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「博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話」(著:サイモン・ウィンチェスター/訳:鈴木 主税)

2013-02-20 14:49:34 | 【書物】1点集中型
 世界最大最高の英語辞典「The Oxford English Dictionary」編纂の中心人物、ジェームズ・マレー博士と元米軍軍医ウィリアム・マイナーにスポットをあてた物語。
 実は、OEDがどういうものか今まで全く知らなかった。英語辞典が生まれた当初、辞典とは一般的な語を収録したものではなく、日常的に使われない難解語の収録が主になっていたことももちろん知らなかった。今や誰もが当たり前に使うことのできる辞典がどうやって現在のように存在するに至ったのか、それを知る意味でも興味深い作品だと思う。

 退役軍人であるマイナーは精神に異常を来しており、そのため異国の地で殺人まで犯してしまった。そして刑事犯精神病院に収容されることになり、それが彼に篤志文献閲読者としてマレー博士の辞典編纂事業に協力する機会を作ることになった。
 著者が「あとがき」に述べたように、マイナーがOED編纂に長く貢献する機会を得たのも、彼がジョージ・メリットを殺めた事件があったからこそである。だから彼の死は決して意味のない死ではなかった、などと取ってつけたようなことを言うつもりはない。ただ、OEDの編纂が成し遂げられたことに関して、表裏一体となったメリットの死は、忘れられてよいものではないということだ。そこにあった事実として。

 マイナーがOED編纂に関わるきっかけをもたらした可能性を持つ、メリット夫人との交流。マレー博士とマイナーの17年にわたる「文通」から編み上げられた多大な収録語。マレー博士の事業がどれだけマイナーの精神を支えていたか。不幸にしてマイナーが抱えた病の治療法の研究が進んでいなかったからこそ、彼が文献閲読という知的な刺激をもたらす作業に打ち込むことができ、その結果OED編纂に大きく貢献し、後世の人々に恩恵をもたらすことになったという、「本当に残酷な皮肉」
 聖職者トレンチが編纂事業の始まりに掲げたように「辞書は史的記念物」であり、「一つの観点から見た国家の歴史」であるとしたら、我々の知るさまざまな辞書の陰にはおそらく、メリットのような無名の人々や、皮肉なできごとがまだ、多く潜んでいるのであろう。もちろん辞書だけでない、歴史上のできごとそのものにも。だからノンフィクションや歴史ものに興味が湧くんだろうなと、あらためて思う。


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