都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

江塚眼科

2022-11-06 | 目黒区  
江塚眼科
所在地:目黒区 目黒3-12-1
構造・階数:木・2
設計:江木 佐
建設年:1926(大正15)
解体年:2013(平成25)
Photo 2011.7.22

 診療所付きの併用住宅。診療所の入口と住宅の玄関を別の道に面して設置している。上写真は医院の玄関側(東南側)から。

 下記『東京の近代建築』によれば、関東大震災の半年前に土地を購入し、震災後、親戚の江木佐という人の設計で基礎を頑丈にして建設されたものという。


 北東側から

 塀は後の時代に造ったもので当初は生け垣だったという。


 住宅の入口側(西北側)から

 壁は下見板張りと一部はモルタル塗り。建設時は瓦葺きだったが、1979(昭和54)年に銅板葺きに替えたという。


 住宅入口側

 住宅側の入口は医院側よりもやや小規模で地味。


 住宅入口

 玄関庇などには瓦葺きの部分が残っている。

参考『東京の近代建築』後藤治・三船康道 監修、地人書館、2000年刊

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 目黒区  #医院  #戸建て住宅  #洋館・洋風住宅
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金子商店

2022-11-03 | 品川区  
金子商店
所在地:品川区 南大井1-9-7
構造・階数:木・2
建設年:
解体年:2018〜19(平成30〜31)
Photo 2006.10.9

 旧東海道沿いに建っていた2軒続きの銅板張り店舗。右側(北側)は半円型の壁を立ち上げて切妻屋根の妻面を隠している。一方、左側(南側)は切妻屋根の断面を銅板?で覆い、屋根の形をそのまま見せている。

 1階の扉や欄間のデザインは共通。北側の方が間口が広く、柱間はやや大きかったようだ。

 北側の窓には雨戸があり戸袋は七宝文様で手が込んでいた。コーナー部にも装飾柱が載っていたが、北側の角は脱落していた。

 南側は、2階の窓が左右同じなのにも関わらず、なぜか庇が違い棚にのようになっていたのが興味深かった。

 2005年の住宅地図では「橋本商店」と記されている。一時期、別のお店になっていたのだろうか。写真の頃は仕舞屋となっており、その後、2018〜19年に建て替えられた。

旧金子商店 品川区南大井 - 東京ノスタルジア
金子商店/南大井1丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 品川区  #看板建築  #銅板張り看板建築  
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2022年9月 記事一覧

2022-09-30 | 記事一覧 

09/03 鈴木食品工業
09/06 愛隣保育園・東京愛隣教会
09/09 玉川電機商会
09/12 旧カフェー「東洋」
09/15 隅田湯
09/18 東京割工業株式会社
09/21 旧カフェー「太陽」
09/24 旧カフェー「サンエス(SSS)」
09/27 旧カフェー「松竹」
09/30 高橋靴店

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高橋靴店

2022-09-30 | 千代田区 
高橋靴店(高橋邸)
所在地:千代田区神田神保町2-11
構造・階数:木・2
解体年:1997(平成9)
Photo 1995.7.22

 1995年に研究室で東京の都市調査をした際に撮影した銅板張り看板建築。神保町のすずらん通りか、その西側のさくら通りで撮った記憶があったのだが、詳細な場所を忘れてしまっていた。

 撮影地と建物特定の手掛かりになったのは、右端の新しいビルと、後方のビルだった。特に後者は、窓の中央に外壁のプレキャストパネルの境目が来るタイプで、こういう外壁のビルはそれほど多くない。結局これは靖国通り沿いに建つ北沢書店の南側壁面が、さくら通りから見えていたことが分かった。

 「靴橋」と書かれていたので、当初はそういう店なのかと思っていたが、実は「高橋靴店」だった。戦前の建物で右から店名が書かれており、最初の「高」と最後の「店」の文字が脱落していたのだった。

 看板建築としては、それほど手の込んだ建物ではなかった。1階は大きなガラス張りの2枚引き戸の出入口でちょっとモダン、2階軒先には店名の金文字が付くが、2階の戸袋には特にデザインはなく、普通の看板建築商店。間口も狭く、小規模な建物だった。

 現在は写真左手の表具店と更にその左側も含めて、マンションに建て替えられている。

 二十年ほど前まではこの程度の銅板張り看板建築は、東京では結構たくさんあって、比較的ありふれたものだった。だが、やはりこのような建物は確実に減っている。神田と神保町界隈には戦災を受けずに焼け残った建物が多く、昔の建物を見て歩く楽しみがあったが、最近はタイル張りのマンションやオフィスが大半になって、街並みとしては次第に退屈になってきた。普通の看板建築だったとしても、残されていれば街の中でワンポイントになって、街並みに彩りを与えるのではないかと思うのだが、住み手じたいが高齢化して、いなくなっていく状況では、このような建物の存続は難しいと言わざるを得ない。

2008.9.5に投稿した記事を再編集しました。

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 千代田区  #看板建築  #銅板張り看板建築 
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旧カフェー「松竹」

2022-09-27 | 江東区  
茂木アパート
旧カフェー「松竹」/茂木アパート
所在地:江東区 東陽1-37-6
構造・階数:木・2
建設年:戦後
解体年:2003〜05(平成15〜17)
Photo 1995.7.15

 この建物もかつてはカフェー(特殊喫茶店)だったもの。1953年発行の火災保険特殊地図では「松竹」という屋号が記されている。

茂木アパート
 Photo 2002.11.6

 かつては通り側に入口が3ヶ所あったようで、洋瓦の載った庇と、豆タイルが張られた円柱のある出口跡が残る。

茂木アパート
 Photo 2002.11.6

 売春防止法の施行の後はアパートになり、入口は中央の1ヶ所になっていた。この建物もアパートとして2000年代まで存続していたが、2003〜05年頃に解体され、跡地はマンションになっている。

茂木アパート/東陽1丁目 - ぼくの近代建築コレクション

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#失われた建物 江東区  #遊興施設  #集合住宅 
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