都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 赤羽西口通り(旧岩槻街道)沿いの建物。つづき。都道補助73号線の事業化による拡幅で消失した沿道の旅館。岩槻街道でこのあたりの宿場だと、荒川近くの方に岩淵宿があるが、少し離れたこの界隈の通り沿いに旅館が数軒在るのも宿場町の名残なのだろうか。

旅館 宮城荘
所在地:北区赤羽西1−15
構造・階数:木造2F
備考 :2004.4〜2006に解体
Photo 2002.6.15

 門のそばの洋風小屋が古そうだった物件。窓が木枠で木製の洋風の桟が入っていた。ただ、外壁はログハウス風にも見える微妙なものだった。

 この写真の後、2004年4月に訪れた時にはまだあったが、2006年の住宅地図には既に掲載がないので、その間に解体されたものと考えられる。

野島旅館
所在地:北区赤羽西1−15
構造・階数:木造2F
備考 :2002.6〜2006に解体
Photo 2002.6.15

 こちらの旅館は大型の総二階建て。玄関は路地を入った妻面側。1階道路側に板塀を立てて、街道側からの視線や騒音を遮断している。

 写真左端に見えている三浦表装店は、2009年10月のGoogle SVには写っているが、これも2013年6月までには解体されている。野島旅館の方は2006年の住宅地図で既に掲載がない。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 北区 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 赤羽西口通り(旧岩槻街道)沿い、通りの西側に建っていた木造平屋。そしてこれも都道補助73号線の事業化による拡幅で解体・消失したもの。

赤羽家畜病院
所在地:北区赤羽西2−17
構造・階数:木造平屋
備考 :2009.10〜2013に解体(Google SVによる確認)
Photo 2002.9.23

 動物病院ではなく、家畜病院だったのが興味深い。昔は家畜を飼っていた農家が近辺に多かったということだろうか。

 営業していたのかどうかは分からないが、2002年の時点では看板を出していた。いつ頃まで営業していたのかは不明。Google SVで確認すると、2009年10月時点の画像には写っていたが、2013年6月では既に3階建てマンションに建て替えられていた。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 北区 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 赤羽西口通り(旧岩槻街道)沿い物。都道補助73号線の事業化による拡幅で、沿道の建物は軒並みなくなった。

大衆酒場大久保
所在地:北区赤羽西2−2
構造・階数:木造2F
備考 :2006〜2009.10に解体
Photo 2004.4.25

 こちらは2011年に訪ねた時には既に消失していた物件。右側は前の記事でも記した鋭角角地にあった出桁町屋。

 手持ちの住宅地図で確認したところでは2006年まではあったようだ。しかしGoogle SVの2009年10月時点の画像では既に除却されている。

 角地の出桁町屋よりは若干軒高が低く簡便な建物で、お店の看板で壁面の多くが隠されてはいたが、一応これも出桁町屋だった模様。

ドライクリーニング長部
所在地:北区赤羽西2−2
構造・階数:木造2F
備考 :2011〜2013.6に解体
Photo 2011.1.19

 2011年時点で周辺の建物が続々に解体されていたなか、まだ残存していた物件。

 こちらも2016年夏の訪問時には解体済みで、Google SVで確認してみると、2013年6月時点で既に更地になっていた。従って、写真を撮った2011年1月〜2013年6月までの間に解体されたようだ。

 出桁造り町屋とかではなく、屋根もトタン屋根で、建築的には立派で貴重だというわけではない。ただ、後方には大型の物干し台があり、古くからのクリーニング屋さんだったことを思わせる姿だった。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 北区 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 都道補助73号線の事業化による拡幅でなくなった赤羽西口通り(旧岩槻街道)沿いの建物。

出桁造り町屋S邸
所在地:北区赤羽西2−2
構造・階数:木造2F
備考 :2011〜2013.6に解体
Photo 2011.1.19

 鋭角になった角地に建っていた出桁造り町屋S邸。

 1階北側端に緑色のタイル張りの台のような部分があったことから考えると、もとはなんらかのお店だったようだ。1階の扉も中央部以外は昔からの木製のがっちりした引き違い戸だった。奥行きはさほどないが、軒高も高く立派な出桁造りの町屋。

Photo 2011.1.19

 変形した敷地に建つため、妻部分がかなり変則的になっているのが非常に印象的だった。交差点から埼京線沿いに入っていく細い道があるため、建物は後方が斜めになっている。木造家屋はたいがい梁が建物を横断しているが、斜めになった部分では梁はどうなっていたのだろう。

Photo 2011.1.19

 横から見ると、かなりスリムで背の高い建物のように見えてしまう。長方形の一つの角を切り欠いたような五角形をした平面型だった。この建物、南側側面と背面の大半が下見板張りになっており、昔ながらの木造家屋の雰囲気を色濃く出していて、特異な形態で角地で印象的な姿を見せていることもあり、残してほしい建物だった。

