気付きの科学 新世界版

ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創造のことです。

時事雑感1 (自由競争の終焉)

2008-08-17 13:44:17 | 色々な気付き

 まるい地球の写真を見ていると、この惑星がいかに小さいかが分かります。それに大気圏がほぼ透明に近い状態である事にも気がつくでしょう。過去には厚い大気に囲まれていた時代があったようです。今の金星のような厚い大気があり、厚い大気のおかげで太陽からの強い宇宙線は和らげられ、今よりもにんげんの寿命が格段に長かったそうです。聖書や古文書に残っているように、当時の人類の寿命は数百歳まであるのが自然であったようです。

 そのような寿命の長い人生を想像することは、今の人類には出来そうもありません。なぜなら、現代の文明生活はあまりにも刹那的であり、あまりにも物質偏重であるからです。そのような今の時代に、もし仮に、あなたは数百年も生きるんだよと言われたときに、どう考えるでしょうか。とんでもない話であると思うかもしれません。今の時代に数百年を生きるには、この社会自体が、あまりに疲れ果てる要素に満ちていると思えるからです。いまは丁度良い寿命であるかもしれません。

 自由自在に思うままに生きる事が、本来の人間のテーマであり役目でもあるのですが、毎日を幸福に生きていると実感している存在がどれほどいるでしょうか。例えば、家族や自分の憩いの場を提供するはずの、普通の「家」を建てるために、金を借り、金利を払い、必死になってローンを払い続ける人生を送らざるを得ない人々がどれほど多いのでしょうか。毎日を仕事に追われながらも、その中にでも有意義な経験をしてゆく事は可能ですが、生きる為に負債かかえる生活が本来のものとも思えません。その負債を返してゆく為に、生存競争という共通ルールの社会という競技場で悪戦苦闘を続ける日々が、どれほどの価値を生み続ける事が出来るでしょう。たしかに数十年もやれば、もう充分・・の社会であるかもしれません。

 これほどまでに地球環境を壊して、生態系を歪ませ、毎年何千と言う種を絶滅に追いやる文明が、どうしていつまでも正当であるのでしょうか。

 そう考えてみれば、昨年来からの金融危機の発端となったサブプライプローンの破綻は、非常に象徴的であるともいえます。金を返す事情や意志が劣っていると思われる人々にまでお金を貸し出し、案の定返すことが出来なくなったことで、金融市場にひびが入り、もうじきそれは最終的な破壊に至るでしょう。架空に作り上げた信用を元に膨らんだアブクの破裂の波及効果は、20世紀末の、あの日本の失われた10年の比ではないでしょう。

 もうすぐ形を変えて地上に津波がやってくるようです。お金があらゆるところから引き上げる過程で、世界の市場を洗い流すことになるかも知れません。バブルがはじけても庶民には関係ないのであれば、何のことはありませんが、金銭に踊らされている多くの無意識の大衆には明らかに脅威となってくるでしょう。

 日本で起きたことは、やはり世界で起きると言う雛形論も、あながち荒唐無稽ではありません。日本で起きたバブルの崩壊時にも、多くの人々は相当な痛みを体験したのですが、まだ日本という国を中心としたものであり、かつ国民性が比較的温厚であることや、平和憲法のおかげで武力による需要喚起等の、最悪の方式に訴えられないことが幸いしたのだと思います。ただし今度は世界規模の破裂となるようですのでそれはそれなりに意識していなければなりません。

 世界規模でのバブルの破裂は、日本が忍んだような苦渋と忍従のように進むとは思えないところがあります。世界の株式の低落により失われた富が1000兆円規模であるとの情報もあります。日本の年間GDPの2倍程度、税収の20倍程度とも考えられますが、その他原油や食物等の相場の上昇・低落により更に、失われる規模が拡大してゆくと想定されています。

 これは資本による自由競争の最終ステージを表しており、どうも勝ち負けはほぼ決まってきているようです。このような荒れた経済現象は、2局化によって動きのなくなってきた自由競争社会において、勝者側の獲得した富の世界的な猛威によると考えられます。獲得した富を更に増やすべく、世界のあちらこちらに流れては、金利や相場という変動を通して自己主張を続ける、「欲望」という怪物の咆哮にも見えます。特定の1小個人群に偏ったお金や権力を、更に蓄積する為に、いまだ踊らぬ多くの人類の生存を脅かして、その頑張りを引き出そうというのでしょうか。原油や食料が高騰しているのはその最後の猛威を現しているかのようです。

