都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 




03/04 取り残され系商店街(豊島区南長崎)
03/05 南長崎の看板建築
03/08 公団阿佐ヶ谷住宅 1(低層のテラスハウス)
03/10 公団阿佐ヶ谷住宅 2
03/11 公団阿佐ヶ谷住宅 3
03/12 公団阿佐ヶ谷住宅 4
03/14 鳥居の彼方に(靖国神社大鳥居と防衛庁のアンテナ)
03/17 ひなたぼっこ(高輪にてネコの昼寝)
03/18 夜の熱海湯階段(神楽坂近くの階段)
03/25 超高層ランドマークの行方(港区三田の超高層ビル群景観)
03/26 東京タワーが見える(東京タワーのある風景)
03/28 不自然な景色(港区三田・地形と超高層ビル)



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 三田4丁目は江戸期に多くの寺院が立地した場所で、現在も30以上の寺院が集積し、寺町として知られている。

桜田通りから建設中の三田三丁目計画ビル
Photo 2006.3.5

 三田4丁目の寺院群は、3丁目との境にある聖坂を尾根道として、西北向きの斜面に立地している。ここでは桜田通りは丘の下の低地を通る道になっている。

 →三田4丁目周辺の地図はこちら

 さて写真中、手前の道は桜田通り。通りに面して一段高い場所にあるのは願海寺とその墓地。丘の斜面に沿って低層の建物群が点在し、寺院境内を中心に多くの樹木が見えるゆったりした風景。丘の上には三田中学のコンクリートの校舎が建っている。

 その背後に昨年あたりから超高層ビルが見えるようになった。この建物は「超高層ランドマークの行方」でも紹介した、三田三丁目計画ビル(2006.10完成予定・地上43階・最高高さ179.3m)である。この建物は丘の上ではなく、丘の向こう側、昔の海沿いである第一京浜(国道15号)沿いの低地に建っている。

 東京都心部は、10~20m程度の高低差がある街になっている。下町と呼ばれる地域は概ね10m以下、山の手などと呼ばれる高台は15~35m程度。従ってその高低差は、3階から6階程度の建物階数に相当する。今回の撮影ポイントの標高は約7m。後方に見える丘の標高はおよそ28m。超高層ビルが建設中の敷地は標高5mである。

 10年ほど前まではこの近辺の多くの建物は2~3階建てだった。従ってほとんどの建物は地形に沿った形で建っていた。丘の上の建物が高い位置に見え、丘の下の建物は手前に並ぶ。まあ、それが自然な景色というものだろう。今回の場所の場合、第一京浜沿いの建物が5階建てぐらいまでなら、背後にそびえることはない。ところがなにせ約180mのビルである。丘の向こうの海沿いの低地に建つビルが、小さな丘越しに別の谷底から見えてしまうようになった。写真でも23階より上の階がまるまる見えている。

 技術や素材、需要、価格、様々な制約があったために、今までは都心の地形を凌駕するような建物は建てられることが少なかった。地形に沿った「自然な景色」は、さほど努力せずとも護られていた。ところが、技術革新、コストダウンへの努力、都心への集中の継続・・・諸々の条件が揃って、都心ではいろいろな場所で超高層ビルが造られることになった。三田三丁目計画ビルも、広幅員の第一京浜沿いに大きな敷地が得られたために出来た建物である。前述したように東京の地形は微地形とも言われ、最大でも30mの高低差しかないので、100mを超える建物にとっては小さなものになってしまう。東京では、法的に何らかのコントロールをしなければ、いとも簡単に地形を凌駕する建物が造られるようになってしまっている。

 人間の技術力をもってすれば、巨大なダムも出来るし、島も出来る。小さな地形などとるに足らないものと思われるかもしれない。しかしやはり丘の向こうに建物がドーンとそびえている様は不自然な気がする。

#眺望  #地形  #街並み 港区  #高層ビル 


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 JR田町駅から慶応大学へ向かって歩き、桜田通りの交差点に出る。

桜田通りと東京タワー  Photo 2006.3.5

 桜田通りは東京タワーの方に向かって延びる道なので、東京タワーが比較的よく見える。ただ、東京タワーには、エッフェル塔のような分かり易い撮影ポイントは、あまりないようだ。

