面白い路地。わがままだけど、頼むから壊さないで欲しい。でも桜田通り沿いの建物はなくなり、隣接する場所には「建築計画のお知らせ」看板が付いていた。

(仮称)高輪台プロジェクト
共同住宅238戸
敷地面積 約2,200m2
地上29階、地下2階、最高高さ99.9m
着工予定:平成18年8月、完成予定:平成21年3月

 むむむ。単純に考えても、40×50m程度の面積が開発される計算。

 魚屋さんがやっていなかったようなのも、もしかすると・・・。

 一枚目の写真の空地の更に右手は木造住宅が密集する場所で、細い路地もあるのだが、どうやらこの一角が丸ごと建て替えられる模様。今年の夏までにはこのあたりはすっかり更地になってしまうのだろうか。

#街並み 港区  #路地  #雨


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 高輪の階段巡りで外すことができないのがここ。

石垣の間を下る直線階段
所在地:港区高輪1-27
Photo 2006.3.5

 松光寺の階段のすぐ近くにある細く長く真っ直ぐな階段。二本榎通から西へと下る。お城のようにそびえる石垣に挟まれて谷底へ下りていく感覚は、他ではあまり味わえないもの。個人的には、都心部にある階段の中で、味わい深い階段ベスト10に入れたい。

Photo 2006.3.5
Photo 1996.3.31

 桜田通りへの抜け道でもあるため、狭い階段なのだが、意外に通り抜ける人は多い。知る人ぞ知る秘密の道。人ひとりがようやく通れるような、すれ違いにも苦労する階段を歩く人が多いのは、この不思議な雰囲気の空間を楽しみたい気持ちもあるのではないだろうか。自動車も自転車も全く来ない静かな道。

 遠くには明治学院大学の校舎が見える。そして上には桜が。

 
Photo 1995.2.23
Photo 1996.3.31

 一番下から見ると、両側の石垣の上に住居がそびえ立っている。このスケール感は、本郷の一葉の路地奥の階段と似ている。ただこちらの階段は30m以上の長さがある。細く長く続く姿は、奥の方へと私たちを誘う。

 階段下には松光寺の階段へと抜ける飛び石路地が以前はあった。ただ残念ながらこの超プライベートな路地は、古い木造住宅が解体されたのと同時に、空き地の中の寂しい道になってしまった。路地の奥から私を見つめる視線あり・・・。

Photo 2006.3.5
Photo 2006.3.5

 上の写真は、階段の途中にあるアパートの裏口?へのアプローチ。とんでもない傾斜で、しかも手摺なし!。石垣にへばりつきながら恐る恐る上って覗き込むと、すごいことになっている。

 谷底状になった階段からは近くにできた超高層マンションが見える。全く異質な世界が見えている不思議な感じ。

Photo 2006.3.5
Photo 1995.2.23

 階段の北側には、わき道階段が二箇所あり、迷路状に繋がっている。左の写真は、お家の玄関先を抜けるわき道。写真を撮っていたら、この家に住んでいる御婆様が買い物から帰っていらした。恐縮しながら、玄関先を通らせて頂く。右は木造アパートへと抜けるわき道。どちらもかなりプライベートなルート。

 この階段の全貌は写真では説明しきれないかもしれない。空中写真などを使わないとこの複雑な路地構造は伝えにくい。だから、時間ができたら、ぜひこの階段のイラスト図面を作ってみたいと考えている。でもこんな路地で階段の図面なんか作ってたら、かなりの不審者になってしまうんだろうなぁ。

 興味を持たれた方は、是非一度。とにかく驚くべき場所です。でも多人数で一度に行かないでね。

#階段・坂 港区  #街並み 港区  #路地


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 東禅寺から妙な気分のまま境内を西へ抜けて、お寺の背後の住宅地へ。
 Photo 2006.3.5

 墓地のキワにある細道は健在だった。緩やかに木立の下を上る道を歩くとホッとする。変な景色を見なくて済むのは幸せだ。

 お寺の真裏に回り込むと、車がほとんど通れないような小さな住宅地になる。高台に向かって上り続けるのかと思いきや、別の小さな谷地にまた下りてしまったりもする。急坂に建つ鋭角な住宅、細い路地を挟んで建つ住宅群など、都心にエアポケット状に残された異空間を歩くのは密やかな楽しみだ。

