都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

東京建物ビル

2021-09-21 | 中央区  
東京建物ビル
所在地:中央区 八重洲1-9
構造 :SRC
階数 :8+B2+塔屋
設計 :阿部美樹志
建設年:1929(昭和4)
解体年:2020(令和2)
備考 :八重洲一丁目東B地区第一種市街地再開発事業に伴い解体
Photo 2011.6.21

 東京駅八重洲口駅前、八重洲通りに面して建っていたオフィスビル。市街地再開発事業のため、上写真右側のヤエスメッグビル他とともに解体された。かつて東京駅付近の丸の内、大手町、八重洲などには大型の近代建築が多数あった。しかしそれらは90年代頃から次々に建て替えられて消えていったので、このビルが界隈では最後に残った大型の近代建築だった。


 Photo 2015.4.28

 屋上に装飾が施された塔屋があったのだが、建物後方(北側)にあるため八重洲通りからは先端部しか見えなかった。また、かつては最上階のファサードにも装飾が施されていたそうだが、改装によりそれらは失われていた。


 Photo 2014.5.27

 近くでは見えない塔屋も、駅付近まで離れると見えるようになる。写真は東京駅八重洲口のグランルーフ2階のデッキから撮ったもの。


 塔屋拡大 Photo 2014.5.27

 拡大してみると、テラコッタで飾ったものだったことがわかる。屋内のレイアウトの関係で建物後方に塔屋が位置していたのだろうが、見えない状態だったのは少々残念。


 Photo 2019.7.17

 八重洲通り沿いの様子。改修されて当初の装飾は失われたようだが、クラシックな雰囲気が残るデザイン。


 Photo 2019.7.17

 建物背面にあたる北側の壁面。1階部分にはエアコンの室外機が並んでしまっていたが、2階部分にはアーチ型の窓や丸窓が並び、裏通り側でも端正な表情を見せていた。


 解体時の様子 Photo 2020.10.24

東京建物ビル/八重洲1丁目 - ぼくの近代建築コレクション
環境デザインマニアック61東京建物本社ビル

Tokyo Lost Architecture  
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中央区立中央小学校(旧鉄砲州小学校)

2021-09-18 | 中央区  
中央区立中央小学校(旧東京市鉄砲洲尋常小学校・旧鉄砲洲小学校)
所在地:中央区 湊1-4
構造・階数:RC・3
建設年:1929(昭和4)
解体年:2010(平成22)
Photo 2006.4.7

 関東大震災後の震災復興事業のひとつとして建てられた小学校建築。戦前期は東京市鉄砲洲尋常小学校、戦後は中央区立鉄砲洲小学校となっていた。区内の少子化に伴い、1993(平成5)年に八丁堀にある京華小学校と統合されて中央小学校となった。

 外側に半円型の柱型を見せた柱が列柱のように並ぶ姿が印象的。


 校庭側の様子  Photo 2006.4.7

 その後も同校校舎として使われ続けていたが、2010(平成22)年に校舎建て替えのため解体。震災復興小学校建築として貴重なものであるとして日本建築学会他が保存要望書を出していたが、区側は建て替え新築を選択したのだった。


 玄関部分  Photo 2006.4.7

 ほとんどの窓は長方形だが、玄関とその両側はアーチ型。

日本建築学会東京都中央区に現存する復興小学校 7 校舎保存要望書
鉄砲洲小学校/湊1丁目 - ぼくの近代建築コレクション
東京都中央区立中央小学校(昭和モダン建築探訪) : 関根要太郎研究室@はこだて
にわとりトシ子の、君の瞳に恋してる!「きれい・・・」を訪ねて 〜旧鉄砲洲小学校

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旧メリヤスビル(二興商会、帝莫)

2021-09-15 | 中央区  
旧メリヤスビル:二興商会、帝莫(メリヤスK.K.)
所在地:中央区 東日本橋3-6
階数 :3
建設年:1927〜28(昭和2〜3)
解体年:2012〜13(平成24〜25)
Photo 2005.3.27