エッフェル塔  Photo 1999.6.19

 東京タワーとエッフェル塔はフォルムが似ていて、高さも同じようなものなのでしばしば比較される。東京タワーの方がちょっと高いので日本の方がエライみたいな、どうでもよいような比較もされるが、絵はがき的な景観の美しさとか、バロック的な分かり易い都市景観という意味では、エッフェル塔の方に圧倒的に軍配が上がるだろう。

 エッフェル塔は、周辺がシンメトリーな公園になっていて、適当な距離をおいて塔の足下から頂部までを全て見渡すことができる場所が存在する。このポイントから見ると、塔の前後左右には大きな建物は全く見えず、まことに絵はがき的でシンメトリーな景色を拝むことができる。絶好の撮影ポイントであり、分かり易く古典的で美しい景色である。

 パリ市内には眺望景観を守るための規制が掛かっている。エッフェル塔のような記念的建物を望むための場所というものが決められていて、そこからの絵はがき的な景色を守るため、景色を乱すような建物の建設は厳格に規制されているのだ。上記の写真は、まさにそのエッフェル塔を見るための場所からのもので、規制されているが故に、景色を乱す建物が全く見えず、絵はがき的な写真が労せずとも撮れるのである。

 さて、東京タワーとエッフェル塔、改めて二枚の写真を交互に何度も見てみる。たしかにエッフェル塔とそれを囲む景色は美しい。均整が取れていて、シンメトリーで、古典的な美しさに満ちている。しかし・・・。何度も見ていると、意外に単純でつまらない見え方なんじゃないかという疑念が起こってくる。

 東京タワーはシンメトリーに見えるポジションは確保しにくい。絵はがきや様々な写真を見ても、シンメトリーな写真はほとんどない。大多数の写真で東京タワーは上記の写真のように斜め方向から撮られている。しかしそれ故、東京タワーは立体的にダイナミックに見えているとも言える。乱雑に並ぶ周辺の建物の間から、足下が半分隠れながら巨大な姿が見えている。建物が沢山建ち並んでいるところに、それらを跨ぐような感じでドーンと巨大な塔が建っている様子は、それはそれで驚異的な景色のような気がしてくる。林立するビルに挟まれながらも高さを誇るタワーの景観には、成長を続ける日本・東京のエネルギーが投影されているようでもある。

 この二枚の写真だけを比較すると、エッフェル塔の景色は絵葉書的、絵画的で、どちらかというと静的でおとなしい。それに対して東京タワーの景色はかなり複雑でダイナミック・動的である。計画的で統御された景観と、非計画的で様々な思惑の下で自然に生成した景観、意外に奥深いのは東京タワーの景観かもしれない。

 槇文彦氏の著書に「見え隠れする風景」というのがあったが、東京タワーも江戸・東京の都市形成の文脈の中で、見え隠れする風景化することが余儀なくされている。見え隠れする風景は、シークエンス景が持つ面白さを孕んでいて、先の方へ行けば全景が見えるかもしれないとか、近づいていくと見え方がどう変わるんだろう? という期待感を持たせる。エッフェル塔の景観では、真っ直ぐに塔に近づいて行っても、塔がそびえたって大きく見えるようになるだけで、大した変化は期待できないし、その変化はおよそ見当が付く。ところが、東京タワーの方はどのような景色が現れてくるか予測できないところがある。東京の景観は意外性やギャップが一つの魅力なのかもしれない。

 日本人はヨーロッパなどに行くと、秩序だって整った街並みに感心し、帰国すると日本の乱雑さにガッカリするといわれる。ところが、ヨーロッパの人は日本に来ると、アジアンな雑多な景観にパワーやエネルギーを感じるとも言われる。街並みは汚いけど、次々に素晴らしい電化製品を生み出す極東の先進国の首都・東京。同じことがエッフェル塔と東京タワーの景観にもあてはまる気がする。もともと航空法の規定から生じた赤と白の縞模様は、ずっと格好悪いと言われ続けてきたが、ライトアップされるとあまり気にならなくなる。外国人的な視点に立てば、アジアンな配色で、世界的にも珍しい色づかいの塔(Red & White Tower !)ということになるのかもしれない。