 しかし、2016年に訪れたらやはり道路拡幅によって解体され、この場所は更地になっていた。Google SVで確認してみると、クリーニング長部同様、2013年6月時点で既に建物は除却されている。従ってこの建物も2011年1月〜2013年6月までの間に解体されたものと思われる。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 北区 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 赤羽西口通り(旧岩槻街道)沿いの建物は、都道補助73号線の事業化による拡幅で軒並みなくなったが、こちらはどうやら大幅に改築されて残されているようだ。

手嶋商店
所在地:北区赤羽西2−1
構造・階数:木造2F
備考 :2014年に改築?(Google SVによる確認)
Photo 2011.1.19

 2階の壁面に※印が大書され、それが目立っていたモルタル看板建築商店。1F軒先のシャッターケースには「米と灯油 手嶋商店」と書かれていた。

 窓の様子などから考えると、1階の階高は普通よりやや高かったようだ。

 Google SVで確認したところ、真新しい建物が写っていたので、解体されて建て替えられたものと思ったのだが、よく見ると通り側に衝立状に壁面が立ち上がっている切妻屋根で、以前の建物とプロポーションが似ていて、新築としてはなんだか妙だ。

都道460号線 - Google マップ

 現代において新築の住宅で看板建築状に通り側に壁面を立てる理由が見当たらない。そう考えると、現在の建物は以前のこの看板建築を大幅に改築したものだと考える方が良さそうだ。無くなったわけではないが、面影はほとんどないということである。

Tokyo Lost Architecture
#商業系  #看板建築  #失われた建物 北区  #古い建物 北区 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




Photo 2010.8.28 17:22
Camera:Ricoh CX3(2010.2発売、2010.8購入)
Shutter Speed:1/104 sec
F-number:4.8
ISO:80
Focal Length:18.30mm(35mmフィルムカメラで105mm相当)
RicohRICOH CX3

 RICOHのR10は1年半ほど使っていた。コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)はポケットに入るのでなにかと便利。スナップ的に撮ることが多いので、R10は結構重宝していた。

 リコーのコンデジには、早い時期から35mmフィルム換算で28mm相当の広角があった。それなので、Caplio G4 Wideを使って以来、GX8R10と3台続けてリコーのコンデジを使っていた。使い方やクセもある程度知っていたので、R10でそこそこ満足していたのだが、2010年2月にCX3が発売され、新製品はやはりそれなりに進化していて、画像サンプルや、購入者が撮った写真などが、以前のよりかなりよい感じに思えた。で、そうこうする内に、次第に欲しくなってしまい、2010年夏に購入した次第。

 この頃、コンデジの製品開発サイクルは非常に速かった。リコーのスタンダード機種だけでもほぼ半年毎に新製品が出てくる。そしてそのたびに少しずつ画質や使い勝手が進化してくる。そろそろ一定水準の性能になって成熟するのではないかとは思うが、それまではしばらく買い換えずにいると、状況がかなり変わってしまう。

 新しもの好きというわけではないのだが、画質面がどうも気になって、結局、更に新しいCX4が出る頃になって、型落ち寸前のCX3を購入。なんとなく、これで満足。たぶんこれで当分の間は買い換えないんじゃないかと思う。

 実はCX3に備わっているズームマクロ機能を使うと、リバーサルフィルムで撮ったスライドの簡易デジタル化もできる。最近のスキャナーならフィルムスキャンができるので、そちらを使う方が良いかもしれないが、マウント済みのリバーサルフィルムはそのままではスキャンできないことがある。また、フィルムスキャナーはスピードが非常に遅い場合もある。ちょっとデジタル化したいという場合には、デジカメで接写するのが実は簡単だ。

 実際の作業は、CX3のズームマクロ機能を用いて、スライドビューワー上に載せたスライドを接写して、後からフォトショップなどでトリミングをするだけ。カメラとスライドを平行に保ち、ゆがみを極力抑えることが必要なので、効率的に作業を行うためには三脚やスタンドを使うと良いが、ちょっとしたものなら手持ち撮影でもできる。

 少し試した感触では、解像度を上げようとしてカメラを近づけると、周辺部でピントが合わなくなるので、やや望遠ぎみにして画面中央でフィルムを捉えるのが良いようだ。このため、最大でも2,000×1,500ピクセル(300万画素)程度になってしまうが、それでもよければ速く作業ができる。

 さて、1年ほどまちあるきのお伴としてかなり使っていたCX3だったが、2011年秋のスリバチフィールドワークの昼食時に、食堂で床に落としてしまい、レンズの出し入れができなくなってしまい、お釈迦になってしまった。修理もできたのだが、レンズユニットを丸ごと交換するやり方で、¥15,000-と見積もられた。その頃、次の次の後継機であるCX5が¥18,500-で売られていたため、CX3の方は修理を放棄して、サービスセンターで処分を依頼してしまったのだった。