 小道は最後に桂坂際の擁壁に突き当たり、擁壁ぎわを少し上ったあと、階段を一気に上って桂坂上に出る。桂坂沿いにも2階ないしは3階から入る建物がいくつかある。入口付近は完全に空中にあり、車庫も人工地盤上にあるような建物が建ち並ぶ。そして擁壁沿いの小道の方では、かなり低いところに入り込んでしまったような印象になる。

 昔は階段を見る視線の先が多少開けていて、谷地の様子がよくわかったのだが、高野山別院の裏側に足場を造って空中に建物を作ってしまったため、視界はややせせこましくなった。狭い谷あいへと下りていく印象が強い階段である。

 階段の楽しみは、一歩一歩、歩みを進めるごとに変化する景色を楽しめること。台地と低地を繋ぐ階(きざはし)だが、結界的な装置でもあり、階段の存在は丘の上下を明快に切り分ける。

 階段自体の姿も私にとっては鑑賞の対象である。一直線のものもあれば、カーブしたり屈曲したり。幅も長さも傾斜も段数も千差万別。ステップもコンクリート、敷石、自然石、土!と様々。踊り場があったり、手摺が付いていたり、スロープがあったり。野外の階段の場合、一つとして同じものはないと言っても良い。

 階段の途中からアプローチする住宅なんていうのもある。

 また、坂と違って一段一段は水平なので、途中で立ち止まって振り返って景色を見たり、車も来ないので疲れたら腰掛けたり。意外に歩行者系の装置でもある。

 これだから階段歩きはやめられない。

#階段・坂 港区  #街並み 港区  #路地


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 高輪東禅寺は幕末に英国公使館が置かれたりした歴史があり、由緒のあるお寺だ。
 Photo 2006.3.5

 高輪の斜面地とその周辺の住宅地を調査するため、以前はこの界隈は毎年歩いていた。最近数年は、研究が一段落した関係で、ちょっとご無沙汰していたのだが、久々に歩いたら、本当にあちこちで景色が変化していて、かなり驚かされた。先日、桂坂からの風景の項で取り上げた、丘の上のマンション、高輪・ザ・レジデンス(港区高輪1-27、47F、154m、2005年12月竣工)は150m以上あるので、周辺のあちこちから見えているが、この東禅寺の参道及び境内からもバッチリそのお姿を望むことができる。

 品川駅から北へ歩き、第一京浜から角を曲がり参道に入る。東禅寺は大きなお寺なので、山門の手前に長い参道がある。現在は両側にマンションなどが建っているが、参道正面にお寺の山門が見えている様はなかなかのものだ。門の向こうの木立の中には数年前に復元された三重塔も見え、高台上には高野山東京別院の大屋根も見えて、そこだけは江戸以来の歴史を感じさせる景色になっていた。

 ところが、上の写真のように、背後にドーンである。お寺へ向かって歩いているのか、マンションへ向かって歩いているのか・・・。参道の軸線と一致してしまっているので、お寺へ近づいても、一向に状況は変わらない。むしろマンションが巨大にそびえるように見えてくる。

 山門をくぐり、境内に入ってもマンションは見え続け、本堂前でも背後に上部が見えている。お賽銭を入れるために本堂に近づくとようやく見えなくなるのだが、ずーっと、マンションを見ながら境内に入って来るので妙な気分だ。本堂の奥にマンションがあると分かっていると、俺はマンションを拝んでいるのかもしれない・・・、などと思ってしまう。東禅寺の御本尊は「高輪・ザ・レジデンス」だったりして、なんてね。「The」が付いてるもんな。

 この景色を良いと思う人は多くないと思う。少なくとも、変な景色だと思う人が多いのではないだろうか?

