都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

濱松木戸郵便局

2023-11-06 | 静岡県  
濱松木戸郵便局
所在地:浜松市中区相生町16
構造・階数:木造・2F
建設年:1932(昭和7)頃
解体年:2001(平成13)
Photo 2000.1.1

 浜松市内の旧東海道沿い、旧掛塚街道が分岐する交差点に建つ郵便局。郵便局にありがちなポスターやアクリル看板はなく、既に使用されていないようだった。コーナー部の円筒形の塔屋にテの字が薄く白く書かれてある。小さいが郵便局らしい街角の洒落た建物。

 下記サイトの記事によれば、建物は2001(平成13)年に解体されたそうだ。現在、同所は駐車スペースになっている。

流れ星コレクション失われた名建築(西部2)木戸郵便局(浜松市相生町)
静岡の建築・土木構築物 
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旧 稲付郵便局

2023-01-30 | 北区   
旧 稲付郵便局
所在地:北区 赤羽西2−3
構造・階数:木・1
建築年:1930(昭和5)?
解体年:2008〜09(平成18〜21)
備考 :道路拡幅に伴い解体
Photo 2002.9.23

 赤羽駅南方の岩槻街道沿いにあった郵便局。訪れた時は既に郵便局としては使われておらず、倉庫のようになっていた。
 昔は郵便局だったとする情報をネット上でかなり前に見たのだが、現在はその情報が見当たらず、本当に郵便局だったのか、もしそうならなんという名の局だったのか分からずにいた。最近になって昔の地図をあたったところ、ようやく局名などを含めて分かった次第。どうやら特定郵便局と呼ばれた小さな局で、地域の名士や大地主が土地や建物を無償で提供して設置したものだったようだ。

 ドイツ破風とか半切妻屋根などと呼ばれる切妻屋根の頂部妻面に小さな屋根を付けた姿が印象的。妻面上部にはかつては灯りが付けられていたようだ。下部は煉瓦もしくは煉瓦風タイル張り。屋根は洋瓦(平板)。入口が閉じられたままで長い時間が経過していたようで、老朽化して屋根には雑草が生えていたが、洋風の小さな建物は旧街道沿いでは目立っていた。

 岩淵町全図(1931年発行、注1)や東京都全住宅案内図帳(1962年?発行、注2)には「稲付〒」と記されており、かつては稲付郵便局と呼ばれていたようだ。一方、下記サイトには郵便局の経緯が記されていて、正式には王子稲付郵便局として開設されたものらしい。

 王子稲付郵便局は1930(昭和5)年に開設。従って建物もこの時に建てられたものだったのではないかと思う。1961(昭和36)年12月に北稲付郵便局に改称。1972(昭和48)年10月1日以降は赤羽西二郵便局。

 1973(昭和48)年発行のゼンリンの住宅地図では郵便局は少し南の道路沿い(赤羽西2−2)に移転済み。正確な移転時期ははっきりしないが、上記のどちらかの改称時などに移転もしたのではないかと思われる。従ってこの建物はそれまでの30〜40年の間利用されていたもののようだ。

 2008年までは住宅地図には掲載されていたが、岩槻街道の道路拡幅に伴い解体された。

注1:『番地界入東京府豊島郡岩淵町全図』1/6,000 1931(昭和6).9.10発行 著作・発行 小林又七 発行所 東京日日新聞赤羽出張所
注2:『東京都全住宅案内図帳』1962(昭和37)年? 住宅協会 発行

ちきページ【古よりの地名最後の砦】郵便局データベース赤羽西二郵便局

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中央築地六郵便局

2021-03-17 | 中央区  
中央築地六郵便局(旧 北晃水産)
所在地:中央区 築地6-8
構造・階数:木・2F
解体年:2018〜19(平成30〜31)
Photo 2013.10.14

 晴海通りの北東裏側の小路に面して建っていたモルタル看板建築の郵便局。1階はいろいろ手が加えられて建設当初とは異なるが、2階壁面はサッシが替えられたりしている以外は当初のままだったようだ。

 石張りのようにも見えるが、モルタル洗い出しで石張りのように見せていたのではないだろうか。軒先角や窓上の部分は少し出っ張っていてタイルを張っていたのかもしれないが、ここもモルタルだったのかもしれない。中央上部のメダイヨン両側の壁面部分の線も途中で屈折していて少々奇妙。一方でメダイヨンは頑張って造られている。

