電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

クリフォード・ストール『カッコウはコンピュータに卵を産む(上)』を読む

2010年12月12日 06時03分43秒 | -ノンフィクション
何度読み返しても面白い本というのがあります。私の場合、デュマ『モンテ・クリスト伯』や藤沢周平『蝉しぐれ』などの小説の他に、クリフォード・ストールが描いたノンフィクション『カッコウはコンピュータに卵を産む』などがあります。今回、6年ぶり、実に10回目の再読です。

著者が体験した実話に基づいて本書が発表されベストセラーとなったのが1989年、日本語版の国内発売が1991年ですので、たぶん某中古書店の1冊105円の棚中にも、けっこう見かける部類となっているのでしょう。しかし、この本は面白い!何度読んでも面白い。当方のようなコンピュータ好き、推理好きの者には、実にツボにはまってしまう面白さです。



ローレンス・バークレー研究所の駆け出し天文学者であるクリフォード・ストールは、大学院を終えて研究資金も途切れ、生活のために研究所のコンピュータ管理者になります。そこで、新入りの課題として、研究所の課金システムと実際のコンピュータ使用時間とが75セントだけ食い違っている理由を追求します。はじめはつぎはぎだらけの課金システムのバグを疑ったのでしたが、案に相違して、こちらは立派に機能を果たしていました。むしろ、課金を受けていない、見慣れぬユーザーを発見します。著者が設けた監視システムによると、どうやらこの不審なユーザーが研究所のコンピュータの UNIX システムに侵入し、Emacs エディタのバグというか仕様を悪用して管理者権限を不正に奪取し、足跡を消しながらネットワークを通じて他のコンピュータシステムに侵入を繰り返しているようなのです。侵入先はいずれも軍事ネットワークで、アラバマのアニストン陸軍兵站部、ニューメキシコ州のホワイトサンズ・ミサイル試射場、国防企業マイター、CIA 本部など。そして検索語がミサイルや核爆弾、SDI などというのですから、おだやかではありません。

ところが、FBI は被害額が75セントでは腰をあげようとしないし、CIA は関心は示すものの、国内問題だと言って取り上げようとしません。どこもお役所的態度に終始し、権限外だと言います。電話会社の逆探知の結果、侵入先は西ドイツからということまで突き止められ、事態は明らかに国際スパイ事件の様相を示してきます。



とまあ、上巻はこんな調子です。今回とくに印象に残ったのは、どこからも理解が得られず、迷っている著者に、ノーベル賞受賞者である物理学者ルイス・アルヴァレスが、ハッカー追跡を一つの研究だと思え、と助言するくだりでした。

「本当の研究というものは、どれだけ金がかかるか、時間をくうか、結果がどう出るか、はじめからわかるわけがない。一つだけ言えるのは、まだ人が足を踏み入れたことのない世界があって、そこへ行けば発見のチャンスがあるということだ」

なるほど、たしかにその通り。侵入データの解析から時刻を、エコーの時間などのデータから距離を割り出すあたりは、まさに物理学の手法でしょう。そしてそれは、西ドイツという侵入者の逆探知の結果と一致していたわけです。この件、下巻に続きます。
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