 これで良いのだ、という人は、そこに住んでいる人と、これを建てた人ぐらいだろう。だが建てた人でさえ、「規制されていれば建てなかったよ」と言うだろう。背が高くなくても、元が取れれば高い建物は建てなかった、とも言うだろう。そこに住んでいる人も、売っていたから買った、違反建築じゃないんだから仕方ないんじゃないの、と言うだろう。ここでは責任の所在は曖昧で、悪い人は誰もいないことになる。そうして、みんながそれぞれに努力して、変な景色を作り出して、みんなが努力して、不幸になっている。

 先日も取り上げたが、東京都は国会議事堂、迎賓館、絵画館の三つの建物について、前景と後景を守るべく規制を始めたんだそうだ。この件に関しては、新聞、テレビ等でも報道されたので、御存知の方もおられるかと思う。また今後は、世間の人々の認知度の深まりを見ながら、規制対象を広げていく予定であるという都の意向も報道された。

 新聞などのコラムを見ると、もっと早く規制していれば、国会議事堂の背後に既にできてしまった建物が建つ前に規制できたはずだとか、国立のマンションも建ってしまって訴訟になる前に手を打つことができたはずだ、とか書かれている。

 確かに早く手を打っておけば規制はできた。しかし都の言い分としては、民意が大きくならなければ動くことはできない、というところだろう。問題が顕在化する前に手を打つのは、結果的には賢明なのだが、その時点では一般の人の関心は低く、やりすぎだと声高に言う人々がいれば、勇み足だと言われてしまう。行政は、間違いを犯したくないという保守性、消極姿勢を体質として持っている。

 景観法の成立を受けて、更に国立の訴訟、その他いくつかの景観問題を経て、住民だけでなく開発業者も認識を少しずつ深めている。今回の報道の中には、規制するならすると早めにはっきりさせて欲しいという声も業者から出始めている、という記事もあった。眺望だけが売りではなく、「周囲の景観、周辺との調和に配慮したマンション」が売り文句になる時代にそろそろなりつつあるのだ。ある意味、業者や住民の方が、急速に駆けだしたのかもしれない。

 そのとき、自治体は?、公園や庭園からの眺望の規制を検討するとあったが、これとて公共空間である。共通了解は既に得られているのではないだろうか? その次に問題になるのは、公共性の高い民間空間だろう。神社、仏閣、近代建築・・・、たとえ民間建物であっても、これらは江戸期以来の歴史を持つ建物や空間であり、東京の文化の一端である。これらの施設の景観についてどう折り合いをつけるか?

 京都や奈良などの寺社の景観保護は、しばしば話題にされているが、東京も実は歴史的な空間が多い街である。戦災で多くの寺社が焼失して、建築的に価値のある建物は多くはないが、緑地などを含めた寺社空間の景観的価値は、観光面から考えても意外に価値がある。

 神社、仏閣の景観の保護は、宗教と政治の分離原則も多少絡んで、厄介な問題ではある。しかし特定の宗教の保護ということではなく、江戸以来の日本文化の保護と考えて、取り組んでいただきたい。

 参考になる事例は既にかなり出てきた。規制しなければならないと考える人も増えてきている。そしてこれ以上妙な景色を増やしたくはない。みんなが努力して却って不幸になっているいま、ルールがあれば、みんながそれなりに我慢して、幸せになれるのではないだろうか。

#新しい建物 港区  #ヴィスタ  #眺望  #寺院  #高層ビル
#住宅系 


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 松光寺の参道を通り、墓地への階段を下る。しばらく来ないうちにこの階段も様変わりしていた。

松光寺、墓地への階段
所在地:港区高輪1-27
Photo 2006.3.5
Photo 1996.3.31
 
Photo 1995.2.23

 撮影ポイントや画角は少しずれているが、3枚の写真は同じ階段。

 以前は、蹴上部分と踏み面の中央部分だけがコンクリートで、踏み面の両側は土が露出しているものだった。上の方の階段は、斜めに積まれた石垣とブロック塀に両側を挟まれ、また下の方では、墓地がコンクリート塀やブロック塀で目隠しされていた。

 新しい階段は、全面が舗装され、スロープやアルミの手摺が付いている。舗装を変えただけでなく、階段の構造全体に手を入れたようで、以前とはステップの段数や大きさが全く異なり、以前の面影はほとんどない。

