都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

国税庁麻布分室

2019-07-14 | 港区   
国税庁麻布分室
所在地:港区六本木6-5
建設年:?
階数 :2F+塔屋
備考 :廃屋化→解体
Photo 1994.8.21

 現在の六本木ヒルズのすぐ東側の一角、賑やかな表通りから横道にそれて奥に入った所に、人々から忘れられてしまったかのような廃屋があった。袋小路にあるので人通りは少なく、都心なのが嘘のように静かな空間。裏通りにこのような時計台のある建物が建設されたこと自体、今考えてみればちょっと不思議だ。

 窓の部分まで這ったツタ、壊れたガラス、閉じられた雨戸、鍵が掛かって錆び付いた門扉、いつから止まっているのか分からぬ時計など、紛れもなくそれは廃屋だった。

2007.2.26
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 港区  #オフィス 
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フィリピン大使館(旧小田良治邸)

2019-07-12 | 港区   
フィリピン大使館(旧小田良治邸)
所在地:港区六本木5-15
建設年:1924(大正13)
階数 :2F+塔屋
設計 :J.M.ガーディナー(James McDonald Gardiner)
備考 :空き家化→焼失→解体
Photo 1995.5.27

 建物を建てた小田良治は、1872(明治5)大分県生まれ。米国、欧州を留学の後、三井物産社員となり、三井物産札幌出張所長などをつとめ、北海道で鉱山経営にもあたった人。その後、札幌で初めての近代的デパートである「五番館」を経営し、実業家として成功したという。

 屋上に天体望遠鏡用の観測ドームが付いていて、背の高い煙突も2つある独特な洋館だった。

 いつ頃からフィリピン大使館になったのかは未把握だが、1979(昭和54)時点では既にフィリピン大使館として使われていたという

 門の隙間から敷地内の建物を見る。1995年時点で既に廃墟化しており、窓も破れていた。この後、しばらくして焼失してしまい、その後解体された。

 門前の様子。ベニヤ板や塩ビ波板で目隠しがされていた。

 この建物の解体後、1999年にパーク・コート麻布鳥居坂というマンションが完成、フィリピン共和国大使館も同建物内に入っている。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 港区  #オフィス  #住宅系 
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金光邸

2019-07-10 | 港区   
金光邸
所在地:港区六本木5-5-9
建設年:?
階数 :2F
備考 :解体
Photo 1997.5.10

 鳥居坂を上って外苑東通りに出る直前の左側、ロアビルの南側にあった洋館。

 撮影時、既に使われておらず空き家だったようだが解体はされず、2007年まで存在していたようだ。また、解体後もなんらかの開発が行われたわけではなく、現在に至るまでコインパーキングになっている。

2019.7.8
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 港区  #住宅系 
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三田無線

2019-07-08 | 港区   
三田無線
所在地:港区南麻布1-2-1
建設年:1930(昭和5)
構造・階数:木・2F
備考 :解体
Photo 1991.6.15

 仙台坂の途中にあった建物。三田無線という会社の建物だったが、オフィスというよりは個人の洋館のような雰囲気だった。1990年代後半には既に建て替えられたようだ。現在も同所には三田無線研究所がある。

 外壁はスタッコ仕上げとかだったのだろうか。1、2階は洋館のような外観だが、屋根は日本瓦の入母屋屋根。2階ベランダのアーチから軒庇までがやや長く、不思議なプロポーションをしている。2階の天井高を高く確保したかったのだろうか。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 港区  #オフィス 
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三田4丁目の銅板張り看板建築

2019-07-06 | 港区   
三田4丁目の銅板張り看板建築
所在地:港区三田4-2
建設年:?
構造・階数:木・3F
備考 :解体
Photo 1992.6.20

 桜田通り沿いに建っていた木造3階の銅板張り看板建築。写真の時点で既に一部は空き家だったようで、この1、2年後には解体されてしまったようだ。

 3間分の幅があり、かつ3階建てとわりあい規模が大きかっただけに、この写真1枚しか撮っておかなかったのは残念。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 港区  #看板建築 
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