 エッフェル塔は100年ほど前に行われたパリの万博に際して作られたという。建設時は300mを超える鉄塔などというものが世の中に全くなく、醜悪なものとさえ言われたというのは有名な話。日本電波塔という送信塔である東京タワーとは違って、エッフェル塔はObservatory=展望塔である。初期においては展望以外には用途はなかった。それでも近代構造技術の結晶として現在に至るまで残り続け、今ではフランスが誇る文化財になっている。

 さて、東京タワーは建設から50年近くになるが、あと20~30年経ったとき、東京タワーは文化財になるんだろうか? 新東京タワーが600m超で墨田区内に建設されることになったということが最近公表されたが、新東京タワーができたら東京タワーは要らなくなってしまって、取り壊されてしまうってことはないのだろうか? 送信塔としての収入がなくなったら、東京タワーは維持できるのかしら?

 非常勤で教えている大学の学生に、最も印象的な建物は何かを尋ねたことがある。国宝の法隆寺とか、金閣寺、東大寺、姫路城などの古建築を挙げた学生も多かったのだが、東京タワーと回答した学生もかなりいた。

 ライトアップされた東京タワーはキレイだという答えも多かった。確かに石井幹子氏によって東京タワーの照明が変えられてから、東京タワーは輝きを取り戻したように思う。それまでは高いところから見渡すための建物だったので、あちこちに超高層ビルが建って高さに魅力がなくなると、人々の気持ちは離れてしまっていた。ところがライトアップによって、東京タワーは見る対象に変化した。遠くから眺めるシンボルタワーになったことで、東京タワーは別の存在価値を持つようになった。

 さて、設問を変えて、海外から日本を訪れた人に是非見て欲しいと思う建物は何か?、と尋ねたところ、東京タワーはかなり減ってしまった。やはり海外からの人には日本文化を知って欲しいということなのだろうか。金閣寺や東大寺、日光東照宮などの割合が増加し、近現代建築はほとんど挙げられなかった。東京タワーは、個人的には印象的で記憶に残るのだが、他人に勧めるほどの存在にはまだなっていないらしい。なんだかその辺は微妙で複雑な感情が混じっている。何故か誇りに思える状態にはなっていない。

 パリでは、エッフェル塔のシルエットが簡略化されてポスターなどに使われていることがある。「人」という字に近い極めて簡略化されたマークを見て、誰もがそれがエッフェル塔であることに気づく。エッフェル塔は、フランス・パリのまさしくシンボルなのだ。東京タワーはどうだろうか? 東京タワーはそこまで明確な景観資源にはなっていない。

 しかし、東京タワーよりエッフェル塔が美しくって、東京タワーはエッフェル塔のコピーだからダメだという議論は、既に過去の話になっているのだろう。上述のように、生まれた時から東京タワーが存在していて、修学旅行で東京タワーに行った経験者は確実に増えている。そしていつのまにか東京タワーは国民的存在になり、あるのが当たり前なものになってきている。美醜や文化的意義を超えて、東京タワーは一つの重要な景観資源に既になっている。

 そういえば、同じ内藤多仲博士設計の、名古屋のテレビ塔の内部が改修されるとの報道も最近あった。どうやら名古屋のテレビ塔の方は、既に文化財的な扱いがされているようである。テレビ塔などの高層の塔が、近代化遺産として文化財になる時代がもうすぐ来る。

 田町からの東京タワーのこの風景。最初は東京の都市景観の計画性のなさを指摘するつもりでいたのだが、何度も見返すうちに、意外に捨てたもんじゃないよなと、思い返すことになった。印象的な風景、良い景色、そういう風景を構成する、愛着がわく建物ってなんだろう?

#ヴィスタ  #モニュメント  #塔  #街並み 港区 


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 アイストップが気になる 三田編。

 気が付くと東京都心部は、どちらを見ても超高層ビルが見える街になっていた。

建設中の芝浦アイランドと田町駅 Photo 2006.3.5

 田町駅を出て歩行者デッキを歩く。駅の向こうには建設中の芝浦アイランドのマンション(2007予定・約168m)が二棟見える。

東芝ビルディング Photo 2006.3.5

 国道を渡る歩道橋に至ると、北東側には東芝ビルディング(1984・165.9m)が。

建設中の三田三丁目計画ビル Photo 2006.3.5

 また南西側を見ると、完成間近の三田三丁目計画ビル(2006.9予定・179.3m)がひときわ高くそびえる。

 田町駅前では慶応大学の方角以外はどちらを見ても超高層ビルが見えている。いつのまに、こんなことになったのだろう。東京は空が狭いと言われる。巨大なビルの足下に立つと、やっぱり空、狭いよな、と思うが、この景色を見ると、見通しもかなり悪くなっちまってるよなーと思う。

 それにしても都心では、大通りに出ると必ずといってよいほど超高層ビルが見える。これ偶然なのだろうか? それとも個人的な思いこみ?