 科学や技術が発展している?という事なのにも関わらず、数十年前と比べて、明らかに悪くなった生活環境に気がつく人がどれだけいるでしょうか。自然環境は汚染され、原発という間違えば核爆弾以上の脅威をもたらす施設を造りつづけ、また、人質になっているような感じの人々のこころは閉じこもりつつあるような状況であり、地球上でともに生存進化すべき多くの動植物の種はすでに去りつつあります。また、気がつけば、人類社会の万民共通の要素が、生活の為の貨幣と権力のみと言ってもおかしくない状況にある気がします。どうも自動車と携帯電話を持つために、とんでもない犠牲を払ってきたような気もします。

 この世界の状況のなかで学びがあるとするならば、一体なんでしょうか。

 世界は多くの存在達の舞台であり、例えそれが終幕になろうとも、その舞台にいる個人個人の成長にとってかけがえの無いものです。舞台自体を変えようとする必要はなく、また個人が変えることも出来ない仕組みです。変えるべきは自分自身であり、さらに加速度的に起きてくるであろう全地上への洗浄波や、その結果怒涛のごとく渦巻く濁流社会から、意図的に超脱することが必要ではないかと思われます。

 悟りや覚醒という意識状態への移行努力は、地道な作業である己の心の観察、調律に基づく意識進化の方向を示したものでもあります。それは、無限なる自分自身を思い出すプロセスを示していると同時に、やがてやってくるであろう砂上の楼閣の崩壊と派生して起きるであろう怒涛の濁流からの超脱の為のものでもあります。濁流をしっかりと観察するためには、それに巻き込まれないことが必要でしょう。世界に在っても、世界の1部になってはいけない・・という言葉は意味があるのです。

 古来からの多くの人達が辿った道、それは今こそ多くの人々が辿ることをを可能とする状況になって来たのだと思われます。

 またどのような時代にあろうとも、生まれては死んでゆくという、相対的な人生という物語の中に、いかに無限性を見つけることが出来るのか?それは、我々自身が創り上げるものでしょう。やるべきことはただ、本来の自己の無限性を思い出すことに尽きるのです。我々は神なる存在であると知ることに、どんな戸惑いがあるのでしょうか。

Dogen01

心身脱落  (道元禅師:正法眼蔵)

(こころと体を覆っているものをそぎ落とそう)

 

(余談)

自分が2年前に京都、宇治に旅行したときに、たまたま霊視した道元禅師?はほぼこのような姿でしたが、もう少しだけ角ばった顔立ちで、やや赤ら顔であり、どこかの領主のような雰囲気もあり、生気に満ちた波動を感じました。あれは不思議な経験でした。


絵の中の捕らわれ人

2008-05-02 08:48:51 | 色々な気付き

下記のような常識的な会話の中に、大切な瞬間を逃し続ける罠がありそうです。

-------------

●分別ある常識人のつぶやき

----------------

人生について語れと言うから、語るよ。別に変なことは言わないつもりだよ。

自分の幸せはまずお金があること、これが必要条件であるという人が多い時代だね。

お金がなければ衣食住ができないからね。

家族も大切だが、結局は1人だからね。それで生活するためにお金がいるんだよ。

だから労働は必須なんだよ。

労働で効率を上げるためには、専門の知識がいるね。

知っていないと、または良く知っているというしるしがないと困るんだよ。

誰も認めてくれないからね。損をするからね。

だから一生懸命勉強し、要領よく能力をつけたいね。

他人づきあいは面倒だから、まーマニュアルどおりに対応すればいい、

そうこうしてお金をもらえば自分たちの利になるから、

ニコニコ振舞うのも損をしないようにするためさ。

出来れば組織の上に行きたいね、皆そう思っているはずだよ。

皆行けないからね、しょうがないさ、だから自分だけでも行けばいいと思うよ。

競争がなければ成長ないからね、皆競争するからこそ頑張るんじゃない?

