めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

昔ながらのコミュニティーの崩壊

2014-03-12 16:21:12 | 地域振興

昨日のテレビ番組には東日本大震災に関連した内容が取り上げられ、
改めてこの大災害が日本にもたらした多くの問題を再確認させられました。
災害の後の復興と言えば、普通、新しい道が開けて行くものですが
三年たった現在においても、当初に考えられた問題よりもはるかに多くの
新たな問題が生まれ、災害地のみならず、日本中が暗中模索の状態に
陥っている様に思えました。

多くの援助によって復興も時間の問題と思われたのに、先が見えない程
複雑化してしまったのは、この3年間の対策がいかに甘かったとしか
言いようが有りません。
復興当初、絆と言う言葉が多く使われ、人々の行動が強い繋がりとして
被災した方々を後押ししていました。

しかしながら、多くの資本や援助が投入されているにもかかわらず
被災地の方々の顔は今だ曇ったままです。
家を失った方々には住居を与え、食料を与え、更には瓦礫を取り除き
新しい街を再建しようとしています。

多くの方が、住んでいた所でもう一度生活する事を望み、その日を夢見て
様々な土地で我慢を重ねてきました。
でも、故郷に新しい街が建設されるにつれて、それまで望郷の念に
駆られていた多くの人々が帰郷を望まなくなってきました。

新しい、津波にも安全な街を作ればもう一度賑やかな故郷になると
思っていた人々の期待はもろくも崩れつつあるのです。
移転した新しい土地での生活は、最初様々な苦労があったにせよ
3年の年月が、帰郷という思いをしだいに失わせていったのは
何が原因だったのでしょうか。

それは、以前の故郷のコミュニティーが新しい街にはない事を
感じたからでは無いでしょうか。
多くの資本が投入され、以前の街よりも立派な住居が完成しても
そこは故郷ではすでに無いのです。

故郷に帰りたいというのは、衣食住が足りた新しい街ではなく
人々と繋がりがある暖かい東北の街なのです。
街も変わり、人の繋がりも薄れ、自然とはコンクリートの壁で
隔てられ、今出来つつある町はもう以前の故郷ではないのです。
苦労をして馴染んだ新しい土地では、すでに新しい人々との
繋がりが育っているのです。

復興とは、人がいて自然があって初めて意味を成すと思います。
ただでさえ近年東北の街は過疎化に苦しんで来ました。
少ない働き手が何とか街の活性を保ってきました。
いくら施設が整っても住居が出来上がっても、
以前の様なコミュニティーが無ければ、誰も住みたいとは思わず
新しい多くの問題が生まれているのです。

ハード面の援助だけで人々は幸福になるとは思えません。
もう一度新しい街を被災者も援助する側も考えなおす事が
将来の東北を作っていくには大切ではないでしょうか。