都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

2019年10月 記事一覧

2019-10-31 | 記事一覧 
2019年10月 記事一覧

10/02 東京ファスナー
10/04 JR東日本 神田変電所
10/05 相渕の吊り橋
10/06 明治大学記念館
10/07 大村邸
10/08 旧主婦の友社・お茶の水スクエア
10/09 本覚寺
10/10 日本大学理工学部1号館
10/12 日本医師会館
10/14 名倉病院
10/16 誠文堂新光社
10/20 正則学園
10/22 日本債券信用銀行
10/24 竹平寮
10/26 聖イグナチオ教会
10/28 日本大学本部(図書館)
10/30 桜門ビル

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桜門ビル

2019-10-30 | 千代田区 
桜門ビル
所在地:千代田区三崎町 2-2
建設年:昭和初期
構造・階数:RC・4F
解体年:2002(平成14)
Photo 2002.4.13

 日本大学の同窓会館だった建物。道の向かい側の日本大学本部(図書館)と共にタイル張りの近代建築の街並みを創っていた。東側に玄関と階段室があり、高くはないが塔屋状になっていた。

 片側に塔屋を寄せた姿も格好がよかったが、もしかすると東側へシンメトリーに増築されることも想定していたのではないかと思わせるところもある姿をしていた。

 訪問時は人影もなくひっそりしていた。既に解体されることは決まっていたのだろう。同年中に解体され、翌年末には新しい建物ができたそうだ。

 コーナーは丸く、窓台と庇の水平のラインが強調されている。日大本部と同時期の建物だが、こちらの方がやや新しい時代の雰囲気を感じさせるデザインだった。

 2〜4Fはスクラッチタイル張り。

 西側の通用出入口はアーチ型で、ここだけはやや大振りなデザインになっている。

廃景録桜門ビル
桜門ビル/三崎町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #大学 

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日本大学本部(図書館)

2019-10-28 | 千代田区 
日本大学本部(図書館)
所在地:千代田区西神田 2-6
建設年:1927(昭和2)
構造・階数:RC・4F
Photo 2002.4.13

 コの字型をした建物で、奥まったところに中央玄関があった。階段室がそのまま塔屋となり、下からは見えにくいのだが、屋上にはドームが載っていた。

 背後に超高層マンションができて驚いているうちに、建物自体が解体されて建て替えられてしまった。残念。

 西北側から見ると2棟に見えるが、これはコの字型をしているため。平面的に比較的大きな建物だったが、分節されたデザインだったため、通りから見るとさほど大きさを感じさせない建物だった。


 左手前:日大本部、右奥:桜門ビル

 向かい側の桜門ビルと対になって建っていて、この一角には学生街らしい雰囲気が漂っていた。


 東側、玄関上部のディテール

 外壁はスクラッチタイル張り、細かい装飾はテラコッタ。石張りやモルタル塗りの部分もある装飾的な外観をしていた。

ぼくの近代建築コレクション日本大学本部

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #大学 
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聖イグナチオ教会

2019-10-26 | 千代田区 
カトリック麹町 聖イグナチオ教会
所在地:千代田区麹町6-5
建設年:1949(昭和24)
備考 :1998(平成10)解体・建て替え。
Photo 1988.12.19

 JR四ツ谷駅前、上智大学の隣にある教会。ゴシックアーチの入口を持ち、鐘塔のある建物だった。

 最初の建物が第二次大戦時の空襲で焼失したため、戦後間もない時期に再建された堂。そのため装飾は少なく、壁面の様子もシンプル。

 老朽化が進んだため築50年を前に解体。坂倉建築研究所の設計により新しい聖堂が建てられた。旧建物のステンドグラスは新建物に活用されている。

カトリック麹町 聖イグナチオ教会
Wikipedia > 聖イグナチオ教会
聖イグナチオ教会/麴町6丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #教会 
2008.12.10
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竹平寮

2019-10-24 | 千代田区 
竹平寮
所在地:千代田区九段南 1-2
建設年:1935(昭和10)
構造・階数:RC・3F
解体年:2000(平成12)
Photo 1995.7.22

 九段下、千代田区役所の近くにあったほとんど廃墟のようだった官舎。旧 憲兵下士官アパートといわれる。撮影時の頃まではまだ一部の部屋に住人が居たらしく、夕方になると所々の部屋に灯りがともされていた。解体が予定されていたため、外観の修繕はされておらず、かなり荒れた様子で、蔦が覆い、幽霊屋敷のようだった。


 西側から。後方は東京法務局の建物。

 竹平寮の跡地には千代田区役所の新庁舎が2007(平成19)に竣工している。


 内堀通りから塀越しに2、3階の窓のようす。

 居住者が既にほとんどいなかったのか、夏場なのに窓が全く開いていなかった。そのためこの窓がどのように開くのかはよく分からずじまい。


 同じく内堀通りから塀越しに階段室周辺。

東京新旧写真比較(1981/2008) No.27 竹平寮付近

廃景録竹平アパート
竹平寮/九段南1丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #住宅系 
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日本債券信用銀行

