都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



銅板張り看板建築
所在地:荒川区南千住1−32
構造・階数:木造・2F
備考 :2010〜2013.7に解体。
Photo 1995.6.17

 都電荒川線の三ノ輪駅から北へ向かう、旧日光街道(国道4号線)の裏通り沿いに建っていた、4軒つづきの銅板張り看板建築。


 Photo 2006.9.30

 1995年時点では4軒つづきだったが、2006年9月に訪れた時には、上のモノクロ写真の手前の一軒(最も南側)が既に建て替えられて3軒になっていた。残っていた建物でもトタンで補修された部分が増え、銅板張りの部分は減っていた。また老朽化がかなり進んで、傾いて歪んでもいた。

 Google S.V.では、2009年12月時点では存在しているが、2013年7月撮影の写真では、既に車庫になっており、この間に解体されたようだ。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 荒川区  #看板建築 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





荒川区南千住8丁目
Photo 1997.6.19

 荒川区南千住8丁目。日比谷線の南千住駅から東に1kmほど行ったところ、隅田川が東から南へと大きく向きを変える場所に汐入の集落はあった。もともとは、川沿いの農業集落で、田圃のあぜ道から派生して集落内の道筋ができたため、迷路状の住宅地空間が広がる場所だった。JRや地下鉄からはやや遠く、公共交通手段は主にバス。西側には千住のJRの巨大な操車場があり、駅からダラダラと楽しく歩いていけるようなところではなかった。

 住宅都市整備公団によって、大きな再開発団地ができることになり、昔ながらの集落は全て消え去ることになった。1997年の時点では、南側半分は区画整理が終了し、13階建て程度の高層住宅がいくつか完成した状況だった。北側半分、川に近い部分はまだ買収や立ち退きが終了しておらず、虫食い状に予定地が広がる状況。原っぱの中にポツンポツンと、立ち退いていない家が建っていた。この頃、新聞などに何回か取り上げられ、注目されたりもしていた。ちなみに、工学院大学の研究室が、消滅以前の集落の住まい方・コミュニティの実態を調査している。

 その後、この場所には高層住宅が何棟も建設された。木造住宅が迷路のように建ち並ぶ街並みの面影はどこにもない。わずかに川の近くに神社が残るのみである。

2009.1.12記

 この記事は「Site Y.M. 建築・都市徘徊」内から移設しました。

#失われた建物 荒川区  #街並み 荒川区  #眺望  #高層ビル  #住宅系 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




左:荒川区立汐入東小学校・汐入こども園
所在地:荒川区南千住8-9   Google Map
竣工年:2010(平成22)
Photo 2014.5.20

 1Fは汐入こども園、2〜5Fが教室など。6Fが体育館、7Fはプール。最近の都市型校舎はスゴイ。

水神大橋
所在地:荒川区南千住8丁目から   Google Map
架橋年:1989(平成元)
Photo 2014.5.20

 隅田川に架かる橋の中では比較的新しいもの。

 橋の奥は墨田区側の都営白鬚東アパート。1km以上にわたって壁のようにそびえる、防災アパートだ。

伊沢造船所
所在地:足立区千住曙町38   Google Map
Photo 2014.5.20

 隅田川沿いに残る唯一の造船所なんだとか。

 右側の旧綾瀬川は、水門を介して荒川とつながっている。 川の上には首都高速6号が架かる。

#新しい建物 荒川区  #学校  #海・川・池 
#橋  #住宅系  #眺望 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




紅葉橋北詰の階段
所在地:荒川区東日暮里5-52
段数 :48段(下から16、16、16段)で跨線橋部分に至る
Photo 2012.12.19

 紅葉橋も昭和初期(1928年頃)に架けられた跨線橋で、橋上の途中に日暮里駅の改札が設けられている。昔の紅葉坂の位置に架けられ、紅葉坂上部に繋がるため、この名が付いた。橋長約90m。

紅葉坂
所在地:台東区谷中7-14と15の間
段数 :18段
Photo 2012.12.19

 現在、紅葉坂と呼ばれるのは、橋を渡ってから左へ、天王寺わきへ至る階段坂の部分のみ。

#階段・坂 荒川区  #橋  #鉄道


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




芋坂の階段
所在地:荒川区東日暮里5-55
段数 :35段(下17段、上18段)で跨線橋部分に至る
Photo 2012.12.19

 御隠殿坂同様、芋坂は江戸期からあった坂。江戸期の坂は橋の少し西側を通っていたらしい。

 御隠殿坂橋と同様、鉄道が建設された後は踏切になっていたが、1928年頃に芋坂跨線橋が架けられたという。

 芋坂跨線橋と御隠殿坂橋は橋の様子が似ていて、どちらがどちらか分からなくなるが、御隠殿坂橋はRC、芋坂跨線橋は鉄橋で、構造が異なるようだ。

#階段・坂 荒川区  #橋  #鉄道 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




日暮里富士見坂からの富士夕景
Photo 2012.10.16

 昨日は一日じゅう快晴だった。早大オープンカレッジ講座の見学で最後に日暮里富士見坂へ。講座で行ったのは日没前だったので、逆光で富士山は見えていなかった。しかし講座終了後、喫茶店で休憩して時間をつぶして、日没後を狙って再訪したら、かなりよく見えた。少し下方に霞が掛かって、浮世絵のようなグラデーションがかかり、なかなかきれい。

