「梅雨時」には、「梅雨時の風景」があり、その風景を形作っているものの一つに「タイザンボク(泰山木)」の、白い花があります。白い大きな肉厚の花で、子供の時には、その、大地に散り落ちた花びらの一枚をスプーン代わりにして、雨を掬ったことなどがありました。今となれば、良き思い出です。
それから、「ホタルブクロ(蛍袋)」。この花を山里で見かけるたびに、心はスッと「物語」の世界の中に入っていきます。宮沢賢治の世界にも、神話の世界にも通じるような、可愛らしくも床しき姿です。
街では、「オシロイバナ(白粉花)」も蕾をつけ、もうすぐ、ちまちまとした賑やかな彩りで街を飾ってくれることでしょう。
ただ「梅雨時」は、曇りがちであるが故に、雨が降らぬと寂しい風情になってしまいます。
お日様が顔を覗かせぬと、鳥たちも囀りをやめ、「梅雨寒」の空の下、首を暖かげな羽根の中に埋めてしまい、無口になって、軒端の蔭にひそんでしまいます。
故に、雨なりとも、豪快に降って欲しいという気持ちになってしまうのかもしれません。しかしながら、降ったら降ったで、災害が起こり、
「時により 過れば民の嘆きなり 八大龍王 雨やめたまえ」(源 実朝)
と、天に祈りたくもなってしまいます。
この歌は、悲劇の鎌倉将軍として名高い、実朝の、よく知られた歌です。都の文化にあこがれていたが故に、東武士の匂いがあまりしない人ではありますが、当時の京の人々からは窺うことのできないような、「闇」を見つめたイメージがあり、近代人の心をも鷲摑みにしてしまうような、深い歌を幾首か詠んでいます。何と言っても、甥の「公暁」に殺されたときが、26歳か27歳くらいでしたから。幼くして就いた将軍職、そして、その立場が、いつ殺されても不思議ではない情況にありましたから、生来の感受性を、ますます研ぎ澄まし、普通の人には見えぬものが見えていたのでしょうし、感じられたのでしょう。
その中において、この歌は、異質な光を放っています。この歌を見るたびに、私は、
「熟田津(にぎたつ)に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」
という額田王の歌を思い出します。
どこかしら「神がかり」しているような、常の人の歌ではないような、そんな気がするのです。また、この人にあって、このような詩が詠めるときがあったということに、心慰められる思いもするのです。
いくら夢中になって歌を学んだとはいえ、「西行」などとは違い、詠んだ歌がすべて、人に愛され、認められているかというと、そうでもない。しかしながら、この人の優れたものは、他者の追随を許しません。自分でも、ふと雨を見つめているとき、その奥のものに心が動かされたとき、この人の歌が浮かぶくらいですから。
さて、学校です。
バラバラだった「Dクラス」の色は、「不器用さんで、素直」と出ました。 まだ、「初級の初級」と言ってもいいほどのレベルで、しかも三ヶ月に満たないわけですから(とは言え、来月の初めには、『初級Ⅱ』に入れそうです)、これに当て嵌らない人達も幾人か含まれています。が、在日で、別に勉強が好きでない人達が、どれほどの期間、ここで勉強していけるのかというと、多分、途中で落ちてしまうでしょう。
大学や大学院をめざして、それなりのスピードで、しかもある程度の内容をいれて、教えていくわけですから、自然について行けなくなると思います。それでも、学校ですから、毎日勉強できます。二回、三回と繰り返して、やっと身につけることができるという人もいます。頑張る人なら、この学校は大歓迎です。
一口に「日本語を学ぶ」と言いましても、それぞれにあった「場所」があり、「学び方」があります。経済的にも余裕があり、能力もあり、またそういう機関、乃至人(教師)を知っていれば、集中して個人教授を受ける事も出来るでしょう。経済的にも余裕がないし、時間もそう取れなければ、ボランティアの方にゆっくりと教えてもらってもいいでしょう。
けれども、ここでは、一斉授業です。自分だけというわけにはいきません。、カリキュラムも決まっています。
進度も、
一年半か二年で、「大学・大学院入学」、
一年ほどで、「一級合格(漢字圏の学生)」、
半年ほどで、「二級合格(漢字圏)」、「三級合格(非漢字圏)」
を目指しているわけですから、それなりの勉強はしてもらわなければなりません。
今日は疲れているからという理由で、休み、次ぎに来たときに、「判らない」を連発されても、同じことを(皆を待たせて、その人だけのために)何度もやってやるわけにはいかないのです。ただ、復習は毎日行っていますから、病気で一日休んだくらいでしたら、それほどの負担はありません。正当な理由で休んだ時には、また別に、「補講」の機会を設けますし、新しくクラスを開講したときに、受ける事もできます。
ただし、これも、来たり来なかったり、あるいは、教師の指示に従わなかったりして、皆に迷惑をかけないという前提の下です。その人の勝手な行動で、進度が遅れ、まじめに勉強している人達が、希望通りのことが出来なかったら大変です。その時は、それなりに、ゆっくり勉強が出来るところへ、移ってもらうことを考えてもらいます。
「話す」のは、難しくないのです(文法に則らず、「適当に話す」だけなら。それで、相手が判るかどうかは、別です)。人間ですから、「聞き、話す」と言うことにおいては、本能に近い部分で習得が可能であるような気がします。けれども、「読み、書く」ということは、それとは違います。「学習」という、ある一定の、ある意味では、「努力」が必要になって来るのです。