1.実はどの方角にも超高層ビルはあるのだが、普通は近くの建物に遮られて見えない。ところが大通りでは遠くが見えるためにアイストップ状に見えてしまう。
2.実際はアイストップ状になっている場所は、それほど多いわけではないのだが、アイストップ状に見えるとそれが印象的なので記憶に残る。

どちらかというと、後者なんだろうな。この傾向はこれからも続くのだろうか?

 一昔前までは超高層ビルの数は少なかったので、遠くに見えるのは霞ヶ関ビルだーとか、新宿西口のビル群だーなどと大体判ったのだが、近年は超高層ビルがかなり増えてきたので、遠くに見えても何というビルかわからないことが多い。超高層といえば大企業の自社ビルなどだけだったのだが、最近はマンションもかなり増えている。

 アイストップを作り出すヴィスタ景観は印象的な構図で、西欧のバロック都市の場合、アイストップになる建物は記念的建造物である場合が多い。つまり、著名な建物をアイストップにするべく計画されているのだが、今回取り上げたようなケースは、偶然生じたヴィスタ景で計画性はない。せっかく印象的な構図になっているのに、全くそれを活かすことにはなっておらず、ただ「見えてしまって」いて、邪魔なものが見えているという感覚さえ与えてしまっている。著名な建物を見せる計画であれば、都市のランドマークとして誇らしいことになるのだが、無計画であるが故に見えてしまっているのでは、景観破壊となってしまいかねない。当然、多くの市民は無関心になり愛着もわかない。マンションが見えているのって、そこに住んでいる人以外からすれば、全然誇らしい景色じゃないもん。

 さて、新宿区は区の8割の面積にあたる地区で絶対高度規制をかけた。駅周辺の商業地などは除外されているが、住宅地はほとんどで規制がされている。超高層マンションがあちこちに建ち始めて紛争が多くなったことを受けたもののようだが、港区や中央区はどうなるんだろう?

新宿区:高度地区変更(建築物の絶対高さ制限の導入)について

 また東京都は、国会議事堂、迎賓館、絵画館の3箇所の眺望景観の保全を決めたそうで、「眺望の保全に関する景観誘導指針」を策定し、公表している。

 でも、国家的な記念建築物景観の保護だけなんだよなー、これ。

 さてさて、超高層ランドマークが見えちゃってる状況はこれからも続くのでしょうか。

#ヴィスタ  #眺望  #高層ビル  #街並み 港区  #新しい建物 港区
#オフィス 


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 小糠雨の夜、熱海湯階段を下る。

熱海湯階段
所在地:新宿区神楽坂3-5
Photo 2006.2.16

 神楽坂から南側へ小道を入ったところに通称「熱海湯階段」はある。階段を下りきったところに熱海湯という銭湯があるため、そう呼ばれているらしい。神楽坂上の高台の方から坂下の飯田橋へ至る抜け道で、クランクして道幅も変化する。直線状の部分も植え込みがあるためわずかに蛇行していて、意外に複雑な形をしている。てれってれっと歩くのにちょうどよいぐらいの踏み面と蹴上げ。歩いて楽しい、味わい深い階段である。神楽坂界隈は絵にも描かれることが多いが、この熱海湯階段もしばしば絵や写真に登場する。通称が付いているのも、印象的な階段であるからだろう。

 道の両脇の建物はこの数年の間に料理屋などに建て替えられ、階段の雰囲気はかなり変わったが、神楽坂界隈らしく、落ち着いた雰囲気は相変わらず保たれている。小雨の夜の雰囲気は格別。踏み石のくぼみに溜まった小さな水に店の灯りが映る。静かな路地には大人の男女が似合う。