Photo 2006.3.5
Photo 1995.2.23

 墓地の中の階段を下りきって振り返り、下から全景を見る。昔は階段下に木造の古い住宅があり、この家と階段のセットが絵になる風景だった。住宅はなくなり生け垣に、階段の途中の踊り場には緑色の洋風のパラソルが。

 確かに昔は、ここはちょっと怪しい場所だった。階段の両側の石垣には無縁化した墓の墓石が転用されていて、戒名が書かれていたり、蓮の花の彫刻が欠けていたりして、いかにも「出そう」な雰囲気があり、夕暮れ時はひっそりして陰気でもあった。私などは、都心なのにこの静けさはすごいなーと、妙に感心したりしてもいたが、普通の人はあまり近寄りたくない雰囲気だったかもしれない。

 しかし鮮やかな緑のパラソルと休憩用の腰掛けである。見事に雰囲気を変えたというか、怪しさを消し去ったというか・・・。都心の歴史のあるお寺へようこそ。墓地区画新規販売中です!、という感じで、ここでも確実に時代は変わっているのだなと、痛感したのだった。

 緩やかなカーブを描いて下りていく階段が好きだったのだが、妙に清潔できっちりした階段になってしまったので、この時は写真を撮る気が途中で失せてしまった。

 せっかくなので、昔の写真を今回は掲載。

緩やかにカーブしながら墓地の間を上っていく階段
Photo.1995.2.23
墓石を積み上げた石垣
Photo.1996.3.31

 やっぱり昔の方が味わいがある景色だと思う。白黒写真ということを割り引いて考えても・・・。

#階段・坂 港区  #寺院 


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 桂坂は高輪の高台から東方へ海へ向かって下る坂道。Photo 2006.3.5

桂坂から海方向の眺望

 桂坂からは昔は海が見えていたはずだ。しかし戦後の埋め立てで海は次第に遠くなり、海の眺望は得にくい状況になっていた。それでも海沿いの低地への眺望のある、印象的な坂だった。ところが数年ぶりに行ってみたら、その眺望は激変していた。坂下の海の方にNTT Docomo 品川ビル(港区港南2丁目、29F、145m、2003年3月竣工)が建設され、ロボットみたいな姿が彼方にドーンと見えている。桂坂は坂の途中に大きな石垣が昔からあり、緑もたくさんあって、車の交通量は多いが、なかなか良い雰囲気の坂だったのだが、イヤでもその背後に巨大なお姿が見えてしまうのだ。

 ここのところ、何回も「見えてしまうこと」について書き綴ってきたが、ここでもまた場にそぐわないようなものが見えてしまっている。都市開発肯定論者はこの景色を、歴史と現代のコントラストがおもしろいとか、東京ならではの新しい景色だなどというのかもしれない。確かに一つや二つぐらいだったらまだ面白がっていられたのかもしれないのだが、かようにあちこちで「見えてしまう」と、おもしろい、現代的だ、では済まされないような気がしてくる。

 その昔、海が見えていた、ということを知らなければ、向こうの方に変な形をした大きなビルが見えているねー、ぐらいなのかもしれないが、本来は海が見えていたということを知ってしまうと、途端に、海が見えると良いんだがなー、海沿いに大きいの建てるなよなぁマッタク・・・、という気分に変わってしまう。

 NTT Docomo の建物は、今後数十年は建ち続けるだろう。私が生きているうちには、もうここから、海の方を望むことはできないと考えると、すごく惜しい。残念だ。

桂坂:坂上方向の景色

 海方向への眺望が遮られてしまっているので、今度は坂上の方を見てみると、こちらも知らないうちにすごいことになっていた。

 坂上の二本榎通りとの交差点のところに高輪・ザ・レジデンス(港区高輪1-27、47F、154m、2005年12月竣工)という超高層マンションが昨年完成していた。海の方にドーン、丘の上にもドーン、である。

 桂坂上の交差点には、昭和8年に建てられた高輪消防署二本榎出張所がある。桂坂を下から上っていくと、かわいらしい塔が付いた建物が次第に見えてきて、坂を上りきって近くで見たいという気持ちになったものだが、その消防署も巨大なマンションの足下にこぢんまりと佇んでいて、存在が霞んでしまった。巨大マンションの方は坂を上がらずとも途中から十分すぎるほど見えている。