日々是好日
それから、「ホタルブクロ(蛍袋)」。この花を山里で見かけるたびに、心はスッと「物語」の世界の中に入っていきます。宮沢賢治の世界にも、神話の世界にも通じるような、可愛らしくも床しき姿です。
街では、「オシロイバナ(白粉花)」も蕾をつけ、もうすぐ、ちまちまとした賑やかな彩りで街を飾ってくれることでしょう。
ただ「梅雨時」は、曇りがちであるが故に、雨が降らぬと寂しい風情になってしまいます。
お日様が顔を覗かせぬと、鳥たちも囀りをやめ、「梅雨寒」の空の下、首を暖かげな羽根の中に埋めてしまい、無口になって、軒端の蔭にひそんでしまいます。
故に、雨なりとも、豪快に降って欲しいという気持ちになってしまうのかもしれません。しかしながら、降ったら降ったで、災害が起こり、
「時により 過れば民の嘆きなり 八大龍王 雨やめたまえ」(源 実朝)
と、天に祈りたくもなってしまいます。
この歌は、悲劇の鎌倉将軍として名高い、実朝の、よく知られた歌です。都の文化にあこがれていたが故に、東武士の匂いがあまりしない人ではありますが、当時の京の人々からは窺うことのできないような、「闇」を見つめたイメージがあり、近代人の心をも鷲摑みにしてしまうような、深い歌を幾首か詠んでいます。何と言っても、甥の「公暁」に殺されたときが、26歳か27歳くらいでしたから。幼くして就いた将軍職、そして、その立場が、いつ殺されても不思議ではない情況にありましたから、生来の感受性を、ますます研ぎ澄まし、普通の人には見えぬものが見えていたのでしょうし、感じられたのでしょう。
その中において、この歌は、異質な光を放っています。この歌を見るたびに、私は、
「熟田津(にぎたつ)に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」
という額田王の歌を思い出します。
どこかしら「神がかり」しているような、常の人の歌ではないような、そんな気がするのです。また、この人にあって、このような詩が詠めるときがあったということに、心慰められる思いもするのです。
いくら夢中になって歌を学んだとはいえ、「西行」などとは違い、詠んだ歌がすべて、人に愛され、認められているかというと、そうでもない。しかしながら、この人の優れたものは、他者の追随を許しません。自分でも、ふと雨を見つめているとき、その奥のものに心が動かされたとき、この人の歌が浮かぶくらいですから。
さて、学校です。
バラバラだった「Dクラス」の色は、「不器用さんで、素直」と出ました。 まだ、「初級の初級」と言ってもいいほどのレベルで、しかも三ヶ月に満たないわけですから(とは言え、来月の初めには、『初級Ⅱ』に入れそうです)、これに当て嵌らない人達も幾人か含まれています。が、在日で、別に勉強が好きでない人達が、どれほどの期間、ここで勉強していけるのかというと、多分、途中で落ちてしまうでしょう。
大学や大学院をめざして、それなりのスピードで、しかもある程度の内容をいれて、教えていくわけですから、自然について行けなくなると思います。それでも、学校ですから、毎日勉強できます。二回、三回と繰り返して、やっと身につけることができるという人もいます。頑張る人なら、この学校は大歓迎です。
一口に「日本語を学ぶ」と言いましても、それぞれにあった「場所」があり、「学び方」があります。経済的にも余裕があり、能力もあり、またそういう機関、乃至人(教師)を知っていれば、集中して個人教授を受ける事も出来るでしょう。経済的にも余裕がないし、時間もそう取れなければ、ボランティアの方にゆっくりと教えてもらってもいいでしょう。
けれども、ここでは、一斉授業です。自分だけというわけにはいきません。、カリキュラムも決まっています。
進度も、
一年半か二年で、「大学・大学院入学」、
一年ほどで、「一級合格(漢字圏の学生)」、
半年ほどで、「二級合格(漢字圏)」、「三級合格(非漢字圏)」
を目指しているわけですから、それなりの勉強はしてもらわなければなりません。
今日は疲れているからという理由で、休み、次ぎに来たときに、「判らない」を連発されても、同じことを(皆を待たせて、その人だけのために)何度もやってやるわけにはいかないのです。ただ、復習は毎日行っていますから、病気で一日休んだくらいでしたら、それほどの負担はありません。正当な理由で休んだ時には、また別に、「補講」の機会を設けますし、新しくクラスを開講したときに、受ける事もできます。
ただし、これも、来たり来なかったり、あるいは、教師の指示に従わなかったりして、皆に迷惑をかけないという前提の下です。その人の勝手な行動で、進度が遅れ、まじめに勉強している人達が、希望通りのことが出来なかったら大変です。その時は、それなりに、ゆっくり勉強が出来るところへ、移ってもらうことを考えてもらいます。
「話す」のは、難しくないのです(文法に則らず、「適当に話す」だけなら。それで、相手が判るかどうかは、別です)。人間ですから、「聞き、話す」と言うことにおいては、本能に近い部分で習得が可能であるような気がします。けれども、「読み、書く」ということは、それとは違います。「学習」という、ある一定の、ある意味では、「努力」が必要になって来るのです。
日々是好日