電網郊外散歩道

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吉村昭『空白の戦記』を読む

2012年09月15日 06時02分23秒 | -吉村昭
新潮文庫で、吉村昭著『空白の戦記』を読みました。単行本の方は、昭和45年の9月に刊行されたとありますので、実に42年前になります。当時はまだ高校生でしたので、もちろん刊行のことは記憶にありません。ですが、文庫本となった本書を手にして、ドキュメンタリーのような描き方に、驚きと共感を覚えます。

第1話:「艦首切断」。昭和10年に、台風に遭遇した演習艦隊のうち、駆逐艦「夕霧」と「初雪」が、巨大な三角波により艦首を切断され、多数の犠牲者を出した事故を取り上げたものです。迫真の描写です。
第2話:「顛覆」。低気圧の接近する荒天下で、水雷艇「友鶴」が顛覆するという事故が発生します。船内に取り残された生存者の救出と、設計上の欠陥の解明が描かれます。
第3話:「敵前逃亡」。沖縄戦が舞台です。米軍に捕えられた若い召集兵が、投降を呼びかけるためと偽り、再び戦うために日本軍陣地に戻りますが、「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓をたてに、敵前逃亡の罪で処刑されてしまう話です。割りきれなさが残ります。
第4話:「最後の特攻機」。ポツダム宣言を受諾する天皇の終戦玉音放送を聞いた後に、なお自ら最後の特攻に出撃する宇垣纏中将を描きます。特攻作戦を指揮してきた責任感からとしても、志願した11機の若者を死へ導く最後は納得できません。
第5話:「太陽を見たい」。こちらも沖縄戦の話です。伊江島の女子斬込隊の生存者である大城シゲさんの壮絶・凄惨な体験。「太陽を見たい」という素朴な感情が、極限の飢餓生活からの転機になりました。
第6話:「軍艦と少年」。単調な生活から脱出したいと願った少年の行為は、高度の軍事機密に触れたものでした。戦後、少年の消息を追う形で描かれるのは、戦争によって幸福な少年時代をふいにしてしまう不幸の姿でしょうか。



吉村昭作品は、いずれも徹底した取材の裏付けに基づいています。登場人物の心理描写は作家としての推理でしょうが、事実関係は裏付けを持って書いていると言われています。沖縄戦の様相など、こんなことが実際にあったのだなと、暗澹とした気持ちになってしまいますが、私たちの親の世代の出来事として、たしかにこうしたことが起こっていたのでしょう。

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