 いつも見ている「北晃水産、他/築地6丁目 - ぼくの近代建築コレクション」には1987年の写真が載っており、このころは北晃水産という会社だったことが分かる。同サイトによると、郵便局はその左側(上写真の山岸水産の建物)だったそうだ。その後、ひとつ隣のこの建物に郵便局が移ったらしい。


 Photo 2013.10.14

 Google Street Viewで確認したところでは、2018年5月には存在していたが、2019年5月ではなくなっているので、この期間に解体されたようだ。モルタル看板建築なので戦前のものではないかもしれないが、それでも築70年程度は経っていたのではないだろうか。
 築地界隈は戦災ではあまり被害を受けなかったが、やはり次第に古い建物が失われている。

北晃水産、他/築地6丁目 - ぼくの近代建築コレクション
中央築地六郵便局 : レトロな建物を訪ねて

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東京中央郵便局

2019-11-16 | 千代田区 


 Photo 1997.3.27

東京中央郵便局 所在地:千代田区丸の内 2-7
建設年:1933(昭和8)
構造・階数:SRC・5F
設計 :吉田鉄郎(逓信省営繕課)
備考 :DOCOMOMOの日本の近代建築20選。2005再開発の意向が表面化
解体年:2009(平成21)

 東京駅周辺に残る近代建築はこの東京中央郵便局と東京駅だけになってしまった。端正なファサードを持つ美しいモダニズム建築が、日本の中央駅の駅前にあることは、非常に意義深いことだと思う。


 Photo 2003.3.26

 丸ビルの展望室から見下ろすと光庭のある建物だということがよく判る。
 中央奥に見えるのは東京ビル。撮影時(2003年3月下旬)には存在していたが、その後、あっという間に取り壊され、2年半程度の短期間で再開発され、2005年11月に新しいビルに生まれ変わった。取り壊しから超高層ビル完成まで2年半というのは、にわかには信じられない速さだ。


 Photo 2007.3.21


2009.03追記
 民営化された日本郵政により再開発事業が開始された。2009年2月頃から解体工事が本格化。当初案では北側正面部分のみの部分的な保存復元とされていた。この保存は、いちど解体してから外壁の一部をパネル的に貼り付けて保存したこととするもの。銀行倶楽部や大手町野村ビルのような、いわゆる「腰巻き保存」といわれる類のものである模様。
 しかし保存要望の高まりなどを受け、妥協案を探る動きが再度始まっているという。東側部分も保存することになり、表面だけでなく少し内側の方まで躯体ごと残されて、登録文化財となる方向だとも言われるが、詳細はまだ確定していない模様。西面も保存されるのだろうか。空中権の移転による全面的な保存が望ましいのは確かだが、どうしてもそれをやりたくないということなら、なんとか少しでも多く残すことができる方策を考えて貰いたいものだ。

 ところで、コンクリートモダニズム建築など文化財ではなく、全く保存には値しないなどと、時代錯誤的で相当見当違いなことを雑誌上で堂々とお書きになる「文化人」と呼ばれる方もおられるようだ。誰とは言わないが、全く驚き呆れ、その知識・見識・理解力のなさと精神的貧しさをひどく哀れに思う。文化を毀損する害悪のような方が表舞台から早く消えて下さることを願わずにいられない。


2019.09追記
 その後、結局、外壁をパネル状に張り付けるやり方ではなく、前面側の一部を残して後方に超高層ビルを建設する方式で再開発が行われた。東京駅に近い側は道路整備の関係でそのままだとまずかったらしく、角度をわずかに変えるべく曳き家をしたという。また、低層部の屋上は緑化され公開されている。低層部の中央にはアトリウムも設けられ、そこそこ魅力的な商業施設になっている。

JPタワー
所在地:千代田区丸の内 2-7
竣工年:2012(平成24)
構造 :S・一部SRC
階数 :38F・B4F・R3F
高さ :200m
Photo 2013.4.25

 当初の建物の全体が保存されることはなかったが、現在の日本・東京の状況と、日本の法制度、保存に掛かる金銭的な状況を考えると、このあたりで妥協せざるを得ないのかもしれない。その中で、結果的に工夫をして、そこそこ受け容れられる施設ができた。これはひとえに設計側、計画の現場担当者の努力の結果であって、決して経営者側や上層部の手柄ではない。その後も結局諸問題が生じているのを見るにつけ、結局、経営者とその周辺の体質に問題があることは明らかだ。この建物の一部が残っても保存などに関する状況はほとんど変わっていない。

Wikipedia > 東京中央郵便局

東京中央郵便局/丸の内2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

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静岡中央郵便局

2017-12-30 | 静岡県  
静岡中央郵便局
所在地:静岡市葵区黒金町
建設年:1958(昭和33)?
構造・階数:RC・4F?
備考 :1995(平成7)頃に解体
Photo 1992.11.21

