気付きの科学 新世界版

ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創造のことです。

(2)真空のざわめき

2021-06-30 08:29:46 | 空(くう)の話

以下は、20世紀以降の量子科学的結論である。

また科学全般を掻い摘んで紹介している「ウイキペディア」その他も、

表現は異なるが、

物質とは、何も無い真空から ”湧き出しては消滅する” 微細な素粒子で創られていることを示している。

何も無いと見える真空とは、もっとも身近で、自分たち自身である・・空(くう)・・存在の根源であると言う意味である。

 

ーーー

●真空の科学的解釈ある科学サイトから採用)

「真空は決して〝空っぽ〟の空間ではなく、複雑きわまる物理系であり、この宇宙のすべては真空から生まれた」──これが、この本のメイン・テーマです。

 真空とは、空気はもとより、あらゆる物質やエネルギーを完全に取り除き、完全に空っぽになった空間ということになっています。光を含むすべてのエネルギーを取り去られた真空は真っ暗闇で、どんな観測器や検出器も反応しません。人類はかなり以前から真空の〝存在〟に気づいてはいましたが、「真空は真空であって、それ以上議論の余地はない」と考えてきました。

 ところが、20世紀に入り、真空に関してとんでもないことがわかってきたのです。なんと、真空が〝無言〟でざわめいているという事実です。──空っぽの真空がざわめく!? いったいどういうことでしょうか?

 私たち人類が見出したのは、二つの驚くべき事実でした。一つは、「真空のいたるところで多数の粒子がひんぱんに出没している」ということ。二つめは、「空間から一切のものを取り除いても、〝発生源のないエネルギー〟が取り残されてしまう」ということです。さらには、「真空に出没している無数の粒子」と「発生源のないエネルギー」とが同じものだというのですから、困惑を覚えずにはいられません。

 真空から粒子が現れるとは、まさに「無から有が生じる」ことですが、本当でしょうか? ふしぎなことに、たとえ真空にエネルギーが取り残されていても、あるいは真空から粒子が出没していても、その空間には温度がなく、真空であることには変わりがないというのです。なぜなら、真空に出没する無数の粒子(=真空に取り残された発生源のないエネルギー)は、絶対に直接観測されることはなく、温度も観測しえないからです(温度の定義は第1章参照)。

 人間の五感にも観測器にも訴えることなく、まったく観測不可能であるというなら、それは「無」と同じです。真空内に得体の知れないエネルギーが存在していても(無数の粒子が出没していても)、真空はなお真空なのです!

ーーー以上・抜粋

 

あなたの身体すべては物質・原子・素粒子で構成されている。

それは真空から湧き出し・消滅する微細なエネルギー振動である。

そして原子の中身は・・無限に近いほど「真空」なのである。

その真空に湧き出し・消滅する微細なエネルギーは、

無限に連なる周波数を構成し、ある帯域においては物質であり、

また目に見えない電磁波等であり、またある帯域においては思考や想念という波動として存在している。

・・・

全ては真空・空(くう)から出現している。

根源は・・時空のどこかの場所ではない。

今ここで、湧き出しつつ・・知覚される物質形として存在している。

 

無限の・・真空・空(くう)、あるいは何でもないものこそ・・

またそうであるからこそ、様々な波動形を無限に生み出すことが出来るのだ。

あなたの身の回りの物、自分の身体さえもそれだ。

身体のシルエットは、周囲の空間が無くてどうして存在し得ようか?

シルエット自体は時空間で変幻自在に出現・消滅するものであり、

絶対無限の・・空(くう)自体が・・・まさにそれを出現させる、

またそれを知覚・観察する者なのである!

 

もっとも身近で・・自分自身である・・それは空(くう)である。

どこもかしこも、それ・・あれもこれも、いつかも未来も・・それ、

そこから全てが出現消滅しているのだ。

 

そこで、今・・その1つの可能性が、

今のあなたの3次元的存在としての人間として実現しているのだ。

あなたは・・・

単なる・・朽ち果てるべき1個の肉体・・物質エネルギー体ではなく、

 

宇宙における、あらゆる設定・波動・環境を作りあげ・・

今・・1人の人間としての形に具現化している・・・

無限のもの・・そのものであることが理解できるだろう。

 

真我・至高の実在・・それは空(くう)、あるいは潜在意識とも言う。

その無限性を表層意識でどこまで気づくことが出来るか・・

それが無際限なる宇宙創造のプロセスであり、

またそれが・・それに気付いている者・・

魂意識の進化の道であるといえよう。

 

あなたは多かれ少なかれ、

自らの・・在ることに・・気づいているではないか。

それは・・空(くう)自らの無限性に気づいているという事なのだ。

それを「神」と言わずして・・何んと言おうか?