それに勝てば上にいけるようになっているんだよ。

上に行けば、人になんとなくまぶしい目で見てもらえるんじゃないかな。

偉いとちょっとは言って貰えるし、普通は収入も増えるよ。悪いことじゃないよ。

頑張ればそうなれると思うよ。だから利益をあげなきゃね。

利益を上げれば収入も増えるからね。いい車も買えるし、海外旅行もファーストクラスさ。

外国でお金を落せば、彼らだって潤うじゃないか。悪いことではないよね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えーっ世の中に貧しい人や餓死している人もいるって?

 しょうがないじゃないか、頑張らないからなんじゃないの、そのための努力もしたのかな。

 なにもしないのに豊かになれるってのがおかしいよ。知恵を使ってほしいよ。

 努力しないで得られるものは無いんだというのが、わからない程度じゃどうしようもないよ。

えーっ、自分は幸せかって?

・・んなわけ無いじゃないか、しあわせを求めてそのために頑張っているんじゃないか。

頑張ってなにするのかって?・・

 なにいってんの、誰だって生きるためさ、わかるだろ?

何のために生きるのかって?

 ・・あんた夢見る青少年じゃないんだよ、生きてゆくのはとりあえず死にたくないからさ。ちがう?

 努力しなけりゃ生きていけない世の中だよ、そんなの常識じゃないか。

常識のために生きるのかって?

 ・・違うよ、生きるために努力して、頑張って、豊かになっていく。それが人生じゃないのかな、みんながそうしているのが一般常識ということなんだよ。

生まれて来て良かったかって?

 ・・それはこれからの頑張りによるんじゃないかな。とりあえず稼がないとそんなことも言ってられないからね。

  そうでなければ、ゆっくり考える時間も得られないじゃないの。

死んでどうなるのかって?

 ・・その時にならないとわからないよ。死んだら誰もいなくなるから、自分もいなくなるだろうね。

怖くないかって?

 ・・怖いからとりあえず頑張って生きているんじゃないかー。皆そうじゃないの?あんた何言ってんの。

あなたは誰かって?

 ・・ばかじゃないの、目の前にいるじゃないか、ほら見えないのかい?名前も知ってるだろ、ほら。

-----------

こういうのは常識的な会話でしょう。集合意識の平均的な思想を表していると思います。

ただ、当たり前のようで、何かが根本的にちがうような感じがします。

生きるために頑張るということは、一見誰しもうなずくのですが、

生きるということが目的になっており、そのために、まずは色々することが必要だとしています。

色々なことをしなければ生きているとは言えない、というのもうなずけます。しかしながら、実は、自分の意識が今という瞬間から未来や過去の観念にずれてしまっているのだろうと思います。我々の観念はいつも過去と未来を右往左往しており、今の瞬間にとどまることが少ないようです。

生きるということは、目標ではなく、今の瞬間を体験するという無条件の行為であることに気付く必要がありそうです。

過去を後悔し、行く末を案じることが、分別あるもっともらしい人間の態度だという、この時代の常識の罠に気がつくでしょうか。

なるほど、今この瞬間は自分が中心になって、今の瞬間にとどまり続けることは結構大変であるわけですが、自分自身の中身を観察することでそれが出来ると思われます。外を見るのは実は至極簡単ですが、自分を見る方が難しいかもしれません。それは自分自身と向き合うことになるからです。自分の考えや感情、行為を自分で観ることができれば、今の瞬間を見ることになるでしょう。

今この瞬間にとどまれば、心はいつも中心に留まることで、過去や未来に根ざす不安や焦りなど無くなるのがわかるかもしれません。

こだわり続けるべきは、未来や過去という観念などではなく、今という実在の瞬間です。

今は常に動いている唯一の生命形態でもあると思います。

「今という瞬間」は自分という座標の原点でもあります。原点を確認するのが、自分を観る行為といえます。自分を観れなければ、自分が外の世界の1部であるという感覚で生きることになるわけです。

外の世界の1個の物質肉体の中に、自分が同化してしまっていることで、囚人のような不自由さを体験するためなのでしょう。いつまでも飽きずにしてて良いような体験でもないのですが。

-----------------------

一切有為法 (いっさいの ういのほう)