 静岡駅前にあったモダニズム官庁建築。

 恐らく郵政省の営繕が設計したのだろう。四角いガラス張り建物に庇が付き、当時の郵便局オフィス建築として典型的なデザインだった。屋上のネットや広告看板は後から増設されたもの。

 1994(平成6)年12月に、中央郵便局はこの後方(西側)に新築された新局舎(静岡音楽館AOIと合築)に移転した。写真の旧局舎は、この移転後に取り壊されたらしい。旧局舎があった場所は、現在は駅前のタクシープール等になっている。

静岡中央郵便局 - Wikipedia

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中野新井二郵便局

2011-09-16 | 中野区  

中野新井二郵便局

中野新井二郵便局
所在地:中野区新井2-46
構造・階数:木造・2F
建設年代:1958(昭和33)より前
解体年代:2004(平成16)頃
Photo 2000.4.19

 早稲田通り沿いの野方警察署近くに建っていた小さな郵便局。局長さんの家も兼ねたものだったのだろうか。数年前に解体されて、郵便局もなくなってしまったようだ。
 右隣と後方に見えているのはNTT野方ビルの建物。


2023.1.8追記
 建設年代不明だが、1958年発行の「東京都全住宅案内図帳」に「野方町郵便局」として記載されているので、それ以前のものだろう。1968年発行の「東京都全住宅案内地図帳」には「中野野方町郵便局」として記載されている。1976年発行のゼンリンの住宅地図では「中野新井二郵便局」となっており、1966年に一帯が新井二丁目になったことに伴い名称変更したようだ。
 2003年発行の住宅地図には載っているが、2009年12月のGoogle ストリートビューで既に建て替えられている。
 下記ページに「2004/03/27、一時閉鎖」「2006/02/15、中野四丁目3-1へ移転し、中野サンクォーレ内郵便局に改称・再開」とある。2004年時点でこの局舎は使われなくなり、恐らくその後しばらくのうちに建て替えられ、郵便局ではなく個人住宅になったようだ。

【閉鎖郵便局】旧・中野新井二郵便局 | ポストマップ
古い建物と街並みをもとめて: 中野の郵便局

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東京郵政局・関東郵政局

2011-05-02 | 千代田区 
東京郵政局・関東郵政局
所在地:千代田区大手町2-3
建設年:1962(昭和37)
構造 :RC
階数 :8F・12F
設計 :郵政大臣官房建築部・小坂秀雄
備考 :2005年5月~2008年12月の間に解体。現在は更地。
    日本郵政公社東京支社は2005年5月6日に港区麻布台へ移転
Photo 1996.10.10

 官庁系のモダニズムオフィスビル。柱や梁は鉄筋コンクリート打ち放し。3Fから上は庇が張り出していて軒が深く、ちょっと日本建築を思わせる。

 この頃の公共建築にはこのように水平に庇が張り出したものが多い。鉄筋コンクリートのモダニズム建築を日本的に解釈した結果、このようなデザインになったともよく聞く。

 機能面から考えても、軒が深いので窓が濡れないし、夏場の強い日差しが直接内部に入らず、外側に日陰が出来るので、冷房の面でも少し効果があったのかもしれない。雨が多く、夏は日差しが強くとても暑くなる日本の気候を考慮したのかもしれないなとも思う。

 旧郵政省には官庁営繕として設計部署があり、そこに小坂秀雄氏という設計者がいたそうだ。この建物や外務省(1960)は、同氏が郵政省の大臣官房建築部長だった頃の建物。同氏は退官後(株)丸ノ内建築事務所を設立して、逓信ビル(1964)など、多くの公共系建築物を設計したという。ホテルオークラ(1962)もこの事務所の設計だそうだが、言われてみれば、外務省やホテルオークラ、逓信ビルは確かに雰囲気が似ている。

 事務所のHPには、完成当初の写真が掲載されている。これによると、当初の建物は前方の8F建ての部分のみだったようで、後年、12F建ての建物が増築されたようだ。

(株)丸ノ内建築事務所小坂秀雄HP・小坂秀雄の建築東京郵政局

 2011年時点で、この建物の跡地は更地のままになっている。また、写真では見えないが、この後方には似たようなデザインの東京国際郵便局の建物がまだ建っている。しかしこちらも現在は使用されておらず、廃墟状態。将来的には一体的に建て替えが行われるのではないかと思うが、現時点では詳細不明。

