都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



東京都金物協同組合倉庫?
所在地:台東区松が谷2-22
構造・階数:石造・2F+RF
備考 :解体
Photo 1992.8.14

 石造で内部は2階(2層)だったようだ。またトタン張りで3階が増築されていた。

 撮影場所をメモしておかなかったので、場所が分からなくなっていたが、最近になってGoogle Street Viewの映像と照合して所在地が分かった物件。

 昔の住宅地図では「東京都金物協同組合」となっているが、窓がなくどう見ても蔵や倉庫の類で、どうやら写真右端にわずかに見えているのが組合のオフィスだったらしい。だとするとこれは組合所有の倉庫とかだったのだろうか。

 しかしネットでこの組合名で検索しても該当するものがない。似たような名前のものとしては東京金物卸商協同組合があるが、これは昔から日本橋浜町のようなので、そうなると見当がつかない。そのへんよく分からないが、まあそれはわきへ置くとして、妙に迫力のある石造倉庫があった、ということに留める。

 この建物がいつ頃まであったのかはわからない。ただ、跡地に建っている松が谷レジデンスが1996年2月竣工なので、1995年頃までには解体されたのではないかと思う。下町エリアには頻繁には訪れていないため、この建物を見たのはこの写真を撮ったいちどだけだった。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 台東区 


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旧陶山医院(陶山眼科)
所在地:台東区 根岸3-12
建設年: ?
構造・階数:木造・2F
備考 :2005〜09に解体
Photo 2004.12.25

 下記、「ぼくの近代建築コレクション」内の記事にもあるように、千手院という寺の境内の一部(門前)にあった医院。

 お医者さんは洋風家屋であることが多いが、ここの場合は和洋折衷で、しかも一体的な建物の中で和洋が混在しているところがちょっと不思議な感じだった。

 正面から見ると、玄関とその右側、2階の北側の角部屋が洋風で、薄緑色のペンキで塗られた下見板張り。一方、玄関上の2階と南側の1・2階は在来型の和風建物になっていて、和洋がL字型に組み合わさっている。

 玄関まわりは洋風の下見板張りだが、玄関扉は引き戸。屋根の傾斜も洋風の急傾斜屋根ではない。改装して洋風の部屋を造ったかのような設え。


 Photo 1995.6.17

 2階の洋風部分は下見板張りで縦長の上げ下げ窓。ただ、屋根は日本瓦。

 Google S.V.で確認したところ、2010年1月には既にこの建物は無くなっており、門に相当する場所には観音像かなにかが設置されている。従って、一枚目の写真を撮った2004年末以後の、2005年から2009年頃までの間に、この医院は解体されたのではないかと思う。

陶山眼科/根岸3丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 台東区 


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上野労働相談所
所在地:台東区 上野7−3
建設年:1925(大正14)
構造・階数:RC・3F
備考 :2001〜03(平成13〜15)頃解体
Photo 2000.12.2

 下記、「ぼくの近代建築コレクション」、「収蔵庫・壱號館」内の記事にも記されているが、『日本近代建築総覧』によれば、1939(昭和14)以前は市民食堂だったという。この市民食堂、深川にある旧 東京市深川食堂(現 深川東京モダン館)と同様のものだったのだろうと両サイトでは推定されている。公設の食堂として、各フロアがどのように使われていたのかは分からないが。

 上野駅の駅前、正面玄関からすぐの場所に建っていた。カーブしたコーナー部に玄関を設けており、窓台と庇のラインがモダンな建物だった。またこの写真ではよく見えないが、下記サイトの写真では右奥の階段室部分に丸窓が開けられており、そのあたりも深川食堂と少し似ている。

 2004年版の住宅地図では建て替え後の新しい建物が既に記載されている。従ってこの写真の後、2001〜03年に解体されて建て替えられたようだ。

上野労働相談所、小泉ビル/上野7丁目 - ぼくの近代建築コレクション
上野労働相談所 | 収蔵庫・壱號館
Tokyo Lost Architecture
#街並み 台東区  #失われた建物 台東区 


