自分の体験でなくとも近しい人の記憶は身に覚えのあるものとして残って行く。
戦争に行ったことのある患者さんは数少なくなった。ラバウルから帰ったというHさんはまだ何とか歩いて通院して来られる。お仲間は?には、微かに頸を傾けられるだけだ。
四半世紀前、開業した頃にはまだ南方や中国大陸へ兵隊に行った人が数多く居た。そうした人達はみな寡黙で、行ったという以外ほとんど何も話されなかった。ただ数年前に亡くなったMさんだけが、南京の奥では戦火もなくのんびりしていましたよと話してくれた。先日、八十五歳で矍鑠としておられるNさんが、何かの拍子に私は少年兵だったんですよと言われた。えっと驚くと、「十六歳でね、殴られに行ったようなもんですよ」と頬が腫れた様子を手で示された。それ以上は何も言われなかった。