イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

『「美食地質学」入門~和食と日本列島の素敵な関係 』読了

2023年05月07日 | 2023読書
巽好幸 『「美食地質学」入門~和食と日本列島の素敵な関係 』読了

よく似た本を読んだことがあると思ったら著者は同じ人であった。
この人はよほど何か空想的はシチュエーションを作りたくなるらしく、以前の本は女子大生の姪に蘊蓄を話しながら美食を楽しむという設定であったが今回は自ら作り出した「美食地質学」という学問を解説するという設定になっている。テーマがすでに興味深くて面白いのだから変な外連味を出さなくてもよいと思うのである。

前の本でも日本各地の食材が取り上げられていたので、日本の地質と食材の関係についてはすでに書きつくされてしまっていたのかと思ったが、確かにダブっている部分もあるものの、新たな蘊蓄もしっかり盛り込まれている。
今回の注目は和歌山の醤油、豆腐と日本酒の微妙な関係、さらに「あまちゃん」と「おかえりモネ」の必然性についてであった。さらに、この本を読んでいる最中に石川県で大きな地震が起こったが、能登半島の成り立ちと美味しい食材についても書かれていた。
能登半島もしかりだが、地震の多い場所には美味しい食材が必ずあるというのが印象的だ。世界の地震の1割は日本で発生しているというのだから日本で地震が起きない場所はないのでそう見えてくるというのもあるのかもしれないが、この本を読んでいると、美食のある場所には必ず断層があるのである。

このエピソードは面白かったというものをいくつか列挙していこうと思う。
その前に、日本列島はどのようにして出来上がったかということを書いておこう。その始まりは今から約3000万年前。ユーラシア大陸の東でその一部を引き剥がす力が生まれた。そして2500万年前、とうとうそこに断裂が走り、分裂した地塊が日本列島となって太平洋へとせり出した。そして、1500万年前に日本列島は大移動を停止しほぼ現在の位置に留まるようになった。
その間にできたのが日本海なのであるが、その広がり方はお餅が伸びるようなのっぺりしたものではなく、ちょっと水分が少ない粘土を引っ張るときに割れ目ができるような「断裂帯」を作りながら拡大していった。割れ目ができなかったところは大和堆のような浅瀬になり、割れ目は大和海盆や富山湾のような深い地形になった。日本三深海湾というと相模湾、駿河湾、そして富山湾だが、前のふたつはプレートが沈み込んでできたものだが、富山湾だけは成り立ちが異なるのである。能登半島の付け根の砺波平野や邑知潟(おうちがた)平野などもその断裂帯の名残なのである。
そして、1500万年前からは日本列島の下にフィリピン海プレートが沈み込むようになった。その強烈な圧縮力によって能登半島周辺に存在していた断層が「逆断層」として活動をはじめ、断裂帯に挟まれていた能登半島が隆起し始めたのである。佐渡島も同じようなメカニズムで生まれた島である。
だからこの周辺では地殻のプレート運動がないにも関わらず巨大な地震がおこるのである。
そして、300万年前、フィリピン海プレートは太平洋プレートに押し負けて西45度に移動の向きを変えることになる。能登半島の隆起はさらに活発になったのである。
それでは、日本列島が生まれたおおもとになった力は何だったのであろうか。それはユーラシア大陸東縁部で起きていた火山活動であったあと言われる。これはプレートの沈み込みが原因となる火山活動とは異なる「大陸型」の火山活動だ。地球内部のマントルのうち、上部マントルと下部マントルの境界付近にあるプレートの軽い部分が浮き上がることでマグマが生まれ、その流れの一部が太平洋付近で沈み込む動きをしているプレートまで達する。その沈み込みの部分では上の部分と太平洋プレートに挟まれた部分が冷えてクサビ状の塊ができる。大陸で生まれた上昇流がこの塊を押すことによってその上に乗っかっている大陸の一部が分裂し移動を始めたのである。
そういうことから勘案すると、地殻の厚さも含めて、日本海というのは海洋というよりも陸地の延長線上あるものだそうである。そして、日本海というのは、日本列島が北の方から流れてくる冷たい海水をせき止めるので水温が低く、低水温を好むカニがたくさん獲れる要因となっている。