Tokyo Lost Architecture
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Field 調査 アレウツスカヤ通り1

1992-10-07 | ロシア  

1992.10.7(Wed) Vladivostok ウラジオストク第3日

 8:30 起床。のどが痛い。風邪をひいたか?。朝はやはり寒い。集中暖房なので、自分でコントロールすることはできない。暖房は入れないのかと尋ねたところ、10月はまだ暖房を使う季節ではないとのこと。そのへんの感覚は日本人とは全く異なる。お湯に関しても集中的な供給体制になっている。お湯が出ないのはウラジオ市の熱供給施設が本格的な冬を前にしてメンテナンスを行っているためだという。1ヶ月間お湯が出ないというのも結構すごいことだ。あ〜あ。

 9:00 朝食。だいぶんロシア食にも慣れてきた。風邪で鼻が馬鹿になると、やたら酸っぱいサラダなど、やや苦手な食べ物でもあまり気にせずに食べられるようになってくる。

ウラジオストク駅構内  Google Map

 10:00 フィールド調査へ向かう。20分後、中央広場でバスを降りて、各調査班はそれぞれ通りへ向かった。私もO氏とアレウツスカヤ通りを南の方から調査するべく行動を開始する。最初に駅へ行く。中央広場から見える長い跨線橋を渡って線路を越え、駅の表側へ出る。

郵便局  Google Map

 O氏は駅前の郵便局で絵葉書を出す。全部で4枚、これで60RB.=24円。全く安い。郵便局の内部は、一昔前の日本の郵便局の様に殺風景で、役所然としている。事務員の応対も何だかつっけんどんで、お世辞にも心地よいとは言えない。しかしこれからはこういうのも少しずつ変わるのかなと期待を持っておくことにする。

アレウツスカヤ(Алеутская・Aleutskaya)通りにて
Google Map
木造2階、下見板張りの古い建物(1920年代以前)。
通りには日本車も多い。

 駅近くの中心部にも木造下見板張りの2階建ての古い建物がある。レンガの煙突があるので、どうやら暖炉で暖房をするようだ。

 秋の日差しは日中だというのに何だかとても頼りない。駅から歴史博物館や美術館のあたりまでの間は、午前中は日陰ができ、また駅周辺なので、どうも溜った雰囲気がある。朝鮮系の人が声をかけて来る。どうやら取り引きらしいのだが、良くわからない。話が通じないとみると、「ニッポニア?」と訊いて来る。そうだとわかるとチェッと一言二言吐き捨てて立ち去っていく。なんだか極めて不愉快な場面だ。ロシア人も物陰に隠れてこそこそ何かやっている。様子がおかしい。ちょっと危ない空気を感じて僕らもそこを離れる。因みに後年、この近辺ではベトナム人が増加したとのことだ。外国人では、朝鮮系、中国系、ベトナム系と、やはり旧東側系の人々が多い。

 道を渡ろうとするが車が多くてなかなか渡れない。道路中央にある市電の軌道のあたりに立ち止まってしまうと、その内に電車がやって来てしまい、慌てて反対側まで無理矢理渡ってたどり着くことになる。O氏は歩幅×歩数で道幅を測ろうとしてやはり道路中央で立ち往生したが、歩みを変えることなく最後まで渡り切ることに成功した。しかしこのような行為をそうそう何ヶ所でもやれる訳ではないので、この測量はここ一ヶ所にとどめることにした。道のずっと先を見ても大して道幅が変わっていなさそうなので別に構わないだろう。

沿海地方美術館(1899〜1903に完成)
後方は沿海州共産党本部ビル

 沿海地方美術館の脇の路地の坂で、トラックが荷台からじゃがいもを落としてしまい、大量のじゃがいもが坂をごろごろ転がっていき、運転手が慌ててそれを追いかけていた。坂道に止まったトラックの荷台のストッパーが外れてしまったのだろうが、日本ではトラックの荷台に直接芋を積むこと自体がまずないので、こんな絵に描いたような珍事は起こらない。しかし今考えてみるとこのような場面こそがいわゆる「決定的瞬間」なのかもしれない。その時すかさず写真を撮っておけば、かなり印象深いものになっただろう。でもその時はただひたすらに「あーっ、落ちちゃった!」であって、またその次の瞬間には、拾ってあげたいのはやまやまだけど、言葉通じないからなぁ、であって、写真を撮るなんてことは全く考えなかったのだった。

1992年10月 ロシア日記・記事一覧

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Tokyo Lost Architecture
静岡の建築・土木構築物
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