駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

感情失禁の悲哀

2011年02月05日 | 診療

 脳梗塞や脳出血で亡くならず生き延びると後には大なり小なり後遺症が残る。殆ど正常に回復される方から寝たきりになって仕舞われる方まで色々だが、多いのは片麻痺で杖歩行程度に回復される方だ。片麻痺と共に様々な言語障害や知的障害が残ることが多い。その中に感情失禁と呼ばれるものがある。これは何か言おうとすると面白くもないのに笑ってしまったり、悲しくもないのに泣いてしまったりする感情の抑制が外れた病態で、患者さんが意図的にそうしてしているわけではない。

 Kさんは四年前脳梗塞で倒れられ左の片麻痺が残った。何とか杖でトイレまで行ける状態でリハビリ病院から帰られた。言語障害が残り、ゆっくりした簡単な会話は可能だが、普通の速度では話せない。それに感情失禁があり、奥さんの問いかけに上手く答えられず噴き出してしまうことがしばしばあり、病気のせいだと知らない奥さんは当初、「何よ、親切にしているのに。この人は直ぐ笑って」。と不快そうにしておられた。これは病気のせいですよ、泣くよりいいじゃないですかと説明してあげてから、ご主人が笑っても気にされることはなくなった。

 月に一回往診していたのだが、どうも小さい脳梗塞が再発したらしく、半年ほど前から、自力歩行が大変になり、食事も咽やすくなり、少しずつ痩せてこられた。どうもこのままじゃ寝たきりになりそうだと心配している。

 そうこうするうち、二、三カ月前から何か言おうとすると直ぐ泣いてしまうようになられた。「Kさん、こんにちわ」。と挨拶すると返事が泣き声になってしまいよく聞き取れない。感情失禁が笑いから泣きに変わったのだ。それが患者さんの病態に合っているので、痩せて小さくなってきたKさんが一生懸命返事をしようとして泣いてしまうのを見ていると、こちらまで悲しくなってしまう。なんだか本当に悲しんでいるようだ。

 はいはいと返事に握手を返すと泣き顔で頷いてくれる。

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

救急車の問題

2011年02月05日 | 医療

 救急車の問題と言えば、多くの方はタクシー代わりに救急車を呼ぶような不届き者の問題かと思われるであろう。まあ、それは週刊誌的な、いくらか誇張した糾弾嗜好の問題提起で、事実そうした例も多いだろうが、救急車の利用の仕方は全体のバランスの中できちんとしたデータに基づいて詳細に検討されるべき問題だ。

 私が書こうとしているのは救急車側の問題だ。まあこれは救急車を利用させて頂く側が書くには微妙な問題なのだが、世の中のいろいろな問題に関連していると思われるので書いてみよう。

 町中の内科医院で救急車を呼ぶときは急性疾患ないし慢性疾患の急性増悪で重症な場合で、総合病院への転送が目的である。こうした場合一分二分を争うわけではなく、まあ十五分二十分の余裕があることが殆どである。しかし中には本当に一分二分を争う重症の心筋梗塞や大動脈瘤解離のような病態もある。

 先日、朝十時頃胸が苦しいと七十台の女性が飛び込んできた。初診の手続きをしている内に真っ青になって倒れてしまった。直ぐ全ての看護師が取り囲み、抱えてベットに運び、血圧測定(80/?)、酸素飽和度測定、心電図検査、静脈確保静脈の確保、酸素吸入など、大忙しで診療が中断してしまった。心電図変化から心筋梗塞に依る心源性ショックと判断、救急車を要請した。ところが電話の対応はこちらがてんてこ舞いなのに、名前と生年月日は良いとしても何歳か、血圧はいくつか意識は転送先の病院はと矢継ぎ早に決まりだとばかりに細かくねっちり聞いてくる。今処置中だからと言っても許してくれない。転送先の病院が決まっていないのは困りますねなどと言われてしまった。それは到着までに確保しておきますと答えたのだが、 思わず君の名前はと聞き返したくなった。要するに臨機応変に対応できないのだ。当院の救急車要請の記録を診て貰えば分かるのだが、必要な時しか要請していない。だから本当の緊急の時は名前と病名だけで一言分かりましたと車を送って欲しい。救急車の要請に手間取り、病院に転送許可の電話をして、救急車要請の書類を書いて、病院への紹介状を書いてと瀕死の患者を見る間もなく書類と質問が襲ってくる。これはおかしいと思う。

 午後息子さんが集中治療室に入りました、どうにか命は取り留めそうで?、ありがとうございましたとお礼に廻られた。「いえいえ。それはよかった」。と答えたものの、実は診療以外で大変でしたと心の中で思った。

 不届き者に対応するため、書類至上主義のため、細かい決まりが出来てしまって本当の緊急の時の壁になってしまう。きっと他の部門でもあることだと推測する。

 付言すれば、救急車は気軽に呼べなければならない。そうでないと助かる人が助からないことが出てくる。事後検証して問題があった場合は、経費を請求したり、イエローカードを発行することは当然あってよいと思う。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする