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1934年 静岡・草薙球場で

1934年・静岡草薙球場で

 

河北春秋(2023・3・8)

 1934年11月20日、静岡・草薙球場の空は何処までも高かった。

日米野球。17歳のエース沢村栄治(英雄運・大吉名👈永人)がベーブ・ルースらから9三振を奪い、大リーグ選抜をル―・ゲーリックの本塁打の1点に抑えた。

▼沢村の快投を引き出した選手が盛岡市出身で、主将の久慈次郎(病弱・遭難・災厄の短命運👈永人)だった。

「高めのストレートで相手打者の目を引き付けておいて、ドロップで打ち取る」。

中里憲保著『北の球聖 久慈次郎』に試合経過が詳しい。

 ▼盛岡中・早大から北海道函館市のチームへ。日米野球後、日本初のプロ球団に主将として入団を要請されたが、辞退する。函館は昭和34年3月に大火に遭った。函館を取るか、プロ化。「悩みに悩んだ末の涙の決断だった」。

39年、試合中の事故で40歳で逝く。

 ▼第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が今日開幕する。第2回以来の頂点へ、日本の初戦は9日。予想先発陣4人のうち大谷翔平選手佐々木朗希選手が久慈と同郷、岩手県出身だ。

 ▼沢村奮闘も0勝16敗だった日米野球から89年。二刀流の大谷選手は大リーグでスターになった。震災の津波で父親らを亡くした佐々木投手は3月11日に登板する可能性もある。道を切り開く後輩たち。黄泉の名捕手もミットを構え、鼓舞しているに違いない。

 

 

 

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