日暮里富士見坂
所在地:荒川区西日暮里3-7と3-9の間   Google Map
Photo 2012.9.29

 真冬にはもっとコントラストが高くはっきり見えることもあるが、秋にここまでよく見えることはそう多くない。

#眺望  #ヴィスタ  #階段・坂 荒川区  #夕景・夜景  #山 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 南千住へ行こうとして日暮里駅で山手線から常磐線へ乗換。

JR常磐線日暮里駅ホーム   Google Map
Photo 2012.6.12

 新装された跨線橋を渡って常磐線のホームへ下りようとしたとき、上屋の構造がおもしろいことに初めて気がついた。

 鉄道駅の昔の上屋は、しばしば古レールを転用して造られていることは知っていたのだが、日暮里駅の常磐線ホームの上屋は、島状ホームとその両側の線路を一跨ぎするように造られている。両側の柱と中央部の三本のレールを繋いでアーチを造っており、ホーム上には柱がない。また、レール以外で造られたトラスなどを補強用に使っていないのも特徴的だ。

 鉄道駅の上屋に詳しいわけではないので、他にも同様のものがあるのかもしれないが、ちょっと気になったので、手持ちの写真の中から、レール製上屋の写真をいくつか引っ張り出してみた。

JR田端駅
Photo 2010.11.28

 田端駅はホーム上に小アーチがあり、V字型の屋根を持つ上屋になっている。

JR田端駅
Photo 2006.12.3

 ホームとホームの間は、レール製アーチと円形パイプからなるデザインになっている。

JR水道橋駅
Photo 2006.10.24

 JR水道橋駅はホーム後方と上下線の間に柱があり、Y字型の柱が並んでいるのが印象的だ。

西武新宿線 新井薬師前駅
Photo 2009.8.24

 実は地元の新井薬師前駅もレール製。急カーブ部分に駅があるので、ここの柱はきれいに並んで見える。

 駅のホームもいろいろなので、上屋の方も様々なデザインがあるようだ。昔の鉄道事業者が古レールを再利用して、いろいろな形の駅を設計していたことに改めて気付かされた。

 また、写真を探してみて初めて、自分が意外に駅ホームの写真を撮っていないことに気付いた。徐々にこういう駅は減ってるみたいなので、機会があったらこれからはチェックしていこうと思う。

#鉄道  #古い建物 千代田区  #古い建物 中野区 
#古い建物 北区  #古い建物 荒川区 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




日暮里富士見坂からの眺望シミュレーション
荒川区資料により「富士見坂眺望研究会」が作成したものを転載。
(写真は2008年3月撮影)
(※予測ラインには若干の誤差がある模様。)

 まちあるき講座などでも何度か訪れている日暮里富士見坂。そこから見える富士山がビルでかなり隠されてしまうかもしれない。

-風景遺産- 日暮里富士見坂の眺望保全について

 新宿区大久保3丁目で計画されている超高層ビルの建設により、上掲のシミュレーション画像のように、オレンジの線で引いてある長方形の形にビルが見えてくる可能性がある。富士山の眺望は、2000年に本郷通り沿いにマンション(高さ38.43m、13階)が建設されたことで、山の左側稜線が見えなくなったが、今度は真ん中のあたり。山頂は辛うじて見え続けるようだが、雪で覆われた面がかなり隠されてしまうので、天気が良くて富士山が見えていても分かりにくくなってしまうだろう。



 1990年頃まではまだビルも多くなく、富士山はよく見えていた(下記リンク)。

富士見坂眺望研究会風景遺産

 しかしその後、徐々に周辺にビルが建ち、富士山はビルの谷間に見える状況になっていった。

Photo 1992.12.25
Photo 1994.1.30

 最初のシミュレーション画像に建物の概要を加筆させて貰ったのが以下。

富士見坂から見えている建物の概要

 一般に、背の高い建物は大通り沿いや広い敷地のある場所に建つ。一番近い広幅員の通りは不忍通りで、距離にして400m弱。谷を通る道だがやはり近くの道なので、ここにマンションなどが建てば右側のビルのようになり、確実に見えなくなってしまう。ただ現在のところ中高層建物が建つ予定はないようだ。

 今まで、富士山の眺望に影響を与えたものとしては、本郷通り沿いのマンションが多かった。富士見坂から本郷通りまでは1.3km程度あるが、本郷通りは尾根道なので、やはり影響が出やすい。

 この他、1.9kmほど先にある白山通りにも15F程度のマンションが数棟建っているが、白山神社周辺の白山通りが谷道であるため、影響はさほど出ていない。また、東洋大学のキャンパスは少し高い位置にあり、図書館など背の高い建物も建っているが、方向がやや南寄りであるため富士山を直接隠す状況にはならなかった。

 さて今回、問題になるビルの所在地は大久保3丁目。富士見坂からは6km以上離れている。今まで影響が出た建物よりも3倍以上遠いので、最初は大して影響が無いのではないかと思っていたが、建物の方も本郷通り沿いのマンションの3倍以上高いため、やはり影響が出てしまいそうだ。