 手もとの『はいまっぷ住宅地図』(セイコー社、1997)や『ゼンリン住宅地図』(ゼンリン、2000)では、二興商会、帝莫(株)と記されている建物。下記「ぼくの近代建築コレクション」の写真を見ると、以前は右側に「帝莫株式会社」の袖看板が付いていたようだが、2005年に訪れた時には帝莫の文字はなく、二興商会の袖看板のみになっていた。

 2階から3階にかけてつながるアーチ型の窓枠には細かな装飾が付けられている。2階の上げ下げ窓は古いまま。3階の窓はアーチ部分は古いままにして、その下は少し小さめな窓に換えている。柱頭はギリシャ由来のデザインではないが、ちょっとだけ装飾的。

 『日本近代建築総覧』では3階建てと記されているが、軒庇の上の屋上?腰壁の部分にガラス窓が嵌っているのがちょっと不思議。屋根裏部屋とかがあったか、4階を増築していたのだろうか。そのあたりは今となっては分からない。

 この建物は2012〜13年に写真手前の建物と共に解体され、跡地にはグランスイート東日本橋スクウェアという高層マンションが2015年3月に竣工している。

ナグスビル、二興商会/東日本橋1、3丁目 - ぼくの近代建築コレクション

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杉野ビル

2021-09-12 | 中央区  
杉野ビル
所在地:中央区 日本橋本町2-5
構造・階数:RC・4
建設年:昭和初期
解体年:2010(平成22)
Photo 2005.3.27

 昭和通りに面して建っていた雑居ビル。昭和通りの上空には首都高速1号上野線が通っているため、ビルの全景が道路の反対側から見えず、建物前の歩道上からしか撮影できなかった。このため建物の全体像やファサードの様子はよく見ることができなかった。

 この時点で少なくとも1階と2階の一部は飲食店やタバコ店などの店舗となっていた。下記のリンク先、「ぼくの近代建築コレクション」を見ると、後の年代には1、2階だけでなく、3階の一部も飲食店になっているように見える。

 もともとは2〜4階は事務所などだったのではないかと思う。場所柄、住宅ではなかったのではないだろうか。窓の様子を見ても、オフィスの可能性の方がある気がする(ビルオーナーの住居の可能性はあるが)。

 壁面はスクラッチタイル張り。中央部には幾何学模様の部分(たぶんテラコッタ)がある。
 上階へは中央の入口から入って階段を上る。4階建てなのでエレベーターはなかった模様。

 建物は2010年8月から解体され、同建物の敷地は、現在はアステラス製薬本社ビル(2013年竣工)の一部となっている。

杉野ビル/日本橋本町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

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中栄 K.K. 東京支店?

2021-09-09 | 中央区  
中栄 K.K. 東京支店?
所在地:中央区 日本橋堀留町 2-1-7
構造・階数:木・2(3?)
建設年:?
解体年:2011〜13(平成23〜25)
Photo 2011.1.26

 『日本近代建築総覧』では、所在地が日本橋堀留町2-2と記されているが、『はいまっぷ住宅地図』(セイコー社、1997年)では、同所に中栄東京支店はなく、隣の街区の日本橋堀留町2-1-7に同社が記されている。

 撮影時、木造2階(または屋根裏3階?)の建物は崩れかけていた。倒壊のおそれがあるので近づかないようにという貼り紙があり、中央区役所が管理しているようだったが、どのような経緯でそうなったのかは分からない。またこの時点で既に中栄東京支店はここにはなくなっており、この建物が中栄 K.K. 東京支店だったのかも実は不明。

 この後、1、2年のうちに建物は解体され、現在同所はマンションになっている。

 囲いがされていて1Fは見えないが、2Fには4連のアーチ型窓が設けられていて、洋風のビルに見せていたことが分かる。壁が剥落して壁裏が見えており、木造モルタル塗りだったことが逆によく分かる。もう少し早く訪れていれば、こうなる前の姿を見ることができたのだがと思うのだった。

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コメント (2)
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