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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「命売ります」(著:三島 由紀夫)

2014-08-24 22:12:11 | 【書物】1点集中型
 「新聞の活字だってみんなゴキブリになってしまったのに生きていても仕方がない、と思ったら最後、」死に取りつかれて、遂に自殺を図った主人公。うまく死ねなかったので、それならばということで「命売ります」などという求職広告を出してしまう。そうしたら本当に命の買い取り手がやってきて彼に鉄砲玉のごとき依頼をする。不貞な妻の後始末、怪しげな薬の実験台、果ては吸血鬼の女への血の提供やら、某国大使館への命を賭した侵入。だが、なぜかその都度、依頼は何となく成功するのに彼は運悪く(?)生き残ってしまう。
 命を売って結果ひと財産築いてしまい、それにあかせて「中休み」と称してのんびりしようと思って借りた部屋の大家の娘は、彼に命を売りたいなどとのたまうジャンキーであった。そして彼女と暮らし始めてから、彼の自分の命に対する心境に微妙な変化が起き始める。

 最初は本当に人生に倦み、何もかもどうでもよくなって命を売ることを思いついたはずが、「死ぬことに疲れた」自分になんとなく気づき始める。そして身に覚えのないことで殺されかかったときには、それこそ命からがら逃げ出してくる。殺されることを望んでいたはずが、結局のところ、自我を否定され誤解されたまま無抵抗に死を受け容れることはできなかったのだ。
 思えば、彼が命を売ると決めたのは自分の意志だ。そのうえで引き受けた仕事で命を落とすのは、最初から折り込み済みのことだから納得できる。しかし自らの決断と全く関係ないところで命を奪われかかると、途端に動物的な生存本能が顔を出す。人間は矛盾の塊だ。
 タイトルは三島っぽいのに、読んでみたらミステリっぽい要素もあり、ものすごく楽に、さらっと読めてしまう。三島作品としては異色な雰囲気。それでいてそこここのちょっとした一文に三島らしさがにじみ出てくる。「世界が意味のあるものに変れば、死んでも悔いないという気持と、世界が無意味だから死んでもかまわないという気持とは、どこで折れ合うのだろうか」「彼の人生の無意味は、だからその星空へまっすぐにつながっていた」とか、三島作品ならではの頽廃のような哀愁のような美しさ。単に読みやすいだけでなく、考えさせるような余韻も残すのがすごいなあ、と率直に思った。


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