超高層ビルとパソコンの歴史
  > 東京都・建設中超高層ビルデータベース
    > 大久保三丁目西地区開発計画(A-1業務棟、A-1住宅棟)

 江戸期から「富士見坂」と呼ばれている富士見坂の中で、現在も富士山が見えるのは日暮里の富士見坂だけだという。ビルが建ち並んだりしたため、江戸期からある他の富士見坂からは既に富士山は見えない。明治期以降に富士見坂と名付けられたものの中には、今でも富士山が見えるものはあるのだが・・・。

 浮世絵などにも見られるように、江戸の人々にとって「富士見」は日常生活のそばにある一つの癒しのようなもので、生活に根ざした文化でもあった。そう考えると江戸以来残り続けてきた富士見坂からの富士の眺望は、文化遺産だといえなくもない。

 日暮里富士見坂があるのは荒川区内。坂の下は台東区で、そのすぐ向こうは文京区。だからこの周辺では、この富士見坂の認知度も比較的高いし、地域の人々は富士見坂からの眺望を守りたいと考えている。しかし今回の建物は新宿区内。開発を進めた業者も、影響がこんな場所で生ずることになろうとは恐らく考えていなかったのではないかと思う。

 東京都は、国会議事堂、迎賓館、聖徳記念絵画館、東京駅の眺望について、規制を掛けている。

東京都 > 眺望の保全に関する景観誘導指針の策定について
     > 眺望の保全基準のイメージ
     > 眺望地点及び誘導区域

 しかし現時点ではその対象は国家的な記念建築物に限られており、地域的なものは対象になっていない。富士見坂の場合、建築物ではなく自然の山が対象なので、保護制度としては別扱いなのかもしれない。また、記念建築物と違って正面があるわけでもなく、日暮里富士見坂でなくても富士山は見えたりするため、現時点で全都民的な共通認識になっていないと判断しているのだろうか。眺望による規制をすることは、土地所有者が開発をする権利を制限することにもなる。大半の人が保護に対して同意するような状況でないと規制もしにくいというのが実情のようで、景観法は制定されたが自治体はまだかなり慎重なようだ。

 条例や規制云々の話はともかく、今回の一件は既に進行中で近々にビルの建設も始まるらしい。そのような状況下ではあるが、開発業者も含めて多くの人が納得できる妙案はないものだろうか。


 日暮里富士見坂からの眺望について

富士見坂眺望研究会
日暮里富士見坂を守る会(富士見坂通信)

都市徘徊blog > 日暮里富士見坂(2006.1.29)
Site Y.M. 建築・都市徘徊
  > 日暮里富士見坂からの眺望
  > 東京の斜面地空間-都心部山の手の地形-

荒川区の坂 > 日暮里富士見坂
#階段・坂 荒川区  #街並み 荒川区 
#ヴィスタ  #眺望  #高層ビル  #夕景・夜景 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




延命寺・首切地蔵
所在地:荒川区南千住2-34
建立年:1741年(寛保元年)
Photo 2011.6.14

 小塚原刑場があった場所に建つ延命寺境内にある露座のお地蔵さん。もとは右上の台座に鎮座していたのだが、先の東日本大震災で、積んであった石がずれたり一部落下してしまった。倒壊の危険性があるため、部材が地上に降ろされたという。再建に向けて、支援金が募集されていた。

 手足がばらされて台座の周囲にばらばらに置かれているさまは、ちょっと異様で哀しい景色。耐震化をして早く復旧させてほしいものだ。

Wikipedia - 小塚原刑場

#寺院  #モニュメント



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 これまた一ヶ月前に、日暮里地蔵坂を夜間に調べに行った。Photo 2007.11.21

 地蔵坂に下からアクセスしようと思うと、西日暮里駅を出てから駅の北側を回り込んで、JRの下のトンネルを通って行かねばならない。このトンネルが自転車置き場になっていて、雰囲気がいまいちなのだが、ビックリするのはこの灯りの色である。カメラのせいではなく、まさにこのような青の空間なのだ。

 いやはや、なぜこんな色にしたんだろう? 紫外線ランプみたいな雰囲気。絶対、長時間は居たくない感じだ。もしかしてそれを狙っているのだろうか? 駅近くは正直言ってパッとしない場所。ホームレスが住み着かないようにとか、悪さをする輩がたむろしないようにということなのだろうか? 確かにそういう人にとっても居心地の悪い空間だ。でも毎日ここに自転車を停めて、夕方に取りに来る人たちにとっても、良い感じのしない空間になっている。設置の経緯を知らないので、理由は分からないが、見てるだけで鬱になりそうな空間だ。

 ただ、これ、写真に撮ってみるとオモシロイ。真っ青なトンネルに放置された冷蔵庫なんて、現代アートみたいだ。以前取りあげた高輪橋架道橋のオレンジの空間も結構強烈だったが、意外性ではこっちの方が上回っている。

#街並み 荒川区  #夕景・夜景  #トンネル  #鉄道 


コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