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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「ある奴隷少女に起こった出来事」(著:ハリエット・アン・ジェイコブス/訳:堀越 ゆき)

2019-03-30 22:30:37 | 【書物】1点集中型
 2018年の「新潮文庫の100冊」から。アメリカ奴隷制度を題材にしたものといえば、映画「それでも夜は明ける」を観たことがあるが、それと同様に実体験に基づく物語。奴隷として生まれた少女リンダが、自分の身分を知り、奴隷としての過酷な現実に打ちのめされ、それでも不屈のまま闘い続けてついに奴隷という身分から自由になるまでの半生が記されている。

 リンダの祖母は奴隷という身分から解放された「自由黒人」であったが、その娘であるリンダの母は奴隷で、奴隷の子どもは「母の身分に付帯する条件を引き継ぐ」とされていたのでリンダとその弟も奴隷であった。奴隷が家族を持つことはあるが、一人一人が根本的に主人の「所有物」としての扱いしかなされない。主人が奴隷の一家の面々を別々に所有することも一人ずつ別々の買い手に売り飛ばすこともごく普通のことだったのだ。
 であるから、奴隷制度は人間の「品位の堕落、悪事、不道徳」を助長する。15歳になったリンダが、所有者であるドクター・フリントの性的な標的となり長年にわたり執拗に追い回され続けたのも、フリント夫人が夫ではなく夫が執着する奴隷に怒りに怒りを向けるのも、元を正せば「そういう制度の中に生きていた」からであるとも言える。
 どんなに奴隷に対して思いやりあふれた主人であっても、しかし自分から奴隷を「自由黒人」へと解放することを考える人は稀だった。それだけを取っても、奴隷制という制度そのものが当時の人々の考え方をどれだけ人ならぬものに変えてしまっていたかを見せつけられるようである。

 かといって奴隷所有者や奴隷商人の非道さが許容されるものではないが、それが当たり前となってしまっている世界では、人間らしい思考も働かなくなることがあるという証明であるように思う。そういう意味では、現代の北朝鮮社会に近いものを感じるし、日本でも昔のの人々への扱いも思い起こさせるものがある。
 今もアメリカ(に限らずだと思うが)にわだかまる人種差別を思えば、だからこそその根源とも言えるこうした時代の事実は人間の負の歴史として知っておかなければならないことだろう。


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