行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2018年7月21日(土)の日記

2018年07月21日 | 日記

いつもの土曜日よりも30分ぐらいは早く起き、洗濯物を干し、室内に軽く掃除機をかけて、本行徳四丁目の市川市行徳ふれあい伝承館のオープニングイベントへ出かける。

9時45分からの、休憩所駐車場でのオープン記念挨拶が始まるのになんとか間に合った。

市川市の村越市長による挨拶。

次いで、行徳まちづくり協議会の会長を務める中台神輿の中台社長の挨拶。

オープニングイベントでの行徳揉みの実演。神輿はこれまでも行徳まつりなどで見た中台神輿所有の行徳神輿。

休憩所駐車場から前の道(行徳五ヶ町の例大祭では本行徳四丁目から本塩へ神輿を渡すときに通る「神輿みち」)へ出て揉みを開始。










始まる前に「揉みは1回だけです。」と言っていた人がいたが、「本当に?」と思っていた。イベントチラシにも揉みは10時~10時30分と載っていたから。

すると、本当に1回で終了。渡御を開始するときの、馬(神輿を載せる台)から上げて、差し→放り受け→地すり→差し→放り受けの1回だけだった。連日、熱中症厳重警戒のニュースが続き、また揉み手もそんなに大勢集まったふうではなかったから、それで1回だけにしたのだろう。

実は、最初の1回では静止画を撮影し、2回目に動画撮影を考えていたが、動画は諦めざるを得なかった。

行徳揉みの実演が終わったら、旧浅子神輿の店舗兼主屋の建物(これが資料館になっている)へ人がどどっと入っていき大混雑。落ち着くまでは休憩所のようすを写すことにする。












さきほど行徳揉みの実演に使われた行徳神輿。恐らくオープニングイベントが終わるまで展示されたのだろう。

旧浅子神輿店舗兼主屋のほうも落ち着いてきたので入ることにする。こちらは、これまでの寺のまち回遊展のときなどと同じく、靴を脱いで入らないといけない。








伝承館のオープニングイベントの一部として、周辺の神社でのイベントやお寺での寺宝公開もあるということだが、猛暑の中、あちこち歩き回る気はしない。4月にオープンしたときに行ったっきりの中台神輿の行徳神輿ミュージアムも久しぶりに見てみたいので、そのルート上にある神社のようすは見て行くことにする。

と思って行徳街道を本行徳一丁目方向へ歩き出すと、伝承館のすぐ近くにある笹屋うどん跡の扉が開いて、どうも中が公開されているようす。

外の壁には江戸時代に描かれた江戸近郊の風景(その写真だろう)が展示されている。

そして、玄関のところの土間だけが公開され、中にはかつての笹屋の看板の写真、源頼朝が笹屋のうどんを食べたという伝説を描いた屏風絵の写真が展示(どちらも実物は市川市歴史博物館にある)。

笹屋うどん跡の建物がこういう形ででも公開されるのは、自分が知る限りでは2000年秋の行徳・街回遊展のとき以来、18年ぶり。街回遊展のときも看板と屏風絵の写真が展示されていた。

本行徳四丁目の神明神社では小さい縁日。

本行徳三丁目の八幡神社では流しそうめんをやるということだが、13時からなのでまだ準備中だった。

その八幡神社の脇の道を入って市川浦安バイパスのほうへ行くと中台神輿の前へ出る。4月以来、久しぶりに来た行徳神輿ミュージアム。

4月のオープン時は祝いの花がずらっと飾られていたが、今は通常モード。


 

ここまで来ると妙典駅のほうが近い。妙典駅へ着いたときは11時半ぐらい。じゃあもう昼飯にしようと、高架下の東秀へ。

暑い中歩いてきて、辛めのものを食べたいと思ってメニューを見ると、汁なし担々麺があったので注文。

汁なしといっても、タレは入っている。よくかき混ぜて食べる。この担々麺、けっこう辛い。途中からはときどきお冷やを飲みつつ食べる。でも、暑いときにはこういうのもいい。

 

 

夕方からまた出かける。もう自治会による夏まつりや盆踊りが各所で始まっている時期。今日は大規模マンションの夏まつりへ行ってみる。

幸二丁目にあるサニーハウス南行徳へ。


このマンションの場所は行徳と妙典のちょうど中間あたりをかなり海側へ行ったところ。その場所で、「南行徳」の名前が付いているというのは不思議。

「サニーハウス南行徳」で検索すると不動産会社のサイトなどに情報はあるが、ネーミングの由来については見つからなかった。でも、1978年(昭和53年)築というのは判明。南行徳駅の開業は1981年(昭和56年)だから、南行徳駅がまだできる前。

なのでネーミングについては以下のように推測。

会社や学校などで、
「どのへんに住んでるの?」
「南行徳」
というような会話はふつうに交わされるものだが、こうした場合の「南行徳」とは住居表示の市川市南行徳一丁目~四丁目の範囲に限定したものではなく、だいたいは南行徳駅の最寄り圏を指すものだろう。

実際、東京圏、京阪神圏etc.のような鉄道が発達した地域では、鉄道駅の最寄り圏(駅勢圏という言い方もある)をその駅名で呼ぶという習慣ができあがっている。それで、上のような会話も成り立つ。