ここからが地質学と美食の関係に入るのだが、フィリピン海プレートとの沈み込む向きが変わったことによって瀬戸内海の「灘」と「瀬」が「皺」のように交互に出現する地形が生まれ、美味しい海産物が育つようになったというのは前の本でも紹介されていた。
まず、お酒と豆腐であるが、これもこの「皺」がかかわっている。このふたつの食材に共通することは、製造するときに大量の水を使うということだ。しかし、適した水質はかなり異なる。
豆腐を製造するときに適した水質は、硬度の少ない軟水だ。豆乳を造る際、硬度が高い水だと水にたんぱく質が溶けだす前に凝固が進み、おからの方に残ってしまって効率が悪くなるのだ。
一方で、日本酒を醸すときに適した水は中硬水で、カルシウムやカリウム成分を含む水が適している。カリウムは酵母菌の、カルシウムは麹菌の活性を高める。しかし、麹菌は極端に鉄分を嫌うので、鉄分が極力入っていないことが必須となる。
日本列島の誕生のきっかけはユーラシア大陸東縁部の火山活動であったと書いたが、その結果、日本列島のほとんどは花崗岩でできている。地殻を構成する岩石のうち、比重が軽い花崗岩は地表面に浮き出しやすいのである。岩石が浮くというのは想像ができないが、とにかくそうらしい。
花崗岩はほとんど鉄分を含まず、おまけに日本の川は急流であっというまに海に流れ出てしまう。だから日本の水はほとんどが軟水である。
京都は豆腐が有名だが、京都の地下には岩盤層が造る盆地状の構造があり、その中に堆積した新しい地層が帯水層となって地下水盆が形成されている。その水量は琵琶湖の湖水の胎生期に匹敵するという。そしてこの地下水の滞留時間はわずか数年しかない。この地盤も花崗岩であることから京都の水は超軟水であり豆腐作りに適している。京都の出汁文化もこの超軟水があればこそであるというのも前の本に書いてあった。
そんな日本の軟水の環境の中で灘五郷と呼ばれる地域は日本酒の産地として有名なのは、この地域の地下水(宮水)が日本では珍しい中硬水であるからだ。ここで中硬水が生まれる原因は、六甲山(ここも花崗岩山系である)に降った雨が伏流水となって灘に出てくる間、この地層に多く含まれる貝殻の成分を多く含んだ山麓の砂層でカルシウム成分を溶かし込むからだ。「灘」の部分は穏やかな海域なので貝殻の堆積が可能だったのである。
この京都と灘五郷の地形を生んだ要因は、瀬戸内海の地形を生んだフィリピン海プレートの進行方向の転換である。この転換が瀬戸内海に地形の「皺」を作り、「灘」と「瀬」を生みだしたのだが、このしわは琵琶湖を生み出す力にもなった。その力が、京都の地下に盆地状の構造を作り出したのである。
京都盆地の近くには伏見の銘酒があるが、ここに湧く「御香水」は灘五郷までではないが適度に硬度があって鉄分を含まない地下水らしい。灘の酒は「男酒」と言われるように辛口で力強い酒だが、伏見の酒はまろやかでやさしい味がする。おそらく、新宮の尾崎酒造が造る「太平洋」も硬度が低い水を使っていると思う。熊野地方には1400万年前に火山活動による超巨大カルデラが作られた。その名残が花崗岩の地質とまだ冷え切っていない地中の熱が勝浦温泉や白浜温泉の熱源になっている。だからきっと「太平洋」を醸す水は灘の酒に比べて硬度は低いはずだ。
対して、この後に書くが、「黒牛」や「長久」の醸造に使われる水は多分、硬度の高い水だ。だから、それほど酒に強いわけではない僕は伏見の酒や「太平洋」を美味しく感じるのである。

次に和歌山の醤油についてである。醤油の発祥の地は由良町の「興国寺」だが、現在、和歌山の醤油というと湯浅町が有名である。どうして発祥の地と現在の中心地が違うのはどうしてなのだろうという疑問は僕もずっと持っていた。これもそこで得られる水が関係していたのだ。
醤油も発酵食品で、麹菌と酵母菌を使うというのは酒造りに似ている。だから、鉄分がなく、カルシウムやカリウムを含んだ硬度の高い水を得られる場所のほうが生産に適している。
由良町周辺の地質を見てみると、およそ1億年前から数千万年前の「付加体」と地下深部から上昇してきた変成岩、それに加えてごく最近(約1万年前以降)に河川などが堆積させた砂や砂利が分布している。「付加体」というのは、大洋の海底に堆積した泥や微生物の死骸(チャート)、海底直下の地殻を形成する玄武岩、陸から海溝へ運ばれた泥や砂が海溝から沈み込むプレートによって陸側に掃き寄せられてできたものだ。要は、様々間な種類の岩石の吹き溜まりなので、興国寺周辺の水質はそれに含まれる玄武岩由来の鉄分が含まれていて麹菌の活動が制限されてしまうのである。対して湯浅の地下水は、鉄をほとんど含まない砂や泥の層を通り抜けてくるのでほとんど鉄分を含まない地下水なので麹菌の働きを最大限生かせることができるのである。
もっと詳しく興国寺周辺の地質を見てみると、これは必然であったのか偶然であったのか、興国寺のある場所だけは「付加体」が存在せず、きちんと醤油を作り出すことができたけれども、すぐ近くの場所は「付加体」のある場所だったので近所のひとが興国寺の製法をまねてみたけれどもうまくいかなかったのだ。なんとも地質と食材の関係というのは奥が深い。