 坂の下に建っている建物が自分よりも遙かに高くて、坂上にいるのに上空から見下ろされてしまっているのは良い気分がしない。しかし、丘の上にそびえ立って見下ろされてしまうのも、やはりあまり良い気がしない。丘の上に建っているんだから、そこまで高くしなくたっていいじゃないのさと思う。話はそれるが、猫などは高いところに上って上から見ることで安全を確保し、見下ろされることに対しては非常に警戒心を持っている。人間もどこかに動物的な本能が残っているからいやなのかもしれない。

高輪・ザ・レジデンスと高輪消防署二本榎出張所

 近くまで来てみると、やはり往年の消防署は印象的で素晴らしい建物だ。大きさではなくデザインで存在感があり、年月を経た風格がある。

 桂坂のいわれなどについては、坂道コレクションというHPの中に、桂坂があるので、そちらも御覧下さい。

 さて、今回の記事を書くにあたって、二つの新しい超高層建物については超高層ビルとパソコンの歴史というHP内の超高層ビルデータベースへリンクを貼らせて頂き、参照して頂くこととした。リンク先の建物写真なども是非見て頂きたい。というのは、リンク先の写真と、拙Blogの写真を、交互に見比べて頂きたいのである。

NTT Docomo 品川ビル   高輪・ザ・レジデンス

 超高層ビルデータベース内の個々の建物情報は、あくまでもその建物に関する情報であって、周囲の環境情報は、ここではひとまず除外されている。それはそこで掲載されている写真についても同様で、かのHPの中では、超高層建物はできるだけ当該建築物の全景のみになるように写されている。

 一方、拙Blogの写真は、あくまでも周辺状況との関係性の中で超高層建物を捉えようとしているため、建物の手前や左右に様々な建物や緑などが写し込まれている。

 建築物を見る態度としては、私の写真の撮り方は正攻法ではないのかもしれない。しかし現在、都市に建つ建物の周囲には、多かれ少なかれ、既存の建物などが存在している。私たちが建物を見るとき、その視野にはほとんど必ず、周辺の環境が映り込んでいる。見ようとする建物を注視すれば、視界には入っていても意識からは除外されてしまうかもしれない。しかし私たちは注視ばかりしているわけではない。必ずや、漠然と周辺環境も含めて全体を眺めている時間があり、むしろそちらの方が体験の割合としては多いはずだ。つまり、建物単体が撮られている写真はやや特殊であり、風景、景色として建物が見えている写真の方が、どちらかといえば日常の視覚体験に近いということなのである。

 もちろん私は写真の質の優劣とか撮り方の正誤を言おうとしているのではない。目的の持ち方、意識の向け方によって、撮り方が違ってくること、表現の仕方が異なってくることに留意して頂きたいのだ。都市景観を考える立場に立つと、自ずと街並みとか、周囲との関係性とかから景色を眺めることになり、写真の撮り方も、いわゆる建築写真の建物中心の撮り方とは明らかに違ってくる。

 都市部において景観環境の良し悪しを考えるときに考慮すべきなのは、個々の建物のデザインの良否ではなくて、それらがたくさん集まって出来上がる建物群の景色が、全体として快適か不快か、という点だろう。総体としての景観の評価は今後、ますます重要になってくると思われる。

#階段・坂 港区  #ヴィスタ  #眺望  #高層ビル  #新しい建物 港区
#住宅系 


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 二本榎通りから泉岳寺門前への抜け道をたどる。Photo 2006.3.5

堀江歯科
所在地:港区高輪2-2

 二本榎通りに面した堀江歯科は大正末期に建てられたかわいらしい洋館。青い瓦屋根は軒先だけちょっと傾斜が変わるおもしろい形。となりの保安寺の参道階段側には小さな出窓がある。この階段とセットになって小さな洋館はこの場所を印象的なものにしている。さて、その保安寺への階段を下りる。