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廿世紀浴場
所在地:台東区日本堤1-34
建設年:1929(昭和4)
構造・階数:木1
2007年末に廃業、2009年に解体
Photo 2008.2.17

 日本堤界隈は全く馴染みのない街だったが、この銭湯を見るために三ノ輪から歩いて行った。

 東京の銭湯は寺院建築のようで「宮型造り」などと呼ばれる外観のものが多いが、ここはなんともモダンな外観。アールデコ風銭湯などとして紹介されることも多かった。鶴の湯や松の湯など、和風の名前が多い中、二十世紀を名乗っていたのも珍しかったのではないだろうか。

 廃業後、しばらくはそのまま残っていたが、2009年5月頃に解体された模様。

Wikipedia > 廿世紀浴場

東京の銭湯・温泉廿世紀浴場
東京浪漫劇場東京湯屋巡礼廿世紀浴場[日本堤]
東京そぞろ歩き廿世紀浴場
トーキョーワッショイ > トーキョー銭湯解体される廿世紀浴場

 玄関部分 玄関は両引きの引き戸。壁面の中ほどはスクラッチタイル張り。半円形アーチの窓も手が込んでいる。

 アールデコ的な書体で縦書きで「廿世紀浴場」と書いてあるのが印象的

 ところで、「廿」という字は「にじゅう」と読む。本来は「二」と「十」という二つの漢字からなる単語が、一字になってしまっている。こういうのは漢字なのだろうかと以前からちょっと気になっていたのだが、改めて調べてみたら漢和辞典にはちゃんと載っていた。ちなみに「丗」は「さんじゅう」。ところがこちらは世界の「世」の異体字でもあって、「せ・せい」とも読む。二つともどうも「十」の字から発展した字のようだ。

 まちあるきをしていると時々、明治廿三年とか書いてある石碑などがあって、以前は面食らっていたのだが、最近になってようやく覚えた。変な話だが、そのへんを改めて覚えようというきっかけになった建物でもある。

 東側側面 建物周りの壁には青いスペイン風の瓦が載り、中華料理の器のような模様が刻まれている。

 裏側(北東側)から 正面の玄関まわりは洋風の近代建築デザインになっているが、背後の方のボイラーや煙突まわりはモルタルやトタン張りで、当然ながらやや雑然としている。

 玄関上部 窓枠は鉄製だったようだ。また、よく見ると十字型の星状の穴が並んでいたり、四隅だけ異なるタイプの磨りガラスだったりしている。

 東側側面の窓は改修されたらしく、アーチ型の窓穴の中に、ひとまわり小さな長方形の窓枠が嵌められていた。

 全景 東側角の箱庭のような場所に大きな木があり、建物に覆い被さるようになっていたのも印象的だった。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 台東区 


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 新館の地球館を訪れたのは初めて。

地球館 3F 大型哺乳類剥製標本群「ヨシモトコレクション」
国立科学博物館・地球館
所在地:台東区上野公園7   Google Map
建設年:1999(平成11)年 第一期完成 常設展示オープン。
    2004(平成16)年 グランドオープン。
備考 :展示エリアは地上3F、地下3F
Photo 2013.1.13

 最近のこういう展示スペースは、展示物保護の目的もあってか、やや暗いことが多い。ガラス越しなのはちょっと残念だが、剥製がずらっと並んでいるのは壮観。

地球館 B1F 恐竜の骨格標本群

 やっぱり恐竜は大人気。大混雑である。図鑑で見てるだけでは実際の大きさはよくわからないものだ、ということがよく分かった。

地球館 2F たんけん広場

 体験型の施設群は大人気で、順番待ちの長い列ができていた。写真は、滑車の原理を用いて軽い力で体を持ち上げる体験ができる器具。

地球館 2F マイコンキット TK-80(NEC)