如夢幻泡影 (むげん ほうようのごとし)

露如亦如電(つゆのごとく またかみなりのごとし)

応作如是観(まさにかくのごときかんをなすべし)  :金剛般若経

意訳)世界は空で、うつろうものだからこそ、おのれを見つめ、その時、その日、人生を精一杯に


大切な伝達(copy)

2008-04-29 19:31:52 | 色々な気付き

あるブログのコピーですが、素晴らしいので、掲載させて頂きます。

-----------

「目覚めた者へのメッセージ」

この感動を
この胸の震えを
どう伝えたらいいかしら

あなたたちは
インターネットという
光を手に入れ
加速度的に
結束しだした
  
ああ やっと   
私たち あなたたち
ここまで来れたのね
  
本名なんて知らなくても
たとえ会うのは初めてでも
すぐに同類だと仲間だと
瞬時に分かるこの感覚
懐かしさに言葉が出ないでしょう
点が線で繋がる度に 
ゾクゾクするでしょう
懐かしい瞳をたくさん見たでしょう

私たちも何度見ても
あなたたちが再会し繋がってく様子は
嬉しくて涙が出るのよ

もはや 何回会ったとか
何時間 語り合ったとか
そんなものは全く関係が無いのよ
時間じゃないわ 
密度なのよ

ハグだけで
目を合わすだけで
笑顔だけで
全てのエネルギー交換は出来るし
愛の連鎖は果てしなく続く

例え 相手が忙しそうで
声をかけられなかったとしても
ああ、あの人も居てくれると
感じるだけで 
ちゃんと伝わってるし

相手の気分も
訳も分からず良くなるのよ
だから貴方の気分が
訳もなくいい時も
誰かが貴方にいいものを
送ってくれた証拠なのよ

よくぞ ここまで辿り付いてくれました
心から祝福します 
おめでとう


ねえ
あなたたち 何をしてるのか分かってる?
例え短い時間だろうと
同じ志の者 集いて 同じ祈りを捧げ
また それぞれの土地へ
持ち場へと帰ってゆくこと

それは
肉体が無い時にやっていた
魂の集会 そのものなのよ

銀河連合の集会の縮図を
魂の同窓会の縮図を
肉体を持ちながらも成し遂げたのを
確かに見せてもらったわ

自由な魂が宇宙で銀河でやっていたことを
あなたたちは
そんなにも制限がある地球で
実現させ始めているのです
可能にしようとしているのです

飛べない肉体を持ちながら よくぞ
時間やお金の拘束を抜けながら よくぞ
数々の不安や恐怖をふりはらい よくぞ
直感に従ってくれましたね


自然と調和しながらも
飛行機やネットの近代的な恩恵をも受けて
見事に使いこなして
光のサーファーとなり
各地を飛び回るその様子は

アトランティスでも
ムーでもない
アトランティスでも
ムーでもある

融合させようとしてる
新しい姿だわ
とてもとても
美しい姿だわ

地球って
人間って
素晴らしいわよね
本当に・・・ありがとう


また 日常に戻れば
何てことは無い暮らしでしょう
TVを見れば悲惨なニュースも多く
街を歩いても電車に乗っても
暗い顔の人も多く
仕事中に あなたの輝きを封印する必要もあるでしょう
自分は何てちっぽけで世界どころか
身近な人さえも変えられないのかと
落ち込んでるのも知ってるわ

でも あなたたちなら
自分を変えるのがどれ程大変か知っているでしょう
それを相手にだけ押し付けるつもりかしら
自分は正しいからいいのかしら
相手の正しさは尊重しなくていいのかしら

誰も誰かの物なんかじゃないでしょう
誰かに幸せにしてもらうなんて
本当の幸せじゃないでしょう
そう 誰もが
自分しか変えられないのよ

目覚めた者よ
目覚めた者たちよ
あなたたちは
魂での状態を覚えてる者達である
思い出してくれた者達である
目で見えないものを感じれる者達である
でも特別なんじゃないわ
みんな本来はそうなのよ
忘れてしまってる者を責めないでね


