10年を過ぎて、少し穏やかな日々を送れるかと
思いきや、これまでとは全く異なる形で大きな問題が
持ち上がった。
それはある意味、この10年の総決算ともいうべき
ことで、自分自身にとっては、本当の意味での新たな
出発という決意を固めさせてくれた。
母親がくも膜下出血で倒れたのが45歳。
その後、不自由な体で10年間、為すべきことを
為して55歳で逝った。私が37歳の時である。
今、私自身がその歳に近づいている。
55歳までのこの3年間を、文字通り、為すべき
ことを為す3年として、奮闘していくつもりである。
今思うのは、節酒といい、禁酒といい、断酒といい、
お酒に縛られていることにあまり変わりはないと
いうことだ。
振り返ってみても、力技であれ、自然体であれ、お酒を
意識するということは、その呪縛から完全に解放された
わけではなかった。
そこから解放されたなら、「解酒」(げしゅ)とでも
呼ぶべきか。
やっと本来の自分、ゼロから再スタートができるといった
感慨である。
相変わらず悩みも迷いも多いが、心はなにかしら、
解き放たれた軽快さを感じるのである。
思いきや、これまでとは全く異なる形で大きな問題が
持ち上がった。
それはある意味、この10年の総決算ともいうべき
ことで、自分自身にとっては、本当の意味での新たな
出発という決意を固めさせてくれた。
母親がくも膜下出血で倒れたのが45歳。
その後、不自由な体で10年間、為すべきことを
為して55歳で逝った。私が37歳の時である。
今、私自身がその歳に近づいている。
55歳までのこの3年間を、文字通り、為すべき
ことを為す3年として、奮闘していくつもりである。
今思うのは、節酒といい、禁酒といい、断酒といい、
お酒に縛られていることにあまり変わりはないと
いうことだ。
振り返ってみても、力技であれ、自然体であれ、お酒を
意識するということは、その呪縛から完全に解放された
わけではなかった。
そこから解放されたなら、「解酒」(げしゅ)とでも
呼ぶべきか。
やっと本来の自分、ゼロから再スタートができるといった
感慨である。
相変わらず悩みも迷いも多いが、心はなにかしら、
解き放たれた軽快さを感じるのである。