津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■鳥目三拾疋

2017-06-11 21:00:06 | 熊本地震

 先にお預かりしたO家の文書の中に、思いがけないものがあった。
O家の跡継ぎの方が初お目見えの際、鳥目三拾疋を支払った受け取りである。
びっくりした事の一つは御目見えにお金を納めなければならない事、もう一つはそれを受け取った音信所の役人が私の先祖だったことである。
印(眞)が押されてあり、音信所に勤めたという我が家の言い伝えとも符合した。

           
      初而  
       御目見之節被差上候
     一鳥目三拾疋

      右受取申候以上
      巳五月二十八日 御音信所 印

        □□□□□殿

さて鳥目三拾疋とはいくらぐらいであろうか? 30疋=300文 1文は10円~12円といいますから、3,000~3,600円といったところでしょうか。

        

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■曝書中

2017-06-11 10:02:57 | 徒然

 この間片づけたばかりのデスク周辺や、床の上が元の木阿弥状態になってしまった。
読みかけの古文書や、論考などのコピー等、ヤフオクやアマゾンで手に入れた本などは本棚に入りけれず床に平積みである。
史談会の例会史料を作るために継ぎはぎした原稿が、切りくずと共に散乱している。
都合三冊熊本県立図書館からお借りている本がばらばら状態でかくれんぼしている。
見つからない某家の先祖附を探すために、十数袋を引っ張り出したのが小山を作っている。
送られてきた郵便物の空封筒や、ポストに投函前の資料なども山になっている。
これが仕分けされているわけではなく雑然と混在しているから、探しては重ね/\しているうちに、行方知れずになりまた大掃除をするという繰り返しである。
これは奥方に掃除を頼むわけにはいかず、週一ほどで片付けに取り組むのだが、午前中は曇り模様だが昼からはお日様も顔を出すようだから、曝書を兼ねてまずは広げてぼちぼちかたずけようという積りである。
時には床に座り込んでやるのだが、先日打った膝がいたくて、これとてままならない。
ついでに押し入れの中をひっくり返していたら、久しく顔を見なかった隆慶一郎の「花と火の帝」が出てきた。
コーヒーを沸かして一休みしながら30分ほど読書、お昼まで「朽木定彦さん」に関する手紙を読み終えてしまおう。
もう数日出しっぱなしだから・・・・




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