都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

2009年11月 記事一覧

2009-11-30 | 記事一覧 
11/01 Waseda Online(Waseda Onlline記事のお知らせ)
11/02 中央線(街並みと鉄道)
11/22 山城園(復元が待たれる3階建て商店)
11/28 小泉邸(失われた出桁建築)

コメント

小泉邸

2009-11-28 | 港区   
小泉邸
所在地:港区白金2-7-38
建設年:?
構造・階数:木2
数年前に解体され、建て替え。
Photo 1995.2.23

 野村邸の近くにあった2階建て出桁町家。1階の半分は車庫や倉庫になってしまっていたし、一部はトタン張りになっていたが、奥行きがあって大きく立派な家屋だった。前面の板塀や門も昔懐かしいつくり。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 港区
コメント

山城園

2009-11-22 | 港区   
山城園・土井邸
所在地:港区白金台4-8-4
建設年:1928(昭和3)
構造・階数:木3
Photo 1994.11.30

 目黒通り沿いに建っていた昭和初期の乾物屋。通りの拡幅に伴い建て替えられ解体された。現在、この建物の部材類は小金井にある「江戸東京たてもの園」で保管されている。近々再建され、デ・ラランデ邸などと共に公開予定(2010年以降)とのことだ。注)

 3階建てで背が高い建物なのが印象的だった。正面から見ると間口がさほど無く、ひょろっと背が高くプロポーションがやや妙な感じ。わきから見ると3階建てになっているのは前面の店舗部分のみで、これもちょっと不思議な姿形だ。全体としては下見板張りの出桁造り町屋、2階と「鰹節」の文字が付けられた3階の窓台下あたりは銅板張り。下層部は合成繊維シート貼りの看板庇が付けられたり、自販機で隠されている部分があったが、復元に際してそのあたりがどうなるか興味深い。

 目黒通りは、1995(H7)年度〜2001(H13)年度に、17mから27mへ拡幅され、同時に電線の地中化も行われたという。東京メトロ南北線の建設工事も1991年(H3)〜2000年(H12)に行われていて、この頃この界隈の様子は大きく変わったようだ。上の写真でも左奥の建物は既に建て替えられて後退している。このように廃業とか老朽化とは別に、道路拡幅によって建物が解体されるケースも意外にある。拡幅が事業化されるのを待って建て替えることも多く、道路予定地では逆に道路建設の直前まで古い建物が残っていることもある。

 なお、山城園というお店はビルになって現在も同所で営業しているようだ。

参考HP
Wikipedia > 江戸東京たてもの園
東京都建設局 > 東京都第一建設事務所 道路整備事業

 また、この建物は下記の本にも掲載されている。

「東京人」2008年5月号、都市出版株式会社、p.66
「下町や東京昭和遠ざかる」村岡秀男著、彩流社、2007、p.68

 注)江戸東京たてもの園で、2010年から復元工事が行われ、2011年に大和屋本店(乾物屋)として完成し、2011年9月から公開されている。私が写真を撮った頃は山城園というお店になっていたが、当初は大和屋本店という名だったようだ。

江戸東京たてもの園復元建造物 ただいま建築中東ゾーン
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 港区  #古い建物 都下 
コメント (3)

中央線

2009-11-02 | Photolog

 最近は電車も次々にいろいろな新型車輌が登場して、古いものはいつのまにか引退して消えていってしまう。

JR四ツ谷駅にて E233系  Photo 2009.4.5

 中央線も昔は全体がオレンジ色の車輌が走っていたが、最近はアルミ製でオレンジのラインが入ったスマートな車体がほとんどになっている。新型は確かに乗り心地も良くて、加速もいい感じ。車内もクールな印象だし、走りもクールなんだが、一方で昔の、相対的に見ると少し野暮ったい印象の車体も捨てがたい魅力があった気がする。

万世橋付近にて  Photo 1992.1.15

 昔の写真をひっくり返して眺めるうち、電車というのも、都市風景の重要な要素になっているのだよなぁと改めて思う。当たり前か・・・。

 乗物系写真も好きではあるので、機会があれば撮っておこうと思う。でもそのために地方に行ったりすることはない。あくまで、東京で生活している時に乗ったりして、記憶に留めたいものを撮る。

JR四ツ谷駅にて 201系  Photo 2009.4.5

 さて、そんなわけで、JR四ツ谷駅で中央線快速を撮る。すると、以前から走っているオレンジ車体の編成がやってきた。私の他にも一眼で熱心に撮影している人がいたが、私はコンパクトでちょいとスナップ。

JR中野駅にて 手前:東西線05N系、奥:東西線05系  Photo 2009.4.5

 帰宅しようとして中野へ。中野には総武線の黄色い電車や、東西線の青い線の電車もいるので、それらも撮ったりしていた。すると、突然、男性に声を掛けられた。

「あの~、中央線の○○系はもう2編成しか走ってないんですよね。」
「えっ?!、あ、ごめんなさい、私、電車はあまり詳しくないんで・・・。」
「そうでしたか。でも電車の写真をお撮りだったんで。」
「ああ、そうですね。なんとなく・・・。あ、あのオレンジのやつですか? さっき四ツ谷で見ました。そうですか、もう2編成しかないんですか。じゃぁ偶然撮れたんだなぁ・・・。」

 私が鉄でなかったので、話はそれでおしまい。○○系もあまりよく知らないので、それ以上、お話は広げられまへんでした。ご期待に添えなくて、すみませんです。

 帰宅後、困った時のWikipediaで調べてみた。結構いろんなものが走ってる。そうか~、好きな人はちゃんと調べて写真をコレクションしたりするんだろうなぁ。でも私はそこまでの鉄道車輌ファンじゃないな~。どちらかというと、都市風景の構成要素として電車を撮りたいかんじ。

 あと、待つのが苦手なんで、お目当ての電車を待って激写!、というのはやれない。歩いてる時にたまたま来たら撮っておく、というレベル。電車も撮りたいけど、そこまでのこだわりはないので、いい加減スタイルで今後も撮っていこうっと。

 Wikipediaを見ていたら、上京当時は、今、残り少なくなっているオレンジの車輌の更に一世代前のものが走っていたことを思い出した。運転台まわりが黒いブラックマスクではなく、その部分もオレンジ色だった。ブラックマスクの車体が登場した時、引き締まった顔立ちが格好良くて、これが新しいタイプの電車かと思った記憶がある。だがその「当時の新型」がもう引退して消えていくわけで、月日の経つのは非常に早いものだなぁと思わずにいられない。

Wikipedia > 中央線快速国鉄201系電車JR東日本E233系電車
      東京地下鉄東西線営団05系電車
#鉄道  #街並み 千代田区
コメント (4)

Waseda Online

2009-11-01 | Weblog 

 早稲田大学の広報課からの依頼で、Waseda Onlineに記事を執筆。教育×Waseda Onlineというページで、読売新聞のサイト内に早稲田の広告として掲載されている。与えられた時間が短かったので、なんとなくいつもと同じようなことを書いてしまった気もするが、よろしければ御覧下さいませ。

YOMIURI ONLINE > 文化・教育:オピニオン:教育×WASEDA ONLINE 「東京の階段を歩く」

 読売新聞側によって、後日英語版も掲載されるそうだ。東京好きの外国の人が興味を持ってくれたりするかしらん。

#階段・坂  #マスメディア 
コメント