都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



12/20 参松工業(失われた近代建築)
12/23 JAビル(農協ビル)(失われたモダニズム建築)
12/25 グランドプリンスホテル赤坂 新館(2011年閉館・解体予定)
12/26 銀座ガスホールビル・銀座ポケットパーク (失われた建築)



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銀座ガスホールビル・銀座ポケットパーク
所在地:中央区銀座7-1
建設年:昭和20年代後半(解体時、築50年以上が経過していた。)
銀座ガスホールビルは2007解体。
同ビル内の銀座ポケットパークは1985開館、1999閉館。
跡地にはGINZA gCUBEが2008年に完成。
Photo 1990.2.18

 大学生の頃、銀座の東京ガスのビルの中に、銀座ポケットパークというスペースがあり、よくそこで建築や都市計画、都市環境系の展示が行われていた。卒業設計の優秀作品展などもやっていたような記憶もある。

 写真右側が銀座中央通り。ガラスのドアを開けて中に入るとすぐ、カーブした階段があり、そこを上ると2Fに展示スペースがあった。1Fの記憶は正直言ってあまりない。写真では奥行きがあるように見えるが、実は壁面全面に鏡が張ってあり、空間が倍に見えている。実際は手前から一つ目の柱の半分までしかなく、中央の金属パイプ製のアーチは鏡のすぐそばに架けられている装飾。だからこの写真には、2Fの手摺に肘を載せてカメラをのぞき込んでいる私自身が写ってしまっている。

 遊び心のある空間という感じで、クール系ではなく、べたな感じしないでもなかったが、ちょっとかわいらしいアーチや柱のある鏡張りの吹き抜け空間はなんとなく好きだった。銀座の表通りの一角で、無料でのんびり建築系の展示を見たりできるのがおもしろくて、銀座に行くとときどきのぞいていた。

 建物の外観や展示スペース、ガスホールといった中核部分の写真は結局撮らなかった。東京ガス銀座ポケットパークが存続していたのは、15年間程でしかなかったようだが、個人的には東京ガスの銀座の施設といえば、この吹き抜け空間が最も記憶に残っている。

GINZA gCUBE ギンザジーキューブ|gCUBEとは?

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 中央区  #商業系  #吹き抜け・アトリウム 
#屋内階段 



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グランドプリンスホテル赤坂 新館(旧赤坂プリンスホテル 新館)
所在地:千代田区紀尾井町1
建設年:1982(昭和57)
構造 :S、SRC
階数 :39F、塔屋1F、B2F
備考 :1983.3オープン、2011.3閉館・その後解体予定
    Photoshopで遠近感を若干補正。
Photo 2010.12.24

 赤坂を通りかかったのでついでに「赤プリ」の夜景を見に行く。

 窓明かりでつくるクリスマスツリーも今年で見納めなんだそうだ。たくさんの人が記念写真を撮っていた。通りかかったサラリーマンたちが「赤プリってやっぱり「ザ・ホテル」って感じですよね~。もったいないなぁ。」と言っていた。最近、都心には超高級ホテルが次々にできているが、建物として存在感のあるホテルはなかなかない。

赤坂見附歩道橋から

 ランドマークとして大きな存在感を放っていた建物だけに、閉館・解体の報はにわかには信じがたい感じだった。築30年に満たない建物が無くなっていくのはなんとも寂しいことだ。

玄関付近

 クリスマスイブで混雑していたので、内部には入らず。3月までにもういちど行ってみようと思う。

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #夕景・夜景  #高層ビル 
#ホテル 


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JAビル(農協ビル)
所在地:千代田区大手町1-8
竣工 :1965(昭和40)
構造 :SRC
階数 :9F+塔屋、B4F
設計 :佐藤武夫
2009年解体。2009年に新しいJAビルが大手町1-3に竣工。
Photo 2008.12.21