2019-10-22 | 千代田区 
日本債券信用銀行
所在地:千代田区九段北 1-13
Photo 1988.10.30

 九段下の交差点に面して建っていた戦後のオフィスビル。ロビー階はガラス張りの高い吹き抜けになっていて、上層階は水平庇が巡る横連窓。戦後の日本で多く造られたモダニズムオフィスビルの典型のような建物。日本債券信用銀行が1998年に破綻し、金融再生法により一時国有化されて整理されたあおりなのか、あっさり取り壊されてしまった。また、日債銀自体はあおぞら銀行となった。


 Photo 2019.7.16

 跡地には最近流行のツルッとした表面の高層ビル(北の丸スクエア)が2006年に完成した。

Wikipedia > 日本債券信用銀行北の丸スクエア

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#失われた建物 千代田区  #新しい建物 千代田区  #オフィス  #高層ビル 
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正則学園

2019-10-20 | 千代田区 
正則学園
所在地:千代田区神田錦町 3-1
構造・階数:RC・4F(屋上に増築)
建設年:1933(昭和8)
備考 :2003〜改築、2005.4・新校舎完成
Photo 1998.10.31

 正直言って、それほど美しい近代建築というわけではない。失礼な言い方であることを承知の上で言うなら、増改築を経て、薄汚い建物になっていたというのがおおかたの感想ではないだろうか。一応、日本近代建築総覧にも載っているので、戦前のモダニズム建築なのかもしれない。もしくは、どこかのディテールに美しいステンドグラスなどがあったのかもしれない(このモダニズムな外観から考えると、その可能性は低いが・・。)。モダニズム建築はあまりにも見慣れてしまったが故に、残念ながらあまり大切にされていないような気がする。
 2005年に通りかかったら、新しいきれいな校舎に建て替わっていました。(正確には改築らしい。)

 ちなみに奥に見えるのは錦城学園高等学校で、これも1935(昭和10)竣工だそうだ。

Wikipedia > 正則学園高等学校
ぼくの近代建築コレクション正則学園、錦城学園

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#失われた建物 千代田区  #古い建物 千代田区  #学校 
2007.2.25
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誠文堂新光社

2019-10-16 | 千代田区 
誠文堂新光社
所在地:千代田区神田錦町 1-5
建設年:1932(昭和7)
構造・階数:RC・4+塔屋
解体 :2005.4
Photo 1998.10.31

 神田の古書街からちょっと南の方のオフィス街の中にこの社屋はあった。誠文堂新光社といえば、「子供の科学」とか「天文ガイド」を、小学生の頃に買って貰って読んでいたものだが、その会社の建物がこんな近代建築だったとは想像もつかなかったので、街を歩いていて見つけた時はかなりびっくりした。子供の頃に親しんでいた雑誌が、こんなとこで編集されておったんかいな、という感慨に浸るのだった。長い歴史を持つ雑誌だから、建物のほうも長い歴史のあるものだったんだなぁと納得。

 しかし、2005年の春に訪れたら、ちょうど解体し終わったところだった。階段室だけでも入っておけば良かったと後悔。
 ちなみに現在、会社は文京区の本郷にあるそうです。

廃景録誠文堂新光社
ぼくの近代建築コレクション誠文堂新光社

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #オフィス 
2012.2.25
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名倉病院

2019-10-14 | 千代田区 
名倉病院
所在地:千代田区神田駿河台 4-2
建設年:1931(昭和6)
構造・階数:RC・3F
解体年:2003(平成15)頃
備考 :2006(平成18)に高層ビル(17F)が完成。
Photo 1995.6.3

 御茶の水界隈にはなぜか病院が多い。東京医科歯科大学、順天堂大学病院、日大病院、三楽病院、杏雲堂病院、同和病院、そしてこの名倉病院。スクラッチタイル張りの比較的モダンな形をした端正な建物だった。

 正確な解体年は把握していないが、新しいビルは2004年3月着工とのことなので、恐らくその前年に解体されたのではないかと思う。

 大学生の頃、三楽病院や杏雲堂病院が次々に建て替えられ、この界隈の雰囲気もかなり変わってきた。名倉病院は御茶の水に残る最後の近代建築病院だったが、都心で低層の病院を維持するのは、資産的にも設備的にも大変な時代なのかもしれない。

 新しいビルの玄関まわりには旧ビルで用いられていたスクラッチタイルが貼られている。またこの新しいビルでは1Fのみが診療所(名倉クリニック)で、上層階はオフィスや賃貸住宅になっているそうだ。

廃景録名倉病院
名倉病院/神田駿河台4丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #病院 
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日本医師会館

2019-10-12 | 千代田区 
日本医師会館
所在地:千代田区神田駿河台 2-5
建設年:1931(昭和6)
構造・階数:RC+SRC・5F
解体年:1989〜95(平成元〜7)頃
備考 :オフィスビルに建て替え
Photo 1988.11.1

 浪人時代に駿台予備校3号館に通っていたので、毎日のようにこの建物の前を通っていた。1Fの石積みの壁が重厚で、学生街の一角でバロック風の気品のある佇まいを見せていた。数年ぶりに訪れてみると味気ないオフィスビルにあっさり建て替わってしまっていて、しばし呆然としてしまった。

 現在建っているNMF駿河台ビル(旧 NOF駿河台プラザビル)は、S+RC造の8F+B1Fで、1997年4月竣工。正確な解体年は未把握だが、そこから考えると、1989〜95年頃に解体されたのではないかと思う。

ぼくの近代建築コレクション日本医師会館

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #オフィス 
2012.2.25
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