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巻き添え食ってたまるかよ

裁かるゝジャンヌ

2022-08-25 17:35:27 | 映画(映画館)
La passion de Jeanne d'Arc@早稲田松竹/監督・脚本・編集:カール・テオドア・ドライヤー/歴史考証:ピエール・シャンピオン/出演:ルネ・ファルコネッティ、アントナン・アルトー/1928年フランス

ジャンヌ・ダルクは英国との百年戦争で祖国フランスを解放に導くが、捕えられルーアンで異端審問を受ける。審問官は英国に忠実なフランスの聖職者であり、「英国人を追い払うよう神の使命を授かった」と主張するジャンヌを悪魔よばわりするなど強引な尋問を行う。心身ともに衰弱し一度は屈しそうになるジャンヌであったが、神への信仰を取り戻し自ら火刑に処される道を選ぶ。

ゴダール、トリュフォーら多くの巨匠に影響を与えたデンマークの映画作家カール・テオドア・ドライヤーが、「人間」としてのジャンヌ・ダルクを実際の裁判記録を基に描いた無声映画の金字塔的作品であり、ドライヤーの演出と共に舞台女優ファルコネッティの演技も映画史上最高のものの一つとされる。本上映は2015年にゴーモン社によってデジタル修復された素材によるもので、伴奏音楽はオルガン奏者カロル・モサコフスキによる作曲・演奏。


終身刑を言い渡され、頭髪を剃られたジャンヌが、裁判官を呼び戻して自白署名を撤回し、火あぶりの処刑場へ連れていかれ、処刑が行われる一連のシークエンスは圧巻である。映画は、この当時の方が縛られていなかった。まったく類をみない独特な。

しかし、ジャンヌが神と直結した聖女であると信じるかどうかは別の問題である。聖職者がことさら醜く描かれている。今の日本人みたいだ。自分を守るのに必死な。↑画像の右側の人たちは、お笑いの才能がないにもかかわらず、先輩やメディアの引きでお笑い・バラエティー番組の有名人になった。有吉弘行や博多大吉のように、売れてから経験を積んで才能を伸ばせる者もいるが、画像の人たちはそんな殊勝ではない。ひたすら有名になりたい自己愛者なので、「有名である自分」を正当化するよう、後付けで奇矯な振る舞いに走る。

こうした傾向は統一教会の好餌である。イベントやメディアに呼んで物心両面から取り込んでしまう。歴史的に自民党とのつながりが圧倒的に強いのはもちろんだが、たとえば立憲民主党でもアイドル好きの枝野、NHK出身の安住、イオン創業家の岡田などが世界日報に呼ばれてのこのこ出てしまっている。

あとで詳しくのべるように、日本の「母子関係」は、「支配⇔服従」関係か「包む⇔包まれる」関係になりやすい。日本の〈夫⇔妻〉が、〈親⇔子〉関係としてしか存在しえないために、夫にとって妻との関係は「母子関係」としてとらえられる。はじめは恋愛関係であった夫婦も、時間がたてば「母子関係」となり、安定的になる。「ママ」や「お母さん」という呼び名は、その関係を象徴しているのだ。 ─(佐藤直樹/なぜ日本人は世間と寝たがるのか/春秋社2013)

年に1度は「告解」を行い、自分の罪をありのまま神に伝え、許しを求める。これによってヨーロッパに自立した個人が生まれ、内心の自由、法の下の平等が導かれ強力な社会を築く一方、外に向かっては残虐な侵略・植民地支配・人身売買を行った。これらはセットであり、歴史的な経緯があるから、明治維新の日本がキリスト教文明の容器だけを性急に取り入れ、「家制度・世間」の監視に縛られ自由のない内面だけはそのままであったことから、戦争と貿易の時代にはキャッチアップできたものの、いまあらゆるところで弊害が噴出している。

安倍晋三も暗殺犯も毒母親の犠牲者であり、母親もまた犠牲者。人間以外の生きものは神だの死後の世界だの必要としない。ジャンヌダルクが聖女だなんて信じない。


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