保安寺参道の階段

 保安寺の参道は下り階段だ。神社仏閣はどちらかというと、丘の上か、高台を背にして建つことが多く、参道も上り坂が多いのだが、高輪の二本榎通りに面した寺院のいくつかは参道が下り坂になっている。参道の両側になぜか棕櫚の木が立ち、大谷石の石垣と木造住宅がそびえる。

 階段を下りきったところを左に曲がり、小さな階段を上ると、泉岳寺への抜け道に出る。この抜け道は、高輪の街歩きには欠かせないルート。知る人ぞ知る道なのだが、意外にこれ有名で、学生やOLさんまで実に様々な人が使っている。

正源寺わきの小道

 坂を下り、正源寺の門前を今度は右へ。お寺の塀沿いの小道はくねくねと曲がりながら下っていく。

正源寺西側を高輪学園へ向かう
つづら折りに続く抜け道

 角を曲がると、小さな住宅地。たぶんお寺が境内を貸地にしたために生じた住宅群だろう。木造住宅が建ち並ぶ中を小道は続く。数年前までは敷石が敷き詰められておらず、飛び石状態だったが、改良?されて、雨でも歩きやすくなった。部分的に側溝もできて、それなりにちゃんとした道になってきている。

 途中にある木造住宅もなかなか丁寧なつくり。引き戸の玄関上部には、模様の入った磨りガラスが嵌っている。昔はこのようなものはそれほど高くなかったのかもしれない。最近は模様入りのガラスを使うことはほとんど無いが、昔の住宅にはいろんな柄のガラスがあって、これを見るのも楽しい。

高輪学園裏、通路をくぐる

 高輪学園のグラウンドを囲む塀沿いに回り込み、学校の通用路の下をくぐる。学校のフェンスは以前はコンクリートの万年塀だったが、数年前にアルミ製の黒い柵に替えられた。右側のコンクリート擁壁も昔は石垣だった。きれいに改築されて、それなりに安全な道にはなったのだが、一昔前までの怪しさは丁寧に除外され、ちょっとつまらなくなってしまったのは残念。

大谷石でできた泉岳寺の塀

 だが最後の泉岳寺の塀は昔風で、汚れて風化しつつある大谷石には、エイジング=経年変化を見ることができる。

 つづら折りに続く長い抜け道は、都心とは思えない静けさ。歩いて楽しい街は、こんなところにもある。

#古い建物 港区  #路地


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 三田~高輪のビル群景観にケチをつけていたら、却って滅入ってきたので、今回は階段と路地を巡って遊ぶ。

清正公前交差点付近から二本榎通り方面へ上る階段
所在地:港区高輪1-17 Photo 2006.3.5

 高輪も地形の起伏があり階段が多い街だ。

 都心南部は北部に比べて、谷が入り組んでいる。小さな谷が多く、谷の奥行きや差し渡しが短い。谷底では囲まれたように感じられる場所が意外に多く、秘密の場所的な地区がいくつかある。高輪や白金というと、高級住宅地、高台、というステロタイプな表現が往々にしてされるが、谷あいには良い意味でそれとは正反対の印象の場所があって、毎度驚かされる。

 この階段は、谷地の密集住宅地の中を行くと現れる。高台側の住宅地との間をつなぐ小さな階段で、最下部がわずかに曲がっているのが形態上の特徴。上りきった先は道路の角になっていて、そこから先の丘には都営アパートなどがあり、視界が開けてくる。谷あいから台地上へ、境界を越えることが体感される階段。

密集住宅地内にある井戸
大谷石の石垣から張り出した住居
所在地:港区高輪1丁目
Photo 2006.3.5

 昨日の記事の場所から200m程度の場所には、木造の小さな住宅が建ち並ぶ一角がある。井戸が残されていたり、大谷石の石垣に変則的に張り出す家があったり、なかなか面白い。数年前まではもっと木造の古い住宅が多かったが、徐々に建て替えられて、新しめの木造住宅が増えている。だが空間のスケール感はあまり変わっていない。

 都心部の階段をあちこち歩いているが、たくさん回っても私は飽きない。次はどんな階段が眼前に現れるのだろうという興味や期待の方が、もう見なくてもいいやという思いを上回る。階段なんて世界中にあるわけだから、階段が嫌いにならない限り、ずっと階段巡りは続く。うわぁーっ、階段中毒者みたいだ。でも不思議と屋内の階段には執着がないんだな、これが。