#階段・坂 新宿区  #夕景・夜景  #雨


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 暖かい日が次第に増えてきた。

港区高輪にて
Photo 2006.3.5

 日本の正しいひなたぼっこの方法を彼は知っていた。日本家屋の軒先で丸くなって眠りこける姿は、サザエさんちのタマみたいだ。

 連中は一番気持ちいいのがどこなのかを良く知っている。近づいていっても、ほとんど目を開けない。カメラを構えた時だけちょっと首を上げたが、また眠りこけてしまい、私が立ち去るまでそのままの姿勢だった。屋根の上なので安心しきっているのか、よほど眠かったのか、下に見える私を馬鹿にしきっているのか・・・。あまりにも気持ちよさそうな寝顔を見たら、うらやましくなってしまった。私も日本家屋の縁側でのんびりひなたぼっこをしたいものだ。

#動物


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 アイストップが気になる-九段下編。

九段坂下、俎橋付近から、首都高速のガード越しに靖国神社の大鳥居を望む
Photo 2006.1.27

 高さ約25m。離れてみると巨大な鳥居であることがよく判る。

 さて、鳥居の彼方に背の高い鉄塔が見えるが、実はこれは市ヶ谷の防衛庁にある通信塔である。

 偶然なのだろうが、九段下から見たとき、靖国神社の鳥居の延長線上に、防衛庁(旧陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地)はある。参道の軸線とはわずかにずれてはいるが、ほぼお参りの方向に一致する。参拝することとはもちろん基本的には関係がないことなのだが、自衛隊に向かってお辞儀をしていると考えてみると、少々不思議な気分になる。

 九段下・俎橋付近は台地の下側で、地形的には下町の側に属する。一方、靖国神社及び自衛隊は台地上に位置するので、九段下から見ると、坂を見上げたやや上方の彼方にこれらは見えている。靖国神社の大鳥居は当然九段坂の下から見上げられることを意識して作られたものだろう。坂の上方に施設を設け、見上げさせる視覚構造を創ること自体は、靖国神社に限らず神社一般、宗教施設一般に見られることで、特別なことではない。一方の自衛隊の通信塔。こちらも市谷の高台上に高い鉄塔を建て通信を確保するというのは理にかなったことで、妙なことではない。だが、両者が奇妙に一致する特異点が存在するとき、そこでは不思議な感覚が呼び起こされる。

 靖国神社は明治になってから招魂社として設置された施設である。一方、市ヶ谷の防衛庁は江戸期には尾張藩の屋敷だったところで、維新後、これが陸軍のものになり、戦後は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に、さらに六本木から防衛庁が移転してきて、現在は防衛庁になっている。市ヶ谷の自衛隊には昔から通信用の鉄塔が建っていたのだが、建て替えられてより高くなり、市ヶ谷の周辺ではあちこちからこの通信塔が見えるようになった。

 そして靖国神社との視覚的な関係も、おそらくその際にはからずも生ずることになった。参道の延長線上に防衛庁があること自体は、地図上では昔から判っていたことなのだが、施設が実際に現場で見えるようになったことで、不思議な関係が不意に意識されるようになった。繰り返すようだが、もちろん両者の施設配置の間には直接の関係はない。あくまで、あちこちから見える市ヶ谷の通信塔が、靖国神社と九段坂の所からもたまたま見えているということであって、拝礼して貰おうとして塔を建てるなんていう、アナクロ・ナンセンスな発想で通信塔を建てるほど自衛隊は暇じゃない。

 ただ一部には、都心部におけるこの手の施設の配置に、何らかの意図が働いているとか、隠された計画が存在する、ということを指摘する向きもある。江戸城と江戸の町が、風水学的にデザインされていると言われるのだから、明治以降の皇室、官公庁関連施設の配置にも、風水などの企図が大なり小なり働いているはずだ、という意見である。東京都心から西へ向かって一直線に皇室関連施設が立地しているとも言われる。その辺の込み入った事情に関しては知らないことが多いので、私はこの件に関して、意見を述べることは全く不可能である。

 政教分離の世の中では、そのようなことが事実かどうかはほとんど検証不能で、そのような説はあくまで仮説に過ぎないともされるが、九段下からのこの光景に接すると、にわかに東京の都市空間には隠された構造があるのではないかと勘ぐりたくなったりする。