 大手町地区では玉突き状に建て替えが進められている。少し離れた場所に新しい超高層ビルが竣工し、そこにJAが引っ越した後、このビルは取り壊されたようだ。でもって、跡地にまた新しいビルができて、そこにどこかから新しい入居者がやってくるという段取りなのだそうだ。パズルのように解体と新築を繰り返して、街全体が新しく変貌していく。オフィスビルがほとんどの大手町という街の宿命とも言えるのかもしれないが、ここでは急速に昭和・戦後期の建物でさえもなくなりつつある。

 道路際は2Fまで壁面が後退していて、歩道が広くとられている。3F~9Fはほとんど全て同じ窓が反復していて、近代的なオフィスビルという感じ。コーナー部分は面がとられていて、そこにJAのシンボルマークやビル名称が付けられているが、これらのマークや文字は1980年代後半に愛称がJAとなった後に付けられたもの。佐藤総合計画のHPでは、農協ビルという名前と「協」の字をあしらったマークが付いていた昔の様子を見ることができる。

Photo 2001.9.16

 外観は、3Fから上のほぼ全面が曇りガラスのような半透明なガラスで覆われていて、独特な造りになっている。写真中、白い帯状の部分が床で、その上下、足下から天井までがガラス張り。簀の子か網のようなものがあるように見えるガラス部分は、設計事務所のHPによると、遮熱ガラスブロックというものだったそうだ。当然窓は開かないが、ガラスブロックは二重ガラスのようなものでもあるので、たしかに外部の騒音の防止、熱損失の低減にはつながる。二重サッシなどが一般化する前の工夫だったのかもしれない。一方、縦長のスリット状の窓部分は、開けたりできたのかもしれない。中で働く人はここから外の様子をうかがうこともできただろう。

 外の景色があまり見えない室内は、たしかに仕事に集中できたかもしれないが、変化に乏しくやや退屈だったのではないかとちょっと思ってしまう。個人的には気分転換で外を見たい方なので、こういう感じの事務スペースで働くのはちょっとどうかなぁと。

 玄関ホールや上層階のJAホールのインテリア写真などを見ると、端正なデザインのモダニズム建築だったのだなぁと改めて思う。現在のオフィスに比べるとややクラシックな感じだったことは確かだが、それでも築45年。建て替えるのはまだ早い気がする建物だった。

佐藤総合計画 | 佐藤武夫ギャラリー | 作品集 | 農協ビル
YouTube - JAビル
コトバニノッテ / open! architecture
やっぱりモダニズムが好き! - 佐藤武夫
建築浴のおすすめ - 「open! architecture」イベント初日
Wikipedia - 佐藤武夫

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #オフィス 



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参松工業
所在地:千代田区岩本町3-11
竣工 :1933(昭和8)
構造・階数:RC・4F(当初は2F?)
2007年解体
Photo 2005.3.27

 神田川を背にして建っていた事務所。1Fは石張り、2F以上はタイル張り。2Fの壁面上部中央に、盆栽の松のような形の中に「参」と書かれた社章が掲げられていた。3F以上は様式的ではなく無装飾で窓の形も異なるので、後年、増築されたのではないかと思う。2Fのタイル張りもやや違和感があるが、これも増築時に張られたのかもしれない。

 クラシックな玄関扉のガラスに、社名が金文字で書かれているのが印象的。

 下記のサイト内の記事などによると、参松工業は水飴製造業として1916年(大正5)に創業し、異性化糖(Wikipedia)や、水あめ等の製造をしていたそうだが、残念ながら2004年に倒産したのだという。どうもこの写真を撮った頃には、ここのオフィスは既に使われていなかったらしく、玄関にはカーテンが下ろされていた。単に日曜日だったせいかもしれないけど。

WinterGarten・二十面相の館&東京建物写真館
  > 建物写真館02−参松工業
ニッポン懐景録 > 千代田区神田和泉町・神田佐久間町・岩本町・東神田
「帝都」の残映−東京・近代建築撮り歩き > 参松工業ビル
tokyo23archive(東京23区の近代建築)chiyoda
ぼくの近代建築コレクション参松工業/岩本町3丁目

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 千代田区  #オフィス 



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