ホップ ステップ エイジング

車の免許を取ったのもパソコンを始めたのも55歳過ぎ。
興味を持ち楽しみながらゆっくりゆっくり年を重ねていきたい。

親友

2023-02-07 18:01:23 | 友達

一緒に学べる、一緒に遊べる、同じ趣味を持つ等、何人かの親友たちは、私の人生にとっての宝物です。

日々の中で私はそんな人達の影響を受けて成長できたと言っても過言ではありません。

でもこの年になると、どんどん多くの大切な友を失っていきます。

中学時代、休み時間になるとトイレまで一緒というHさんは亡くなってもう8年になります。 

他にも学生時代の掛け替えのない親友だったKさん・それに、Kちゃんも癌になってしまって・・・。

親友と言える友を今まで何人か失い、私の周りは寂しくなっていく一方です。

それだけに、家族や身内は無論、残された大切な友は、私には益々掛け替えのない人生の宝物ですから、一緒に楽しく時間を過ごしたい!

自分の身にも、いつ何が起きるか分からない年頃です。

人生に残された貴重な時間を一緒に楽しく過ごすには、まず自分が元気で居なければならないでしょう。

そして一期一会の覚悟を持ってお付き合いをしたいと思います。

ここ何十年、中学時代からの親友4人で不定期ながらランチをしています。

その仲間のご主人が癌の末期で入院中だと聞きました。

何もできませんが、できるだけ寄り添って話を聞くだけでも良いかと思っています。

こんな殊勝な気持ちが長続きすればいいんだけれど…。

 

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芝生

2020-06-24 22:11:09 | 友達

谷川俊太郎さんの詩は読みやすく、日常生活のどんなシーンにも馴染みます。

これまでに、子ども向けの詩集から大人のための愛の詩集まで、数多くの作品を発表してきました。

難しい言葉を使っているわけではないので、ちょっと疲れたときにいいです。

谷川俊太郎さんのちょっと不思議な詩が目にとまりました。

芝生   谷川俊太郎

そして私はいつか どこかから来て 不意にこの芝生の上に立っていた

なすべきことはすべて 私の細胞が記憶していた

だから私は人間の形をし 幸せについて語りさえしたのだ

私は私を私だと思っており、そうであると信じているわけですが、「私」とはなんであり、どこから来て、どこへ行くのか?そしてなぜ存在しているのか?

細胞が何を覚えているのか、このあたりが解釈の鍵でしょうか。

一般的に精神や思考が主体とみなされているけれど。細胞さえ健在ならば、堂々と人間を名乗ってよいのだ。

そう言っているのでしょうか?

簡単な言葉ですが「君はどう思う?」と問いかけられているようです。

詩には読む人の数だけ答えがありますし、その答えは明確な形をしているとは限りませんね。

 

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不審な電話

2014-09-18 20:22:58 | 友達

県内でも息子を語る不審電話が相次いでいるそうです。

神奈川に住んでいる姉の家にはもう5,6回詐欺まがいの電話がかかってきていると言っていました。

「携帯を落とした」「電車で痴漢をして鉄道警察に捕まった」など・・・。

数日前は、「デング熱らしいので、治療費がかかりそう」というもの。真新しい発想です。

かかってきたのは朝4時だったそう、よくそんな時間からかけますね。

慌てることもなく、対応にも慣れてきたし、被害にはあっていませんが、呆れてしまうと言っていました。

「電話をナンバーデスプレイにして、その番号を警察に連絡すればいいんじゃない?」と言っておきましたが、どうでしょう。

詐欺に引っかかるのはこの数パーセント?

マスコミなどで毎日のように内容を公開して随分呼びかけているのに、どうして減らないのでしょうか?

