都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

日本債券信用銀行

2019-10-22 | 千代田区 
日本債券信用銀行
所在地:千代田区九段北 1-13
Photo 1988.10.30

 九段下の交差点に面して建っていた戦後のオフィスビル。ロビー階はガラス張りの高い吹き抜けになっていて、上層階は水平庇が巡る横連窓。戦後の日本で多く造られたモダニズムオフィスビルの典型のような建物。日本債券信用銀行が1998年に破綻し、金融再生法により一時国有化されて整理されたあおりなのか、あっさり取り壊されてしまった。また、日債銀自体はあおぞら銀行となった。


 Photo 2019.7.16

 跡地には最近流行のツルッとした表面の高層ビル(北の丸スクエア)が2006年に完成した。

Wikipedia > 日本債券信用銀行北の丸スクエア

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #新しい建物 千代田区  #オフィス  #高層ビル 
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正則学園

2019-10-20 | 千代田区 
正則学園
所在地:千代田区神田錦町 3-1
構造・階数:RC・4F(屋上に増築)
建設年:1933(昭和8)
備考 :2003〜改築、2005.4・新校舎完成
Photo 1998.10.31

 正直言って、それほど美しい近代建築というわけではない。失礼な言い方であることを承知の上で言うなら、増改築を経て、薄汚い建物になっていたというのがおおかたの感想ではないだろうか。一応、日本近代建築総覧にも載っているので、戦前のモダニズム建築なのかもしれない。もしくは、どこかのディテールに美しいステンドグラスなどがあったのかもしれない(このモダニズムな外観から考えると、その可能性は低いが・・。)。モダニズム建築はあまりにも見慣れてしまったが故に、残念ながらあまり大切にされていないような気がする。
 2005年に通りかかったら、新しいきれいな校舎に建て替わっていました。(正確には改築らしい。)

 ちなみに奥に見えるのは錦城学園高等学校で、これも1935(昭和10)竣工だそうだ。

Wikipedia > 正則学園高等学校
ぼくの近代建築コレクション正則学園、錦城学園

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #古い建物 千代田区  #学校 
2007.2.25
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誠文堂新光社

2019-10-16 | 千代田区 
誠文堂新光社
所在地:千代田区神田錦町 1-5
建設年:1932(昭和7)
構造・階数:RC・4+塔屋
解体 :2005.4
Photo 1998.10.31

 神田の古書街からちょっと南の方のオフィス街の中にこの社屋はあった。誠文堂新光社といえば、「子供の科学」とか「天文ガイド」を、小学生の頃に買って貰って読んでいたものだが、その会社の建物がこんな近代建築だったとは想像もつかなかったので、街を歩いていて見つけた時はかなりびっくりした。子供の頃に親しんでいた雑誌が、こんなとこで編集されておったんかいな、という感慨に浸るのだった。長い歴史を持つ雑誌だから、建物のほうも長い歴史のあるものだったんだなぁと納得。

 しかし、2005年の春に訪れたら、ちょうど解体し終わったところだった。階段室だけでも入っておけば良かったと後悔。
 ちなみに現在、会社は文京区の本郷にあるそうです。

廃景録誠文堂新光社
ぼくの近代建築コレクション誠文堂新光社

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #オフィス 
2012.2.25
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名倉病院

2019-10-14 | 千代田区 
名倉病院
所在地:千代田区神田駿河台 4-2
建設年:1931(昭和6)
構造・階数:RC・3F
備考 :解体。2006(平成18)に高層(17F)の新病院が完成。
Photo 1995.6.3

 御茶の水界隈にはなぜか病院が多い。東京医科歯科大学、順天堂大学病院、日大病院、三楽病院、杏雲堂病院、同和病院、そしてこの名倉病院。スクラッチタイル張りの比較的モダンな形をした端正な建物だった。2005年の春に訪れたら、高層の病院に建て替えている最中だった。大学生の頃、三楽病院や杏雲堂病院が次々に建て替えられ、この界隈の雰囲気もかなり変わってきた。御茶の水に残る最後の近代建築病院だったが、都心で低層の病院を維持するのは、資産的にも設備的にも大変な時代なのかもしれない。

廃景録名倉病院
名倉病院/神田駿河台4丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #病院 
2012.2.25
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日本医師会館

2019-10-12 | 千代田区 
日本医師会館
所在地:千代田区神田駿河台 2-5
建設年:1931(昭和6)
構造・階数:RC+SRC・5F
備考 :解体・オフィスビルに建て替え
Photo 1988.11.1

 浪人時代に駿台予備校3号館に通っていたので、毎日のようにこの建物の前を通っていた。1Fの石積みの壁が重厚で、学生街の一角でバロック風の気品のある佇まいを見せていた。数年ぶりに訪れてみると味気ないオフィスビルにあっさり建て替わってしまっていて、しばし呆然としてしまった。

ぼくの近代建築コレクション日本医師会館

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #オフィス 
2012.2.25
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