駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

頭と身体のバランス

2011年02月15日 | 診療

 老化は個人差は大きいが誰にも避けられない変化で、還暦を過ぎればどんなに若さを誇る人も何某かの衰えは自覚されるであろう。記憶力の低下と足の衰えが恐らく一番多い自覚症状で、外来でしょっちゅう聞かされている。

 人間の尊厳はその精神にあるというわけで、頭の働きの衰えを重視される方が多いだろうか。一方、身の回りのことは自分でしたいと身体の動きを重視される方も居られるかも知れない。いずれにしても頭と身体の衰えはいつも同程度というわけではなく、バランスを欠くことがしばしばであり、何とも言えず微苦笑せざるを得ないことがある。

 身体能力は保たれスタコラ歩けるのに脳力が衰え家の周りで迷子になって警察のお世話になるお爺さんやトイレ歩行が出来ずお襁褓をしながら頭脳明晰で新聞を拡大鏡できちんと読んで「菅さんは駄目ね、見損なったわ」。などと一刀両断のお婆さんが居る。

 Mさんは92歳、十年くらい前から少しずつ認知が始まり、物盗られ妄想や幻聴などがあったが、今ではそれも著しい記憶障害と共に消え去り、自分の名前も分からず、椅子に座ってくださいといった簡単な指示も理解できなくなった。運動能力は良好でわずかな亀背はあるが、杖なしでさっさと歩ける。六十代の息子さんが連れてこられるが、まるで子犬を連れているようで、ひどい扱いだなあと当初は戸惑った。しかし今ではMさんには大変申し訳ないがやむを得ないかと思うようになった。ちっともじっとしておらず、診察室の机の上のボールペンをいじくり回す、血圧をなだめすかして測り始めると痛い痛いと大騒ぎをしてマンシェットを外しにかかる。駄目駄目と力づくで測ろうとすると噛みつこうとする。百万年も先祖返りをしたかのようだ。

 避けられないとしたら老化はバランス良くと思ってしまう。唯、踏み込んで言えば、どうも得意分野は衰えが遅く苦手分野の衰えは速いようで、望むようには行かないかも知れない。

コメント
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