電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

鳥居『キリンの子〜鳥居歌集』を読む

2019年07月08日 06時02分19秒 | 読書
たまたま薦められて手にした本、鳥居著『キリンの子〜鳥居歌集』を読みました。2016年に角川書店から刊行されています。
冒頭の「海のブーツ」の章、始まりは

病室は豆腐のような静けさで割れない窓が一つだけある

というものです。はて、多くの窓が割れていて、一つだけ割れていないという荒れ果てた病院なのかという想像が一瞬頭をよぎりましたが、いや違う、割ろうとしても割れない窓が一つだけある病室ということは、帚木蓬生さんの本(*1)にあるような精神科病棟なのだろうと想像を訂正。これに続く二首は、

助けられぼんやりと見る灯台はひとりで冬の夜に立ちおり
入水後に助けてくれた人たちは「寒い」と話す 夜の浜辺で

というもので、ははあ、入水自殺を図ったことのある人なのだなと察します。
続く「職業訓練校」の章では、

昼ごはん食べず群れから抜けだして孤独になれる呼吸ができる
セパゾンの袋をコートに隠しつつ「不安時」の印字見られぬように

というような生活を送りますが、ここで得たタイピング等の技能は、後の活動に役だったと言って良いのでしょう。
そして「キリンの子」の章では、

亡き母の日記を読めば「どうしてもあの子を私の子とは思えない」
花柄の藤籠いっぱい詰められたカラフルな薬飲みほした母

おそらく母子家庭で、作者が子供の頃に母親が心を病み自殺したという経験をしているようです。そしてその後の人生を送った場所である孤児院も、

帰りたい場所を思えリ居場所とはあの日の白い精神病棟

と歌うような、壮絶な環境だったようです。

しかし、「家はくずれた」の章でで描かれた作者の小学生時代の母親の姿には

サインペンきゅっと鳴らして母さんが私のなまえを書き込む四月
味噌汁の湯気やわらかくどの朝も母はわれより先に起きていて
金柑の垣根の前でもう一度手を振り返す朝の約束

など、どこか優しさが感じられるところがありますが、心を病んだ母には過酷な生活だったのかもしれません。

カーテンを開けない薄暗い部屋に花柄を着た母がのたうつ
副作用に侵されながら米を研ぎ、とぎつつ呻くあの人は母
夕飯を一人で片付ける母の味方は誰ひとりいない家
泣いたってよかったはずだ母はただ人参を切るごぼうを洗う

うーむ、こんな調子で続けていたら、本一冊を全部紹介してしまいそうです。それは適切ではないでしょうから、このへんで本書の中でお気に入りとなった短歌をいくつか書き留めて終わりにします。

壊されてから知る 私を抱く母をしずかに家が抱いていたこと
思い出の家壊される夏の日は時間が止まり何も聞こえぬ

本書の帯には、作者についてこんなふうに紹介していました。

目の前での母の自殺、児童養護施設での虐待、
小学校中退、ホームレス生活------
拾った新聞で字を覚え、
短歌に出会って人生に居場所を見いだせた
天涯孤独のセーラー服歌人・鳥居の初歌集。

作者について、作者の母の境遇について、もう少し知りたいところです。

(*1):帚木蓬生『風花病棟』を読む〜「電網郊外散歩道」2015年11月帚木蓬生『閉鎖病棟』を読む〜「電網郊外散歩道」2016年4月

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