 私自身、いまだに階段の魅力が何かを一言では言い表せない。そんなにたくさん回ってどうするの?とか、階段の何がそんなに面白いの?と聞かれると、面白いんだものしょうがないじゃないとしか言いようがない。説明するのが面倒くさくなって、マニアなんだから仕方がないとか、理由なんて分からないとか言ってたりもする。さすがに「そこに階段があるからだ」とは恥ずかしくて言わないけれど・・・。

 ただ時折、階段を上下するときに得られる、身体的な高揚感に反応してるのかもしれないと思うことがある。だから、魅力を言葉にするという理屈っぽい左脳的な作業は、私の脳内ではまだあまり行われていないような気がする。簡単にかつ正直に言えば、魅力を言葉にしようとは考えていないのかもしれない。だから、不遜な態度だが「歩けば分かる」みたいなことになる。共感してくれぃ、頭でなく身体で理解してくれぃ、というあたりだろうか。

 街歩きや路地歩きが面白いのも、階段歩きとだいたい同じで、歩いて体験してこそ、初めてその面白さが分かる。街の風景は面白いと思えばいくらでも面白くなる。またあちこち行けば行くほど、面白くなってくる。ただそれは決して全国の名所のどれだけを制覇したかという話ではない。数を稼ぐことや、踏破することには実はあまり意味はない。あちこちを歩きながら見聞きした事柄について、何を考えたか、そして、どれだけためになることと、ためにならないことを考えたか、それが個々人にとって重要なことなんだと思う。

 そうは言っても、街歩きを引率するとき、普通の人が面白く思ってくれるか不安に思うことは結構ある。私はどこへ行っても多かれ少なかれ面白くなってしまうので、正直言って、街なら基本的にどこでも良い。面白くなるきっかけはあちこちに転がっていて、能動的にそれを見つけることさえできればどこでも面白くなる。しかし「普通の」方々は、面白さを積極的に発見することに慣れていない。良い景色というお墨付きを与えられたところのみを見ようとすることが多くて、説明されないと面白さに気がつかない。説明されないほとんどの景色は退屈なものと思ってしまっている人も多い。面白く思えるのは、日頃から無意識のうちに見る訓練をしているからだろう。経験が少なければ、面白く感じることはできない。文物骨董の鑑定に多くの経験が必要なように、街歩きにも経験は必要かもしれない。

 違う見方をするなら、普通の人は、特別ではない景色でも一生懸命アピールされるとすごいものと勘違いしてしまう可能性もある。自分の目や頭、心を信じて見ないと、プロパガンダに弱い「目」になってしまうのではないだろうか? 街に転がっているたくさんの面白い(笑えるという意味ではなく、興味深いという意味で)景色を見過ごしてしまっているのは、かなり損なことだと思う。

 更に話はそれるが、旅行に行ったのにも関わらず、バスの中で窓外を見ず、歌ったり話してばかりいるのには、私的にはあまり意味がない。それは日頃の宴会ですればいい。旅行の面白さは、名所仏閣を拝見する時だけではなく、そこへ至る道すがらの景色にもある。こんなことを言ってると、つきあいが悪い変わり者と思われてしまうのかもしれないが、とにかく私は景色を見たいのさー。

 でも世の中にはいろんな人がいて当然。先日私が、マンガをあまり読まない、ドラマもそれほど見ないと言ったら、それはかなりもったいないことだと知人に言われた。更に、それらをこれから読んだり見たりして、新鮮に感動できるのは羨ましいとさえ言われた。私が街を見て写真を撮ってヨロコンデいる間、他の人はドラマを見て感動したり、知人と電話をして楽しんだりしている。考えてみれば、なんでもかんでも全てのことを極められるほどの時間は私たちには与えられていない。欲張って全てをできるわけがないのだから、何かは捨てて行かねばならない。だから、私は街をフラフラ歩き、階段を巡る。それくらいしか私の存在を実感する術がないからなのかもしれないな。

#階段・坂 港区  #街並み 港区  #路地 


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