いつか わかるから。
いいえ 魂レベルでは本当はもう知っているから。

そう あなたたち
宇宙飛行士でもないのに
地球を宇宙から眺めたことがあるでしょう
それは妄想なんかじゃないわ

魂の記憶なのよ

そして 至福に溢れた 魂での旅を完成させ
次のステージの舞台に
地球を選んだ者達である
勇気ある愛の戦士であるのは当然だけれど
あなたたちは何も勇者を気取りたかったんじゃないのよ
地球の美しさに惚れこんで
ここでの経験を壮大なミッションを
面白そう!だと思い
楽しそう!だと思い
一度忘れて また思い出すなんてステキ!と興奮し
あんな飛べもしない ちっぽけな肉体でまた仲間達と
広くて危険も多い地球のどこかで
再会するのはドラマチック!と目を輝かせ
ねえ どっちが先に覚醒するか勝負よ!と笑い
私があなたを見つけるから!と約束し
学びのプログラムをあんなに高く設定したから
抜け出すのに時間がかかるかもしれないけど
待っててね!と手を振り


OK 優等生 手伝うよ!と手を振りかえし
世界各地に日本各地に分散してゆきました
一番ドラマチックで感動的になるような見事な配置で。

この壮大なゲームを楽しみに
ワクワクとドキドキの好奇心と
全てを知りたい!という知的欲求をふくらませ
舞台を地球に選んだこと
あんなに瞳をキラキラさせて
地球にダイブした あの時のこと
忘れたとは言わせないわ


あなたは
映画が好きかしら
本が好きかしら
ゲームが好きかしら
スポーツが好きかしら
旅が好きかしら
音楽が好きかしら

琴線が震えるということ
それは魔法を受け取った合図

ねえ あなたはいつまで
自分の弱さにしがみついているのかしら
無いものを見つめ続けているのかしら

右脳が強い者だけで不安なら
左脳が強い仲間がいるじゃない
英語が出来ないなら 話せる仲間がいるじゃない
エネルギーを感じるものも居れば
目で見えるものも居るじゃない
何も感じないと言いながらも
必要な場所へ行けたりしてるじゃない
絵で描くものがいれば
踊りだすものもいるでしょう
スピリチュアルなことは興味なくとも
仕事としてプロとして目覚めてる者も沢山いるわ
そう 地に足をどっかり付けてる者達こそ
大いなる味方なのよ
沢山の人達のお陰で
衣食住が整って快適だからこそ
あなたたちは心の魂の問題にまで
向き合えていることをどうか忘れないで

せっかくの協力するという仕組みを
もっと活用していいのよ
自然の仕組みを
もっと信頼していいのよ
手を伸ばしさえすれば
あなたは一人じゃないのよ
誰もが全てを一人では出来ないこと
それはいいことなのよ

ねえ いつまで待ってもオールマイティーにはならないわ
すでに最初から完璧なんだもの
意味が分からないかしら?

神のように万能にならないと
何も始められないと思っているでしょう
美しい神殿を構えないと
人を呼べないと思ってるでしょう
サイババのように聖灰が出せないと
自分はまだまだと思ってるでしょう
あれも出来ないし これも苦手だし?

バカ言ってんじゃないわよ

世界を見なさい
まだこんなにも戦争があり
貧困に喘ぐ 国があり
破壊された自然があり
取り尽くされた資源があり
近所にさえ おかしな人がいるわ

あなたはそれを許さないというの
あなたはそれを存在させてる
それを許してる 
地球を許さないというの
地球をここまでにした
私たちを許してはくれないの

そう
自分を許していないから
神をも許せずに
あがいている貴方たち


完璧にコントロール出来ることに
面白みなんて無いわ
完璧な人間を目指すのでは無く
不完全さを変化を 許し受け入れるという完璧さを備えなさい

この人達はいいけど
あの人達はダメ?
スピリチュアルな友達と
一般の友達を分けている?
分離するのはエゴだけなのよ
妄想の幻想の霧を晴らしなさい

一人一人の意識のみがそれを晴らせる術である
マヤの長老の声を聞いたかしら

目覚めよ
立ち上がれ 
1グループももらしてはならない

と。

そう 2012年に破壊者が
地球に害ある者達が
全滅すればいいと
思う気持ちも分かるけれど
分からない奴は死ねばいいと
思うことがあるのも知ってるけれど
それでも やっぱり
1グループも置いて行っては行けないのよ   