 展示物の中には懐かしいものも。写真は、中学生の頃にかなり話題になったエレクトロニクス模型。友人はこれを購入して作成、これをきっかけにして電子工学の道へ進んでいった。私はといえば、欲しいとは思ったが、結局これを購入せず、その結果、電子工学方面へは行かなかった。むかし身近だったものが既に博物館入りしているのも、今回驚かされたことの一つ。

地球館 B3F さまざまな単位を体験する装置

 手前から、長さ(m)、重さ(kg)、時間の長さ(s)、電流(A)、温度(K)。例えば長さの場合、直感で1m間隔をあけて二つの端子を並べ、それからスイッチを押すと、実際の間隔が表示される装置になっている。小学生が飽くことなく何度もチャレンジしていた。

地球館 B3F 元素の展示

 水平リーベ僕の船・・・。今の覚え方は違うみたいだが。元素記号配列も中高生の頃以来であり、懐かしい。

 ところで、どうでも良いことだが、大学生ぐらいのカップルが結構来ていた。科学博物館ってデートで来るところなのかぁ? 一緒ならなんでも良いのかもしれないな~。きれいな女性と元素の展示物を眺めてるなんて、なんだか羨ましいぞ。

#新しい建物 台東区  #ミュージアム 


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 約40年ぶりに国立科学博物館へ行った。

国立科学博物館・日本館
所在地:台東区上野公園7   Google Map
建設年:1931(昭和6)年
構造 :RC
階数 :3F・B1F
備考 :旧東京科学博物館本館(重要文化財)
Photo 2013.1.13

 上野の科学博物館へ行ったのは幼少期の頃以来。大学に入って上京してからはいくらでも行く機会があったが、いつでも行けるからと思い、またいまさら科学博物館に行ってもねみたいな感じで、ついずっと訪れていなかった。今回もなんとなく、近代建築の内部を見てみたくなって、というこれまた科学とはあまり関係ない理由で入館したのだった。

国立科学博物館・日本館 中央ホール
Photo 2013.1.13

 新館(地球館)ができたこともあって、現在は地下から館内に入る。小さい頃は建物の方にはあまり関心がなかったので、正面中央の玄関ホールのドーム吹き抜けも全く記憶にない。改めて見るとなかなか立派な空間だ。やはり国立だけはある。地方にはこういう空間がなかなかない。

日本館3F 展示室 フタバスズキリュウ

 変貌ぶりには驚いた。休日だからというのはあるが、科博ってこんなに人が集まる所だっけ!?

 小さい頃の記憶では、ひとけがあまりない静かな空間に、恐竜の骨格標本がドーンと展示されていて、それだけという感じだった。もちろん当時もいろいろな展示はあったはずなのだが、私の中ではほぼそれしか記憶がない。床のワックスの匂いがして、ちょっと黴臭いような古めかしい空間の印象だったのだが、リニューアルされたせいもあって、外観からは想像もつかないようなハイタッチな空間になっていた。40年もすればそりゃ変わるよな~。

日本館 階段室(2Fから3F)

 子どもたちの歓声と、人の多さに圧倒されて、つい端っこの方に行くと、翼部の階段室がこれまた素晴らしい。2本の柱は耐震補強のために後から入れられたものではないかと思うが、カーブを描いて中央で一つにまとまる階段が創り出す空間は優美だ。

日本館 階段室(3F)

 弧を描く階段を上ると、舞台装置のようにも見えるシンメトリーな階段空間を目にすることができる。

日本館 階段室 天井のステンドグラス

 上を見ると採光部にもステンドグラスが。数年前に修復されたものだそうで、鮮やかで美しい。

日本館 階段室 2F壁面のステンドグラス

 階段室2Fのステンドグラスは鳳凰をモチーフとしたものだそうな。教会建築のステンドグラスとは異なる日本的な図案だが、日本人からすると何の違和感もなく、むしろこういう方が不思議としっくり来るような気がする。

