蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

志乃ちゃんは自分の名前が言えない

2019年05月11日 | 本の感想
志乃ちゃんは自分の名前が言えない(映画)

大島志乃は吃音?があり、母音から始まる言葉がなかなか発音できない。高校にはいって最初のクラスでの自己紹介でも自分の名前さえ言うことができずクラス内で孤立する。
同じくクラスで孤立している岡崎加代はバンドをやりたいのだが、歌うととても音痴なのでボーカルを探していた。ひょんなことから志乃は歌ならつかえずに歌えること知り、二人で練習を始め、路上で歌を披露できるまでになるが、ある日歌っているところをクラスメイトの菊地に見つかってしまい・・・という話。

うーん、一般論として安易で分かりやすいハッピーエンディングはしらけるけど、本作の場合はハッピーでもないバッドでもない何とも中途半端な終わり方で、「え、これで終り?」みたいな感じだった。カタルシスとまでいかなくても、もうちょっと見ている人に媚を売る?ようなエンタメ的要素がないとなあ。

それと、主役にはもうちょっと歌がうまい人がよかったんじゃなかろうか。(文句ばかりですみません。逆に岡崎加代役が、音痴なフリ?で歌ったクライマックスシーンの歌はけっこう感動的だった)
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ウマし

2019年05月11日 | 本の感想
ウマし(伊藤比呂美 中央公論新社)

今はカリフォルニアに住む著者の食べ物に関するエッセイ。

食べ物のエッセイなのにその周辺のことばかり書かれていて、食べ物そのものの描写があまりない本があったりするが、本書は詩人らしい新鮮な表現方法でイキイキと食べ物を描く。
「黒トリュフの卵かき」に関する描写を引用すると・・・
「その卵は、あたしたちの口の中で、さっきまでおまえの体の中にいたのだと主張していた(ほんとはどこかのトリの体の中にいた)。トリュフは、森に生成するものはすべて、新芽も、朽葉も、蜘蛛の巣も、微生物も、木洩れ日も、自分のものだと主張していた。ソースは新鮮な赤い血が、時間が経って古血になりましたというような色だった。ああ、おお、いちいちが、かぎりなく獰猛だった。
しかし、新鮮なまっ赤なワインを口に含むや、その獰猛さがしゅっと鎮められ、あたしたちの老いた体に同化していったのである」

もう一つ、うな丼を引用・・・
「うなぎの身は柔らかい上にも柔らかかった。雲を食べてるようであった。タレはきりりっと引き締まっていた。潔くてすがすがしかった。雲の中には滋養がみっしりとつまり、それでいて引き締まった感じは、まるで日照りがつづいた後の雨雲のようであった。雷鳴のようにタレが響いた」

「黒トリュフの卵かき」「うな丼」といった、しゃれた(高価な)料理ばかりでなく、ポテチやチートスといったジャンクフードや、ドーナツ、そば、インスタントラーメンなどといった庶民?の味も登場するのだが、どれもとてもうまそうに思えた。

そういう、主題である食べ物を語る部分に加えて、本書を読むと力がわいてくるような気がするのは、いろいろな国を渡り歩き、離婚し、再婚し、子育てをし、親の介護をしながら詩人やエッセイストとしての仕事をこなしてきた著者の人生からエネルギーを与えられるせいだろうか。
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最後の秘境 東京藝大 

2019年05月11日 | 本の感想
最後の秘境 東京藝大  (二宮敦人 新潮社)

著者の奥さんは彫刻を学ぶ芸大の学生で、その縁で知り合った人を中心に芸大生の世間ばなれした生活ぶりを描いたルポ。
ベストセラー並の売れ行きだった本なので、もっと奇想天外で破天荒な人生が登場するのかと思ったのだが、割合と普通というか想像できそうな感じの話が多かった。
というか、ホンモノの天才って芸大には入れないような気がするなあ・・・
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