上がりなさい
上がった者は手が届く者を引き上げなさい
全ての生命を引き上げたいと思う気持ち
あなたたちにもあるでしょう

それは何も 波動の世界を知らない者達の中で
熱く語り ドン引きさせることじゃないのよ
恐怖と疑いにまみれた者達はますますガードを固くするわ
準備が出来た者に 少しづつ伝えればいい
第3の目が開いた者達が順番に
自然にあなたたちに引き寄せられるでしょう
思いがけない質問をして来たりするタイミングを見逃さないでね
ここだ!と分かるハズだから それまで見守り待ちなさい。

それだから あなたたちは
ヒッピーのコミューンで
仲間達だけで完結するのでは無く
制限された幸せで満足すること無く
それぞれの土地に住み
それぞれの役割を日常に溶けこます

そして また
たまの集会で
魂の同窓会をして
健闘を称えましょう
そして充電したら
また日常という持ち場で
1日1日を楽しく過ごしましょう
日常を幸せに過ごすこと
それが全てなのよ

目覚めた者へ
愛する者へ

目覚めたあなたたちへ
愛するあなたたちへ 
このメッセージを
伝えます


さらなる
壮大なる物語のステージへ
あなたたちが
上がってくるのを
お待ちしております

----------


神様の秘密(いつかきっと)

2008-03-08 16:40:41 | 色々な気付き

いつかきっとさんは、流行の言葉で言えば一種のチャネラーともいえる方ですね。その独自方式での交信情報を、今回の記事にさせて頂きました。趣向を変えてここでご披露することをお許しください。

但し、赤字の文言は個人的な想念フィルタを通した文章化であります。なるほどこんな解釈もあるかも程度、参考程度でご理解ください・・・宣託の解釈は色々な意味でかなり難しいまもしれませんが、敢えて「むりくり・こじ付け」の手法で・・・

<いつかきっとさんのチャネリングメッセージ>

「神様の秘密」

------------------

●永久運動

Q 「無い」が無いこと。在ること。永久に在ること。その気分は? A 拒む

  無など無いことに気付いた以上、永遠の実在を、ここにいたっていまさら拒む理由もないわけです。大いなる意識の意図がありありと感じられるようです。 

Q →拒む気分をどうやって乗り越えているのか?     A 熱血

 よーしやるぞー!という、いつも湧き出る心意気、進化発展の楽しさは、無二の心の相棒なのでしょう。

Q →熱血の方法は?                  A 新たな開発計画

 創案・工夫、新しいビジョンがなぜか永遠に出てくるワクワク感が嬉しい、そんな最先端を行く勇気も感じます。

Q 「無い」が無い(永遠・無限・不老不死)不思議さの感覚  A 再利用・交換

 大いなる意識の多様性のなかでは、物質も自在に存在形態を変えるわけであり、無限にある資質・資源は再利用されているようです。創造と破壊という、人間から見た荒々しいまでの変化は、その変換・交換作用を言っているのでしょう。次々に物質身体も換えながら体験・進化してゆく人間存在もまた同じようです。

Q 神が、人間の意識進化を必要とするわけ        A まん延防止

 均一なものばかりで楽しいわけも無く、お前、奴、あなた、私、彼ら、あの人達・・この星、あの星、あの時空、この心、・・・1つとして同じものなどないのがこの宇宙です。進化は深化、分化も含めた無限なる働きなのでしょう。まん延など本来無いわけですが、何でもありの地球の歴史には、人類の進化の流れ、下降し続けないような、種々雑多の外部刺激もあったようです。
       
Q 神は、地球を使って人間の「」の実験をしていた   A 移転 移転

 この地球は、宇宙からの有意識存在の集まった実験・学習システムであったかもしれません。各星系からの移転や移住、意識での転移なども数百万年の時間舞台設定の中であったのでしょう。

Q →そして、その実験は「」の段階に達した  A 開発計画・「施行前」

 今は奇しくも、新たな計画の施工前のようです。ひょっとして、開発志向は、大いなる意識も、人間の意識も同じでしょうか。試行の結果、製品化を目指すのは、人間社会でもメーカーでも必ず踏むプロセスです。それを知らない場合は、外の大きな動きに対して、何か理不尽さを感じることもありますが・・・。