子供や孫だけでなく、警察官や弁護士など、もっともらしい人物を登場させ、複数で役割を演じる犯行に変わっているのもありますからね。

焼津でも起きています。

未遂に終わったものの、焼津市民でなければ古銭を買えないのでその名義貸しを依頼されたというニュースが今朝の新聞に出ていました。

あの手この手で、詐欺師の手口は日々変化してきています。

引っかからないためにも周囲との日ごろのコミュニケーションが大切でしょう。

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当たり前でも感謝してよ

2006-05-26 10:20:51 | 友達
「時間のあるときに○○をして貰いたいけれど、いいかな。別に急がないからいつでもいいよ」何か用事がある時、家の姑は必ずこうした言い方をする。だからわたしは 何の抵抗もなく、「じゃあ○○にしようか?」とすんなり受け入れられる。
相手にYESかNOかの選択権を与えるからだろう。実の母は居なくても、今日まで、こうしてずっと陰になり日向になって助けてくれたので本当にありがたいし、幸せだと思っている。
昨日久しぶりに、一緒に仕事をしていたが、体調を壊して仕事を止めた友人と、電話で話した。切り終わったら1時間近くになっていた。(*゜□゜*)ぎょぉぉ!
友人にも、お姑さんがいる。足腰が弱っているのでほとんどを家で過ごし、友達付き合いが好きではないようだ。
ケアーマネージャーからデイサービスを紹介され、連れて行っても、一人で帰ってきてしまう位だから人の中には居たくないのだろう。
友人は今までそんな話をしなかったので全く知らなかった。気の休まる時間もなく苦労している様子が伝わってくる。
何をしてあげても不満だらけで、感謝の言葉はほとんど聞いたことがないと言う。
「かわいくないねえ」思わず言ってしまった。
感謝の気持ちがあれば、自然と言葉使いも変わってくると思う。きっと「嫁だから、してあたりまえ」「子供だから、親の面倒を見るのはあたりまえ」という態度が、基本となっているんじゃないかな?
「してもらったこと」じゃなくて、「してもらえなかったこと」に目を向けて
いたら「ありがとう」という気持ちにもならないもの。やっぱり心、相手への気持ちかな。
愚痴と文句と説教しか出てこないその姑さんに、じっと耐えて、かいがいしく尽くしている彼女にたいしたアドバイスもできず、ただ話を聞いているだけ。無力だが、やっぱり彼女自身が解決するしかない。どうか体を壊さないように願うだけだ。時間を見つけて連れ出してあげたい。
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老々介護

2006-02-09 13:46:47 | 友達
一人暮らしの人に対して最近は地域や行政の目が行き届くようになった。
子供と離れて気楽な二人暮しを望む人も増えているが、気をつけたいのは老人の二人暮し。

とかく老いてくると物質的にあまり欲しい物はなくなり、買い物にも行かず、
食事もあるもので済ませがち。
ただ温かい言葉、優しい言葉だけが何よりもうれしいものだが、
二人だけの生活は人間関係がかなり薄くなる。外出をしなくなり、会話もなくなる。これは認知症につながりやすいようだ。

昨日中学時代の同級生に久しぶりに病院で会った。彼女はヘルパーをしており、
「夫婦だけになると病気になった時大変だ」という話になった。
今日の仕事は、片麻痺の奥さんを介護していて手遅れになり、手術が必要な病気になってしまった方のお世話をしているという。
奥様はショートステイに預けたと言う。気の毒に、、、。
奥様も面倒見たくても自分の体が動かないから、気持ちとの狭間でジレンマは大きいだろう。何か身につまされる。・゜゜・(>_<)・゜゜・。

院内でも車椅子の奥さんを、足を引きずったご主人と思われる人が押している
風景を見た。我が家の舅姑も86歳と85歳。二人だけだったらとても生活
できないだろうなあ。遅かれ早かれ介護を必要とする日が必ず来るのだ。ふとそう思った。
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当たり前じゃあない

2005-12-14 16:33:30 | 友達
私の年代になると集まったときに親の介護の話が多くなってくる。
友人の姑が彼女のご主人に、『育ててあげたんだから親を見るのは当たり前でしょ!』と言ったことで口論になった話が出た。
そのおばあちゃんは早くご主人をなくして女手ひとつで息子を育てたので、
気持ちは判る。でもやっぱりそういう言葉は相手の感情を逆なでするから良くないよ。これって誰に対しても言えると思うよね。

なんで、こんなこともしてくれないの? あなたは、親でしょう? 子供でしょう? 夫でしょう? 友達でしょう? してくれて、あたりまえなんじゃないの?」って。「親孝行をしてあたりまえ」=「親孝行をしなければならない」なんだよね。だから、子供が自分の思惑通りに動かないと、腹も立つし、自分はこんな子供を持って不幸だって思う。また「あたりまえ」と思っているから、子供が何かをしてくれても、感謝をしない。してもらったことじゃなくて、足りない部分にばかり目を向ける。だから、満足しない。
友人もそんな姑に、はじめはむっとしたそうだ。でも良くしたもので人生の機微をわきまえている。「わかった、ごめんね」反発せず、受け入れているそうだ。ふだんはあんまり顔をあわせないようにして、衝突を避けていると。

そうだ。人の心は変えられない、自分で気持ちを変えていくしかないんだから、、、。
あなたのストレスの解消には付き合うからね。p(^ ^)q ファイト
「でもそうした老人にはならないように気をつけようよね」(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪ みんなの意見だ。

何でも「させていただく」と思えば腹は立たない。誰か人生の達人の言葉だ。
まだそこまで卓越した自分はないが、『してもらうのが当たり前』とだけは言わないように気をつけよう。感謝の気持ちも忘れないように、、、。
「はい」「ありがとう」「ごめんなさい」は人間関係を変える魔法の言葉だもの!


