電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

将口泰浩『キスカ島・奇跡の撤退』を読む

2012年09月10日 06時04分36秒 | -ノンフィクション
八月のはじめに、酒席の時間待ちの間に書店に入り、新潮文庫の新刊の中から、将口泰浩著『キスカ島・奇跡の撤退~木村昌福中将の生涯』を購入しました。たぶん、終戦記念日を前にして、玉砕の悲劇ではなく、生還の物語に魅力を感じたのだろうと思います。そして期待は裏切られることなく、玉砕の島アッツ島の隣のキスカ島から包囲網をかいくぐり、5183名の陸海軍将兵を救出することに成功するまでの経過が語られます。指揮官は木村昌福海軍中将。このパーフェクトな作戦にいたるまでの、海軍軍人としてはいささか風変わりな半生と、戦後の生活が描かれている本です。

アッツ島とキスカ島の占領というのは、戦略的にはあまり意味をもたなかったことなど、本書ではじめて知りました。また、海軍兵学校出身者は、卒業時の成績、いわゆるハンモックナンバーで優秀性が示されたそうです。誰某は何番で別の誰某は何番だった、という具合です。海軍における登用出世にも影響するこの席次は、当然ですが、ある基準により作成された試験問題や課題により評価されますが、それが必ずしも歴史的評価とは一致しないところがおもしろい。

確かに、より多くの敵を殺害する優秀性や大胆さの観点から評価される人物は、将兵の命を大切にする度合いは低くなりがちであろうと思われます。その意味では、木村昌福氏の席次がそれほど高くなかったのは、必ずしも不名誉とは言えないでしょう。

偶然が重なってのパーフェクトな救出作戦成功でしたが、全滅の悲劇の影に、生還の喜びと感謝を充分に表すことができなかった将兵たちの気持ちが、冒頭のエピソードには感じられます。たぶん、筆者に筆を執らせたのは、そういう思いに動かされた驚きだったのでしょう。得がたいノンフィクションです。

コメント (2)