そして、御坊市には僕の中では一番美味しい醤油だと思っている、堀河屋野村の「三ツ星醤油」の蔵があるが、ここも湯浅と同じく砂や泥の堆積層の地質なのである。



名手酒造店も中野BCも成り立ちは少しと違うようだが、炭酸カルシウムの成分が多い地質のところに立地しているのである。



最後に「あまちゃん」と「おかえりモネ」の必然についてである。
「あまちゃん」の舞台は北三陸、「おかえりモネ」の舞台は南三陸であるが、この隣り合った地域はその地形が出来上がった過程が真逆だそうだ。
東北地方全体は太平洋プレートに強烈に押されてことによって大きな断層ができ、出羽山地、奥羽山脈、北上山地が作られ、同じ力で東北地方の太平洋岸の海岸線も作られているのだが、北三陸は断崖絶壁、南三陸はリアス海岸と異なった地形が出来上がっている。
北三陸はそのメカニズムのとおり、断層面がむき出しになった崖が続いて、険しい磯場となっている。しかし、南三陸の沖には巨大地震の震源域が存在していて、そこで起こる巨大地震によって地殻が跳ね上がり隆起するのだが、その時、その隆起した場所の少し離れた地殻では質量欠損が起き、沈降域が現れる。マヨネーズのチューブを押すと押した場所がへっこんでそのほかの場所が盛り上がるのと同じ原理だ。その沈降域がリアス海岸になったのである。沈降によって地殻が薄くなるとマントルに浮かんでいる状態ではへっこんだ部分は重力のバランスを取るために浮かび上がって復元しようとするのだが、復元が完了する前にまた巨大地震が起きてまた沈降を繰り返すのでリアス海岸がどんどん発達してゆくのである。北三陸は隆起してできた海岸で、南三陸は沈降してできた海岸だったのである。
それぞれの地形ではどんなものが取れるかというと、北三陸のような険しい磯ではウニやアワビが生息している。対して、リアス海岸では、海岸に流れ込む河川が運ぶ栄養分で育つプランクトンと穏やかな海が牡蠣を育てるのである。だから、アキちゃんはウニを獲り、モネちゃんのお祖父さんは牡蠣の養殖をしているというわけだ。
ということは、夏さんが経営している喫茶店「リアス」とスナック「梨明日」の名前だけれども、そこはリアス海岸じゃないじゃないかと突っ込みたいところだが、聖書に書かれていることは何でもそのまま受け入れなければならないので「リアス」と「梨明日」でいいのである。

朝ドラつながりの話では、沖縄の島豆腐も特徴的である。軟水で豆腐を作るときにたんぱく質成分をよりたくさん抽出するために煮出しながら豆乳をつくるのだが、硬水ではそれをするとたんぱく質の凝固が進んでしまうので生搾りの豆乳を使う。代わりに生搾りでたんぱくしつを絞り出すのだが、その際、強い圧縮をおこなうので堅い豆腐ができるのである。「ちむどんどん」に登場する島豆腐は堅くて、固める前のゆし豆腐はおぼろ豆腐よりも食べ応えがあるのである(食べたことないけど・・)。大陸の水質は硬水が多いので日本に伝わった豆腐の製法は島豆腐のほうがその原型に近いということだ。

もうひとつ、これは地質学とはまったく関係がないのだが、赤酢についての話も面白い。江戸前寿司が生まれた当時、米酢はまだ高級品であった。酒粕を発行させて作る赤酢は米酢に比べると安かったのでそれを使うことで庶民の間に江戸前寿司を普及させることができたというのである。だから、正統江戸前寿司は米酢を使ったものなのだ。
著者は、豆腐は京豆腐に限るだとか、赤酢を使った寿司店が、「伝統的な赤酢を使った・・・」などと紹介されていることは商業主義に流されているとその風潮に異議を唱えている。島豆腐がないがしろにされているとは思わないが、確かに短絡的にそう思う人もたくさんいるのは確かだろう。純米酒は何も添加物を加えていない米だけで作った酒で、「純米酒=上等の酒」というのはこれも商業主義に陥っているのだという考えは僕も同感だ。純米酒は香りが強すぎてかえって料理の味を邪魔するのではないかと僕も思っているのである。
しかし、著者は、前の本では結構、各地の名産品以外はくだらない食材だというような表現をしていた。そこのところは批判を浴びたのか、かなり改心したような書き方になっていた。

まだまだたくさんの地質と食材の関係についての話題、蕎麦やうどん、日本海のカニなどの話題もあったのだが、僕にとってはちょっと遠い話なので感想文としては割愛するしかない。
断層やプレート運動は地震という大きな災いをもたらすが、同時にこの国独特の食文化を生み出した原動力ともなっているのだから、備えなければならないもの対しては備えを万全にして、先人たちが守り続けてきた食文化はしっかり守ってゆかねばならないのだと思うのである。
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