3次元や物質等については、人類も理解が可能となりました。但し理解とは逆に、周辺時空破壊の可能性にまでたどり着いた段階なのでしょう。我々は崖のスレスレのところに今いるようです。同時に新しい動きの発動スレスレの状況でしょうか。

Q 神は「」に耐え得ず、「」を作った     A 「円」 交換・流通

常に同じ所だけで動きを繰り返す、円での回転では多様化が生まれず、原初の±の1次元から円運動の2次元に拡張し、それに動きを与え、らせんのようにどこにでもいけるような3次元の仕組みが出来た・・のでしょうか??(ちょっと、こじつけも難しいのが正直なところです。)

Q →そして「」を繰り返すのだ             A 踏み外し

 神の自由さの故にこそ、計画というものは、必ず変更や踏み外しが起きてくるもので、かつて何度もある地球人類の踏み外しともいえる行き過ぎは、神にとってはハラハラドキドキでもあり、面映い愛しさなのかも知れません。

Q 神のずるいところ           A 再スタート 幅広い・視野

 当初の理想の計画は、演じる存在達の多様性と自由さの故にこそ、修正なども起きて来るでしょう。色々な事が出来るからこそ、予想外のハプニングも出るわけで、それを修正してしまうことは、ずるい、首尾一貫性のなさともとられるかもしれないですよね。但し全ては変化するものであれば、それもまた自然であるとも言えますが。

Q 永遠を感じるコツ                  A 今までどおり

 永遠は、今、ここにあるのは、いつもどおり、今までどおり・・ということでしょうか。

Q 永遠であることの苦しみ               A トラブル 原因

 「今」はゼロポイントで在り続けるために、永遠に変化してゆきます。今の状況が悪いと感じる場合は、それが永遠なのだと勘違いして、嘆き悲しむこともあるものでしょうか。

Q 天国は退屈?                    A 改正・訴え

 至福の天国、霊界というオアシスも進化・変化しており、それらは多くの存在達の経験や意図によって、やはり変っていくものでしょう。

Q そもそもなぜ神が存在しているのか?       A 争点や個性一言に込め

 「我有り」という原初の意識が、全てのもとであるのでしょう。論理や理由付けなど不要なもの。全ての起こりは、神の一言とも言えそうです。「最初に有る事には」理由などつけることが出来ないものでしょう。

Q 神の運動は「」→「」→「」の繰り返し        A 共同→双方→協力

 ゼロからプラス・マイナスに別れ、回転しつつ相互補完しながら無限の質量が集まり来たり、エネルギーとなって大いなる力となる。物質を含む宇宙のダイナミックなありさまなのでしょうか。

Q 神は「完全」なのか?又は「完全」に対する気持ち   A さらに巨大だった?

Q 神が「完全」+α なら、αってなに?    A スーパー 

完全は正であり、静でもあるでしょう、但し、常に完全であり続けるために、常に動き、変化を続ける。完全というものを超えた大きな不完全イメージが常にあることになるかもしれません。完全を超えるのは、常に未知なるものがあるという意識なのでしょう。

---------------------

以上、勝手な解釈をご披露致しました。

いつかきっとさんの問いかけは、まさに真に迫ったものであります。

人それぞれの考え方、感じ方もあるものと思います。1つお試しください。この峠のブログもこれでちょうど100記事になりました。感謝に耐えません。神様の秘密をお教え頂き、今ここで、なにか不思議な感じがします。


喫茶「禅」での問答 3章

2008-02-08 08:48:37 | 色々な気付き

●やさしい唯心論者のつぶやき

お客: 問答好きな茶店があると聞いてきたんだが。

マスター:へい、何にでも好奇心があるもんで。

お客: わしはね、物質など影であり、森羅万象全てはこころの反映であると思うんだが、そうだろう。

マスター:そうですよね

お客: そうか、そう思うかね。ムーん。

マスター:そのとおりですよ。

お客: ・・・・なにか反論ないのかね。話が終ってしまうじゃないかね。

マスター:あなたがそう思うならそうですよ。

お客: あのなー、それでは話が進まないんだけど・・。

マスター:それは、そのとおりであれば、それで終わりでしょう。何もないんじゃないですか?

