電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』第5巻を読む

2006年04月02日 20時12分42秒 | -外国文学
東京行きの車中で、岩波文庫版のディケンズ著『デイヴィッド・コパーフィールド』第5巻を読了した。

底辺で生きるマーサが、失踪したエミリーを発見、デイヴィッドを連れて行く。そこでは、スティアフォース家のローザ・ダートルが先回りし、エミリーに対し憎悪を爆発させていたが、ミスター・ペゴティが優しく保護する。失踪後のエミリーの運命が明らかとなり、ミスター・ペゴティは、エミリーと共にオーストラリアに移住を決意、ミセス・ガミッジも同行を訴える。デイヴィッドは、ハムの誠意と真情をエミリーに伝えると約束するが、質朴なハムの誠実さには心打たれるものがある。
妻ドーラの病状ははかばかしくない。夫デイヴィッドがぴんぴんしているところを見ると、どうも栄養失調などではなく、流産後の経過不良なのかもしれない。
さて、ミコーバー氏と悪党ユーライア・ヒープの対決は見ものだ。デイヴィッドの友人トラドルズの助力でユーライア・ヒープの詐欺行為が暴かれる。ウィックフイールド氏とアグニスが救われ、トロットウッド伯母さんの財産も戻る。しかしミコーバー夫妻も新天地での生活を決意し、ミスター・ペゴティらと共にオーストラリアに旅立つことになる。ミコーバー氏が出てくると、物語が喜劇的な色合いを強め、深刻さを中和する役割を果たしているようだ。
そしてドーラの死の回想。生活能力のない「赤ちゃん奥さん」ではあったが、デイヴィッドを思う心情に偽りはなく、ほろりとさせられるところがある。臨終の際にドーラがアグニスに伝えた言葉は、物語の最後になって明かされることになる。
後半、スティアフォースが嵐のさなかに船を航行させたため難破、勇敢にも救助に向かったハムもまた水死してしまう。デイヴィッドがスティアフォース家に息子の死去を伝えると、スティアフォースを憎悪しつつ愛したミス・ダートルの秘密が明らかになる。また、移住者たちの出発に際し、勇敢で誠実なハムの死をエミリーに伝えないように苦心する姿が描かれる。
劇的な事件がみな一区切りつくと、主人公デイヴィッド・コパーフィールドの心には徐々に孤独と寂寥感が忍び寄る。スイスで三年間を送り、作家としての名声を確立するが、心の空白を満たすことができない。そして、自分の心の内奥に、アグニスへの思いがあったことに気づく。
英国に帰国し、結婚したトラドルズ夫婦の家庭の明るさに喜ぶとともに、トロットウッド伯母さんとミスター・ディックにも再会する。母の死の原因となったマードストン姉弟が同じ手口を重ねていることを知り、あきれる。また、クリークル氏の偽善的監獄で、ユーライア・ヒープとリティマーの懲りない二人が、相変わらず改悛を装っていることにもあきれる。
デイヴィッドは、アグニスに思いを打ち明け、互いに誤解を解く。アグニスの意中の人は最初からデイヴィッドだけであったこと、ドーラの最後の言葉は、空っぽのイスにはアグニスにすわってほしい、だった。
年月が過ぎ、オーストラリアから兄ペゴティが訪問し、成功した移住者たちの消息を聞く。アグニスとの安定した生活と、その後の様子が回想され、なかば自伝的なディケンズの代表作が終わる。

ディケンズ作品ではいつものことだが、悪党の台詞や表情、しぐさなど、実にリアリティに富む。悪党ではないが、欠点も魅力も含めたドーラの人物像の生き生きとした描き方に対し、作者の理想の女性像と思われるアグニスの描き方は、私にはずいぶん抽象的に思えるが、他の読者はどう感じるのだろうか。

【追記】
全5回の記事に、リンクを追加しました。
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