新宿にて - 都市徘徊blog


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 神宮外苑、聖徳記念絵画館前からのダイヤモンド富士。

 多くの人々が見守る中、太陽は数分間の内に沈んでいった。新国立競技場の建設が既に始まっているため、富士山の方向には杭打ち機やクレーンが見えている。

 以下の写真は、富士山の頂上に太陽が掛かってから沈むまで。

聖徳記念絵画館前からダイヤモンド富士
Photo 2017.2.4 17:01 F11 1/500sec ISO125

 この日は快晴。太陽がずっと輝いていたため、16:45頃に現場に着いた時には逆光になって富士山の姿は全く見えていなかった。しかし太陽が富士山に掛かって明るさが減じ、裏から照らす状態になると、シルエットになって富士の姿が浮かび上がってきた。

聖徳記念絵画館前からダイヤモンド富士

 日没時は比較的暖かかったため、若干の埃や水分が空中にあったのか、富士の周辺はややぼんやりしている。

聖徳記念絵画館前からダイヤモンド富士

 ここまで約1分。あっというまに太陽は山頂中央に沈んでいった。

聖徳記念絵画館前からダイヤモンド富士
Photo 2017.2.4 17:14 F4.9 1/500sec ISO1000

 日没後はシルエットが17時30分頃までよく見えている。またこの光景は、冬場、天気が良ければもうしばらくの間、見ることができるのではないだろうか。ただやはり、新国立競技場の躯体が立ち上がってくると、隠されてしまうことにはなるのだろう。

聖徳記念絵画館前からダイヤモンド富士を眺める人々
絵画館前の広場でダイヤモンド富士を眺める人々
Photo 2017.2.4 17:04

 昨日は数十人の人々がこのダイヤモンド富士を眺めていた。新国立競技場の建設が始まり、昨年2月や11月のダイヤモンド富士の際に、見納めだと新聞やテレビで報道されたためか、昨年2月のダイヤモンド富士の時に比べると人出は少なかった。もう見えないと思われてしまったか、いちど見たからもう良いと思ったか・・・。

富士見坂眺望研究会 明治神宮外苑聖徳記念絵画館前からの富士のページ

昨年のダイヤモンド富士の様子
 → 聖徳記念絵画館前からダイヤモンド富士 - 都市徘徊blog

#ヴィスタ  #眺望  #山 #夕景・夜景 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




藍染大通りの4軒長屋
所在地:文京区根津2-33
構造・階数:木造2F
Photo 1995.5.14

 不忍通りから東へ入る藍染大通りの奥の方、北側にあった4軒長屋。手前から斉藤牛乳、なかよし文庫という貸本屋があり、鈴木塗装が奥の方、残り半分ほどに入っていたようだ。

 なかよし文庫は、都内に残った珍しい貸本屋だったので、ときどきメディアに取り上げられたりしていた記憶もある。

 角の斉藤牛乳店は「根津販売所」の文字は読めるが、その上の看板部分は褪色してしまってなんと書いてあるかさっぱり分からなくなっていた。しかし「ぼくの近代建築コレクション」で確認してみると、1986年の写真には「雪印牛乳」と書かれていたことが分かる。

根津工芸印刷所、なかよし文庫/根津2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

 また、この記事を読むと、2007年末の時点で塗装店の部分は解体されており、貸本屋や牛乳店も営業していないことが分かる。更に、Google SVで見ると、2009年11月時点でここは更地になっている。従ってこの4軒長屋は2008〜09年に姿を消したのだろう。

#商業系  #失われた建物 文京区 
Tokyo Lost Architecture



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




カナデン
所在地:文京区根津2-29
建設年:
構造・階数:木造2F
Photo 1995.5.14

 2階のファサード部分しか撮らなかったモルタル塗りの看板建築。出っ張っているのは照明だろうか? だとすると結構おしゃれな建物だ。中央の窓も装飾的にアーチがデザインされており、4本の付け柱もあり、凝った造りの看板建築だった。

 90年代後半の住宅地図には店の名前はなく、居住者の姓が書かれているので、その頃にはお店ではなくなっていたようだ。例によって「ぼくの近代建築コレクション」を参照すると、「写真ではガラス戸に「セラミック カナデン」と読める。」と記されている。この頃は、セラミック製品を扱うお店か問屋だったようだ。同記事によると、更に以前は洋食屋だったとも書かれている。そう言われてみるとそれらしいファサードかもしれない。

 この建物がいつ頃まで存在していたか、詳細は知らない。2009年のGoogle SVでは既に建て替わっている。恐らく2000年代前半に解体されたのではないかと思う。

#商業系  #失われた建物 文京区  #看板建築 
Tokyo Lost Architecture

今井雑貨店、カナデン/根津2丁目 - ぼくの近代建築コレクション


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )