白石雅彦 「ウルトラセブンの帰還」読了
ウルトラマンシリーズの中でもウルトラセブンは独特な雰囲気を持っている。
と、言いながら、放送されたのは1967年10月からということだから、僕は3歳半、リアルタイムで見ていたとしてもほとんど記憶が無く、多分再放送では何回も見ているのだろうけれどもよく考えたら、すべての放送をきちんと見てはいないのだと思う。
だから、独特な雰囲気を持っているというのもどこかからの受け売りであるのだが、そんな断片的な記憶からでも番組の感じとしてはその後に続くウルトラマンシリーズよりもあっけらかんとした明るさがなくて重奏低音としてはなにか重苦しい感じが漂っているように思う。
この本はそんな雰囲気がどうやって創り出されてきたのかを制作に携わった人たちが残した記録を分析して書かれている。
有名な話では、脚本家の中のふたり(金城哲夫、上原正三)は沖縄県の出身なので米軍による占領やベトナム戦争、冷戦、本土からの偏見などがベースになってメッセージ性が他の作品よりも強くなったという説があるけれども、それに加えて予算のやりくりやテレビ局や円谷プロの中のゴタゴタ、視聴率の低下等々、様々な要因が重なってウルトラセブンはあのような作品になっていったとうことが書かれている。
もともとウルトラマンよりも視聴者のターゲットの年齢を高めようという意図で始まったそうだが、それでも子供向けのテレビ番組だ。しかし、そこに携わった人々は子供だまし程度で作ろうという妥協はなく、脚本は何回も書き直され、せっかく作ったストーリーも相当な数がボツになったりしている。
脚本家、演出家、美術の担当の人々がそれぞれにこだわり抜いてこういう作品が出来上がってきたというのだから、50年経っても人々から支持を受けるというのもうなずける。
脚本に携わった人たちは本当にウルトラセブンを通して何かを訴えたかったのかどうかはわからないが、今の時代、たとえ子供向け番組であれ、政治的なメッセージを盛り込もうなどとしようとすることはきっと不可能で、最近ではもっぱら友情と勇気だけがテーマだそうだ。
これはこれで面白いのだろうけれども、たとえ特撮がおもちゃ丸出しでもこの時代のヒーロー物のほうが断然面白いと思うのは歳のせいなのだろうか。
ウルトラマンシリーズの中でもウルトラセブンは独特な雰囲気を持っている。
と、言いながら、放送されたのは1967年10月からということだから、僕は3歳半、リアルタイムで見ていたとしてもほとんど記憶が無く、多分再放送では何回も見ているのだろうけれどもよく考えたら、すべての放送をきちんと見てはいないのだと思う。
だから、独特な雰囲気を持っているというのもどこかからの受け売りであるのだが、そんな断片的な記憶からでも番組の感じとしてはその後に続くウルトラマンシリーズよりもあっけらかんとした明るさがなくて重奏低音としてはなにか重苦しい感じが漂っているように思う。
この本はそんな雰囲気がどうやって創り出されてきたのかを制作に携わった人たちが残した記録を分析して書かれている。
有名な話では、脚本家の中のふたり(金城哲夫、上原正三)は沖縄県の出身なので米軍による占領やベトナム戦争、冷戦、本土からの偏見などがベースになってメッセージ性が他の作品よりも強くなったという説があるけれども、それに加えて予算のやりくりやテレビ局や円谷プロの中のゴタゴタ、視聴率の低下等々、様々な要因が重なってウルトラセブンはあのような作品になっていったとうことが書かれている。
もともとウルトラマンよりも視聴者のターゲットの年齢を高めようという意図で始まったそうだが、それでも子供向けのテレビ番組だ。しかし、そこに携わった人々は子供だまし程度で作ろうという妥協はなく、脚本は何回も書き直され、せっかく作ったストーリーも相当な数がボツになったりしている。
脚本家、演出家、美術の担当の人々がそれぞれにこだわり抜いてこういう作品が出来上がってきたというのだから、50年経っても人々から支持を受けるというのもうなずける。
脚本に携わった人たちは本当にウルトラセブンを通して何かを訴えたかったのかどうかはわからないが、今の時代、たとえ子供向け番組であれ、政治的なメッセージを盛り込もうなどとしようとすることはきっと不可能で、最近ではもっぱら友情と勇気だけがテーマだそうだ。
これはこれで面白いのだろうけれども、たとえ特撮がおもちゃ丸出しでもこの時代のヒーロー物のほうが断然面白いと思うのは歳のせいなのだろうか。