お客: ・・・・

マスター:こころとは何でしょうかね?あなた個人の存在観点、視野からみた世界の説明ですか?こころが全てを創造しているわけであると。

お客: そうそう、そう来なくっちゃ。まあ、そうだな。私が目を瞑ったら世界は見えなくなる、私が居なくなったら、世界が消えてしまうわけだよ。従って私が世界を存在せしめている・・と。個人主義だといっても、実際そうだろうと考えていいんだよ。自分のこころという認識作用がなくなれば、その対象である世界もなくなる。

マスター:それもそうですね。

お客: なんだそれだけかね。何か反論はないのかね。

マスター:反論などないですよ。反論はないし、その「自分のこころという認識作用がなくなれば、その対象である世界もなくなる」というのも本当だと思いますよ。でもね、いい線行っているんだと思うが、それはそれで終わりですよね。・・いや意見を言えと言ったから言うんですがね。

お客: なんだ?終わりって。どういう意味なんだね。えー!のらりくらりでわからん。

マスター:例えばね、山登りをするとします。皆で目指してゆくわけですが、「私が山登りをしているのだ、ただし私が上らなければ、あの山は意味がないし、その気にならなければ山など無いと同じだ」ということと一緒ではないですかね。あなたにとっては全てそのとおり、あなたが登らなければ、山の登頂の経験も得られないしね。あなたの心持ちに全て懸かっていますね。・・・で、それはそうだと言ったわけです。

お客: なるほど、・・・しかし面白くないね。何か本質的なこととは違うような感じだよ。あんたはあんただよ、と言われているようで、面白くないね。

マスター: いや、実はお客さんが言っていることなんですよ。あなたの心が全ての元である・・という意味であれば、そのとおり、あなたはあなたの心どおりである。という意味なんですがね。

「あなた」という存在がどういうものか理解せずして、「あなた」の存在を規定しているような感じがしますねー。自分とは何か?を理解せずして、自分を定義するようなもんです。

お客: 私は真理を言葉に出したつもりだよ。ずいぶん馬鹿にするじゃないか。

マスター:下向いている人には山も見えませんが、お客さんは、山があるのを確かにご存知ですね。でも見ているだけで、まだあまり登っていないんじゃないですか。山があるのは、皆、わかる人にはわかります。

お客: ・・・理屈だけ・・みたいなことかね。

マスター:理屈は必要ですよ。自分でそれを実証しながら、また理屈が出てくるかも。右と左、+とー なんていうのは、歩くことと同じでしょう。どんどん歩けば山に登れるわけです。ちょっと苦しい時もありますがね。

お客: さっきは簡単に言ったけれど、実はこれでも色々勉強や経験をしてきてのものなんだよ。物質はこころの影だという事に気付いたんだよ。 

マスター:ちょっと生意気ですがね、生命は大きな規模で無限を開拓してゆく楽しさを体験している存在だと思いますね。こころが無ければ世界はない・・等という方向でなくて、こころが世界を現しているという方向が、私は好きですな。それにこころはあなただけにあるものではなく、森羅万象全てはこころというか、意識作用でしょうから。

お客: こころが有るは自分のみでない・・というのは分かるよ。なるほど、自己中心・・。痛いところかもな・・。

マスター: おっしゃるように、物質世界は現われているものですが、実態のないものでしょうね。その意味では影ですが、その影を創るためには実体がないといけませんね。物質世界は影、3次元ホログラフのようなものでしょうが、そのホログラフを現出している法則等は、やはり意識作用、自己認識作用でないでしょうか。人間のこころというのはそのミニチュアでしょうか。

お客: ちょっと腹立たしいが、おのれの無知を知るということかね・・・。

マスター: あなたは無知ではないと思いますよ。自分に気づいていなければ、自分が無知などと思うわけもないし、いい線いっていますよ。一種の悟りかも知れませんね。

お客: なにをっ、えらそうにー!・・・・と思うのは・・やめにしよう。

  反論ないかね、といったのは自分だからね。(ブツブツ・・)