#古い建物 台東区  #吹き抜け・アトリウム  #屋内階段  #ミュージアム 


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国立国会図書館 国際子ども図書館 2Fから3Fへの階段室
所在地:台東区上野公園12   Google Map
建設年:第一期1906(明治39)、第二期1929(昭和4)
    国際子ども図書館となり、転用改修が2002(平成14)に完成。
備考 :帝国図書館として開館し、国立図書館、国会図書館支部上の図書館を経て、2000年に国際子ども図書館となる。 Photo 2013.1.13

 階段室がみごと。

 ただ、この空間は28mm相当のデジカメでは写しきれないので、縦横2枚ずつ、計4枚の写真をHuginという合成ソフトを用いてつないでいる。合成の詰めが甘かったため、左方の窓の桟がちょっとずれてしまっているがそこは勘弁して下され。

 改修にあたって、手摺の保護のため内側にガラス板が立て付けられたり、照明が新調されたり、エアコンを設置するため床面が嵩上げされたりしているそうだが、上手く現代的に改修が行われている。

 転用改修の設計は安藤忠雄氏。なお現在、西側に新館が建設中である。

 古く立派な建物だが、子ども図書館というだけあって、休日は子どもさん連れで賑やか。おもしろい形で再活用がされた建物だ。

#古い建物 台東区  #屋内階段 


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谷中霊園内の階段
所在地:台東区谷中7-1
段数 :43段(上から10、17、9、7段)
Photo 2012.12.19

 谷中霊園は上野台地の比較的平坦な高台上にあるのだが、霊園の端の方は台地の縁でもあるので、JRに面してひな壇状の墓地が造られている。

 線路沿いに並ぶお墓にお参りに行くには、高台の側から階段を下りていかねばならない。谷中墓地にもこんなところがあるのかと印象的だ。

谷中霊園から京成スカイライナー(上)と、常磐線特急「スーパーひたち」E657系電車(下)
#階段・坂 台東区  #鉄道 


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御隠殿坂橋の階段
所在地:台東区根岸2-23
段数 :35段(下17段、上18段)で跨線橋部分に至る
Photo 2012.12.19

 御隠殿坂(ごいんでんざか)は、輪王寺宮(東叡山寛永寺の住職である親王)が寛永寺から御隠殿と呼ばれた別邸へ行くために造られた坂。

 鉄道が建設された後は踏切になっていたが、1928年頃にRCで御隠殿坂橋が架けられたという。

 階段をリストアップする際は、地形と関係があるか、すなわち地形的な高低差を上り下りするために造られているかをいちおう基準にしている。だから普通の歩道橋や跨線橋は対象にならないのだが、片側だけが階段になっているこのような場合はちょっと悩む。階段のある場所が斜面や崖から100m近く離れていても良いものかどうか・・・。

#階段・坂 台東区  #地形  #橋  #鉄道 


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寛永寺橋の階段・北側
所在地:台東区根岸2丁目
段数 :55段(上から23・15・17段)
Photo 2012.12.19

 上野台地上の上野桜木から寛永寺橋を渡ると、JRを渡ったところで歩行者は階段で低地に降りることになる。

 高架橋から下りるこの階段は寛永寺橋が延長された1975年にできたもののようだ。下部はアーケード状になった高架の下を下るかたちになっている。

寛永寺橋の階段・南側
所在地:台東区根岸2丁目
段数 :47段(上23段、下24段)
Photo 2012.12.19

 北側の階段も南側の階段も、下部はアーケード内の歩道部分にあり、上部は片持ち梁で高架道路から外へはみ出す形で空中を上っていく。高架上の車道と路側帯を確保しながら、下部には歩道を残すため、階段が途中から外へはみ出すことになったようだが、あまり見たことがないスタイル。

 北側と南側の段数が異なるのは、高架下の敷地に傾斜があり、南側の敷地の標高が1mほど高いため。

寛永寺橋の階段・南側
Photo 2012.12.19
#階段・坂 台東区  #橋 


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