逆に、駅の最寄り圏は駅がないときは存在しない。南行徳駅の南側が範囲の市川市南行徳という住居表示は1973年(昭和48年)に付いたというが、駅がない間は存在感もあまりなかっただろう。かつての南行徳町が市川市と合併したのは1956年(昭和31年)というから、その20年後ぐらの時代には、おそらくは忘れられた名前だっただろうと思える。

ということはサニーハウス南行徳が建てられた1970年代後半は、行徳地区には行徳駅しかなかった頃だが、地域のほぼ全体が行徳駅の最寄り圏だったわけだ。(浦安との境に近いあたりは浦安駅が最寄りだったかもしれないが)

つまり、行徳駅の最寄り圏「行徳」の範囲で、駅からけっこう離れた海側のエリアを南行徳と呼んだとしても、その時代なら不思議ではない。(行徳地区では東西線は北東~南西の方向に通っているが、東西に走る電車の海(東京湾)側はやはり南ということになる。実際にこのマンションの位置は行徳駅からは東南東の方向だが。)

マンションのディベロッパーも商売である以上、最寄り駅や立地がはっきり分かる名前にしたいだろうから、行徳駅最寄り圏で南の方に建てたので、名前に「南行徳」を入れたのではないかと考えられる。

その後、南行徳駅が開業し、南行徳駅最寄り圏が誕生したので、南行徳から離れたところにあるのに「南行徳」の名前を持つ不思議なマンションになってしまったということになる。

結果的には、このマンションの名前は行徳地区に行徳駅しかなかった時代を示す資料になるのかもしれない。

自分がこのマンションのことを知ったのはここ1年ぐらいの間。確かに幸二丁目で南行徳の名前を持つマンションは不思議に思えた。自分も一昨年までは南行徳(駅最寄り圏)の住人だったためでももある。最初はネットで見た情報が間違っているのではと思った。

そういうことがあってサニーハウス南行徳が意識に残った。そして今回、マンション自治会主催の夏まつりがあるというのを知り、行徳雑学館の季節ものレポートを作るために行ってみようと思ったしだい。

さて、夏まつり会場のマンション中庭広場へ入ると、なかなかの賑わい。

浴衣姿の子供の姿も見えるし、マンション住人だけでなく周辺地域から多くの人が来ていると思える。それぐらい、人が多かった。

中庭広場周囲の模擬店。

中庭の樹木越しに。

自分が着いたとき、ステージではフラダンスサークルの踊りを行っていた。

そのあとはギターサークルの演奏と、それにあわせて女性コーラスグループの合唱。

 

 

土曜の夜なので帰りは飲んでいく。サニーハウス南行徳のところから行徳駅前通りのほうへ向かうと、行徳中央病院前の交差点に出る。その交差点のそばに何軒か店が並んでいる。このあたりは千鳥町のユニディへの行き帰りに目に入るが、まだ入って飲み食いしたことはなかった。

その中のひとつ、大衆割烹橋へ入ってみる。

入口の暖簾には「開業三十周年記念」と書かれていた。あとで聞いたところ、今の時点で開業から36年か37年目だということ。ということは1980年代初めごろからやっている店だ。

お通しと最初は生ビール。猛暑だけに最初の一口がいっそう美味い。

カウンター席に座る。カウンターの中は人1人がやっと通れる狭さで、端のほうに生ビールサーバーがあった。そして壁には本日おすすめメニューのお品書き。

ちなみに調理場は店の奥の方にあった。

後ろの座敷側の壁には年季が入った感じのお品書き。

最初は刺身三点盛(800円)にする。内容はその日にある魚となるようだ。今日はサーモンいか中トロだった。

隣のほうにいた人が冷酒を注文したので、チラッとみると銘柄は会津ほまれ。それで自分も注文。

会津ほまれというと、10年前に閉店した店だが、南行徳公園北西側近くにあった居酒屋源さんでよく飲んだ。店主の源さんの奥さんが会津喜多方の出で、その関係で会津ほまれも含め喜多方の地酒を一通り揃えていた。そのあとは、会津ほまれのカップ酒を扱っている酒屋で買って飲んだこともあるが、その酒屋も扱いをやめてしまい、長いこと飲んでいなかった。

今回、久しぶりに会津ほまれを味わう。

日本酒を飲むともう少し魚も食べたくなって、次はあじたたき

次はレモンサワー。

魚以外も食べようと、かもつくね串を2本。

そろそろ締めの一杯とひと品にしようと、まず飲むほうはお茶ハイ。

食べるほうだが、座敷の壁のお品書きに貼ってあるこの紙が気になる。

橋ベスト3。その1番目のトーフステーキを注文。

トーフステーキ

トーフステーキというと豆腐を焼いたものと付け合わせが出てくるイメージだが、橋流のトーフステーキは豆腐の周りを玉子で固めている。いろいろ食べたあとの締めにはちょっとボリュームが多い感じだったが、仕事帰りに軽く食べて飲むときなどはビールのつまみによさそうだ。

マスターもママさんも気さくな感じで居心地はいい。駅から離れたエリアだから、地元の常連さんがほとんどだった。そして、今日は午後9時ぐらいから常連さんの数も増え、カラオケが始まっていた。