駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

申し訳ないが冬は

2009年11月25日 | 診療
 Sさんは87歳の認知症でほぼ寝たきり(ベットに腰掛けることはできる)のお婆さん。どうやら自立している夫君と二人暮らしである。近くに住む娘さんが、毎日顔を出してあれこれ世話を焼いておられる。
 Sさんは自分の名前も苗字は覚束無い。嫁入り前の旧姓を答えられる。不思議な沈黙に何だか変だと気付くらしいのだが、残念ながら正解が出てこない。年齢は四十代と答えられることが多く、娘さんに「私より若いじゃん」。と言われている。
 月に一度往診に行くのだが、診察が終わるといつも「私はもういいから」と言われる。「そんなことないよ」。と答えれば、泣き顔で「もういいよ」。と言いながら手を横に振られる。「はい、はい」と肩をなぜてやることくらいしかできないのだが、「もういいよ」という意味は痛いほどよく分かる。
 なんだか認知症のお婆さんが最高学府の智慧を上回っているような気がする。
 
 娘さん、高齢のご両親の世話でお忙しいのに、ちょっと申し訳ないのですがということがある。往診時間は7,8分で、どのお宅も手を洗う洗面器だけのことが多いのだが、時々お茶、ジュース、果物が出てくることがある。ありがたくいただくことにしているのだが、Sさんのところはいつもアイスコーヒーなのだ。夏は美味しく頂くのですが、十一月ともなると冷えるのです。私はともかく看護婦はちょっと困っているのではと思う。そんなことも云えないし、黙って頂いております、ぞくぞく。
 
コメント (2)
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