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家族構成

2005-10-08 21:18:46 | 友達
病院でいまどき珍しい大家族の友人に会った。少し認知症のある大おばあちゃんを筆頭に舅、姑、自分たち夫婦、そして4人の子供。
おばあちゃんをみんなで面倒見ている。
「おばあちゃんどう?毎日大変でしょ?」の質問に「精神的、体力的にはすごく大変だけれど、みんながひとつになっている。子供たちにそれを見せることで、思いやりやお手伝いが実体験できて、プラスになっていると思う」そういった。
若いのに偉い!
昔はそうしたことが当たり前の家族構成、人の繋がりの中で、
人生に大切なことを多くの家庭が学んでいた。
それは、「人と人は支え合って生きている」ということ。
今の時代にその4人の子供たちは、毎日の経験を「心の栄養」にしている。

最近の子は,死を目前にする経験が無いので死の重みがわかっていないという。
小家族ではなかなか味わえないからだ。
知っている子に、立派な家に住んで、外からは何不自由がないようにみえるが、
いつもいらいらしている子があるのを思い出した。ちょっとした事で友達とけんかし「むかつく、ぶんなぐってやりたくなる。殺してやる」という。
深みのある発言ではないと思うが、
「そんな事聞くと悲しくなるな。殺したら泣く人がいっぱいいるよ」と言ったら
黙っていた。
親の都合で2回離婚し、1年ほど前に母親が再婚した子だ。
立派な家を建てて、子供に理想の子供部屋をプレゼントしたつもりでいても、
そうした場所が子供にとって必ずしも居心地のいい場所とは限らない。子供たちが望んでいるのは、よき生活ではなく、よき人生なのではないだろうか。子供と一緒に食卓を囲み、馬鹿話をするだけでもいい。そのお母さんにはもっともっと向き合って温かい家庭を作ってほしいと願うのみである。

同じ年代の二つの家庭だ。
 
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健康レシピを学ぶぞ

2005-10-05 09:57:37 | 友達
先日友人に久しぶりに会ったら、ぽっちゃり型の彼女の顔が引き締まっていた。
『ダイエットしてる?』『それほど大それたことではないけれど、油を一切抜いて歩いているだけだよ』と。毎日歩くことは私にとって大それたことだが、油を抜いた食事でやせられれば、、、。少し気持ちが傾いた。
粗食をしているという人が植物性食品に徹していたが、これは間違っていると思う。油処理しないで蛋白源である肉や魚ををバランスよくとって行くのが一番!

早速実行の意思を固めたが、レパートリーの少ない私、やっぱり「ちょっとはいいだろう」と油を使っていた。
これじゃあ痩せないよね。もっといろんなレシピを研究しよう。
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友達が仕事をやめる

2005-09-14 17:51:35 | 友達

朝の電話で、一緒に仕事をしている友人が、「10月いっぱいで仕事をやめると言う」仕事中にめまいがし救急車で入院した。検査の結果、脳の異常ではなく、耳から来たものらしい。今は退院して、定期検診を続ける事で良いが、健康にすっかり自信をなくしていた。更年期症状に加え、病気の年寄りもいるので、そのお世話も重なり、発病したらしい。何を減らすかといえば仕事になる。残念そうだった。驚いたが事情を聞けば、無理も無いと納得した。私たち個人事業主は健康を損ねたらもう仕事は続けられない。
私も85歳の姑に助けられ25年この仕事を続けられたが、その姑の骨折で、ありがたさを痛いほど感じている。始めたころは子育ての話題だった私たちも年を重ね、今会えば,家族の介護の苦労に変わっている。様変わりしたものだ。仕事は休むことができない。これから、時間のやりくりや心の持ち様に覚悟と工夫をして行かなければならない。
とにかく自分が元気でいないといけないと思っている。
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