#ヴィスタ  #神社  #塔  #階段・坂 千代田区


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 最後に団地全体の様子を少し。

住宅地内にある団地マップ

 道路や建物配置、広場の取り方など、団地全体のレイアウトがよく考えられていたことがこの地図からもわかる。団地内にはループ状の道路が入り、これを軸にして住棟は東南~西南向きに少しずつ向きを変えて建てられている。

 →阿佐ヶ谷住宅日記というHPの中には、阿佐ヶ谷住宅のマップが掲載されていて、団地の住棟配置の詳細などがよくわかります。

中層棟と中央広場

 3階もしくは4階建ての中層棟は、方々の団地でよく見られるタイプのもので、団地の真ん中あたりに7棟が建っている。手前は団地のほぼ中央にある広場。特に利用目的を限定しないこのような広場があることで、豊かな住宅地環境が得られている。

傾斜屋根テラスハウス棟の一群の中にある広場空間

 西側と北側の街区の中央には紡錘形の広場があり、そこは自動車が入ってこない完全な歩行者空間になっている。また建物群に囲まれることで、部外者が入りにくく、プライベート性が高くなり、子供を安心して遊ばせることができる場所が十分に確保されている。

住棟間の歩行者用通路
住棟間の歩行者用通路

 上記の広場に至る歩行者用の通路は、樹木の間などを抜ける細道。敢えて、飛び石などを使った小さな道とすることで、部外者があまり入らない空間を街区内に確保する配慮がされている。

 阿佐ヶ谷住宅は、前川國男設計の傾斜屋根低層テラスハウスが確かに特徴的だが、それだけではなく、街区内広場やループ状の道路など、全体の配置計画がよく考えられていることが特徴であろう。再開発では大半が中層棟になるようだが、このゆったりした外部空間環境を残しながら、建て替えが行われることが期待される。

公団阿佐ヶ谷住宅 1  公団阿佐ヶ谷住宅 2  公団阿佐ヶ谷住宅 3  公団阿佐ヶ谷住宅 4
Tokyo Lost Architecture

#失われた建物 杉並区  #住宅系  #広場 


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 阿佐ヶ谷住宅をもう少し。

 公団設計による陸屋根の2階建てテラスハウスは、団地の北の方の一角に9棟ある。

陸屋根のテラスハウス  Photo 2006.2.17

 前川國男設計の傾斜屋根テラスハウスの印象が強くて、ちょっと目立たないのだが、意外にこちらもモダンできれい。横長の箱型のスタイルで、床や軒が相対的に薄く見え、スマートなプロポーションだ。

玄関のある北側

 こちらも玄関部分が凹んでいて雨よけになっている。また玄関脇にコンクリートのボックスがあり、そこにガスメーターが収められている。

南側から

 窓のサッシなどは取り替えられているので新しい。梁は鉄筋コンクリートで造られているようだ。床や仕切壁が相対的に薄いためか、古い割にモダンな感じ。プレハブなので当然高級感はないのだが、安っぽいわけではなく、良心的に造られた印象がある。

公団阿佐ヶ谷住宅 1  公団阿佐ヶ谷住宅 2  公団阿佐ヶ谷住宅 4
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#失われた建物 杉並区  #住宅系 


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 前川國男建築設計事務所の設計による、傾斜屋根のテラスハウス群は、基本的にはみな同じデザインなのだが、南側は増築されたりしていて、少し様子が異なるものもある。

阿佐ヶ谷住宅 Photo 2006.2.17

 端部の部屋は、増築されていない基本形。1階の窓にはちゃんと庇が付けられている。2階の手摺は木製。一方、右側の部屋は増築されて、2階には物干し台が作られている。この増築も、木造のものとブロック造のものがあるようだ。部屋の増築はやらなかったが、木造の庇を付けて半屋外を造った建物もある。

タイルで作られた棟番号の文字

 棟によってタイルの色が異なり、緑や赤の番号が書かれた棟もある。

低層棟の玄関部分

 玄関部分が少し凹むことによって、雨に濡れない玄関先が確保されている。木製の扉が渋い。

公団阿佐ヶ谷住宅 1  公団阿佐ヶ谷住宅 3  公団阿佐ヶ谷住宅 4
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#失われた建物 杉並区  #住宅系 


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