・・・・

実に特殊な世界での希少な体験ではありながら、

自らを矮小化、卑小化、自虐的に貶める・・

そういう遊びはもうやめようか・・。

何も知らない・わからない・・かわいそうな子供です・・

そんなろくでもない自己喪失演技は・・もう十分ではないのか?

 

 

少なくとも・・わたしは・・

無限の中にいる無限者の ”顕現” であることには違いないのである。

そこから雄々しきリバウンドを遂げる体験へと飛翔しようか。

 

少なくとも、

あなたの物質より高次の波動帯である「想念」を保持しつつ、

今生きて在る限りを使って、

宇宙・空(くう)の無限にどんどん気づいてゆく生活に切り替えようか。

それはまた・・宇宙的な調和に沿った生き方そのものでもある。

 

 


(1)空(くう)は無限そのもの

2021-06-29 06:29:23 | 空(くう)の話

空(くう)とは何だろうか?

空(くう)といえば、

それは空っぽだとか、何もないこと、無だとか考えるだろうが、

それは完全な間違いである。

空(くう)をからっぽ、無価値なもの、なにも無いことと考え、

見向きもしない姿勢は、3次元的な物質信念体系に染まっている証拠である。

物質・財産、そして肉体という物理的現象を後生大事にしながら、

それらを生み出す母体であり、

根源であるところの「空(くう)」を逃し続けること自体、

じつに愚かという事である。

 

 

お金、物質、財、それらを個人所有する優劣を競って、

一体全体何になるというのだろうか?

 

それらで社会、世界全体が先を争って沸き騒ぎ、生死を賭け、

相互に闘争しつつ、恐怖で泣き叫ぶ文明の如何に小さく幼いことか・・。

 

あなたはもう気づいていることだろう。

もし仮に・・、真に気づいたならば、

肉体維持のためにという恐怖を基にした想いや行為、

そんな、この世の「人質」身分から・・自らを開放すべき時である。

 

古い3次元世界は、それはそれ、恐ろしくも過酷で、

時に感動的な生命のゲームであったと感得すべき時が来たのだ。

愛とは、その程度で、ちまちま表現するものでもない。

 

人間社会の、愛の欠けた、歪んで腐敗した想念形ではなく、

静かに宇宙や自然の有り様を見れば、

この世界も本来は、愛がゆえに存在していることがわかるはずである。

 

・・・

無限の可能性を蔵した・・空(くう)こそが我々の故郷(ふるさと)である。

何でもない空(くう)でなければ、どんなものにも成り得ない。

空(くう)があらゆるすべてを満たしている・・根源であり、また創造の舞台である。

例えば、今までの3次元的時空間から見渡すこともできる壮大な宇宙も・・

無限の宇宙空間に浮かぶ、数え切れない・・文字通り無限の星々はまさにそれを示している。

 

空(くう)の中に、空(くう)である”自ら”の無限性を、

多次元的に創出し続けているのが・・「宇宙」である。

 

無数の星々、惑星、恒星、恒星の集合体である銀河、さらにその銀河を集めた「銀河団」、さらのその集まりである超銀河団・・・、

それらは・・宇宙空間と名付けられた 空(くう)の中に、

まず・・空(くう)自らが自身を微細な素粒子として出現しているのである。

その「空間そのもの」から出現している・・

素粒子という極超微細なエネルギー振動が、

様々なエネルギー的次元周波数で集まって、多次元的周波数帯を創り上げ、

そのエネルギー振動が・・無際限に展開しているのが、

この多次元宇宙である。

 

そして、そのエネルギー・存在・周波数帯域の1つ・・3次元的惑星世界が・・この小さな地球という顕現世界なのだ。

とはいえ、

実に小さく閉鎖された、3次元的時空認識で固まった世界であった。

 

実に粗い波動域だけしか見通せず、すなわち、

等身大の物理的事物、物質的財産、

短い時間の肉体存続だけがすべてと信じ込み、

そのために命を懸けて争い、奪い、勝負をしてまた命を落とす、

かように、命を無駄にすることが頻繁に起きるが故に、

小さな世界での輪廻・転生を繰り返さざるを得なかった世界である。

 

あなたはもう魂・意識である自分に目覚めただろうか?

あなたは特定の肉体個人であると信じ込んでいた。

いやまだ、未練がましくそれを信じているかもしれないが、

そのあなたが存在している・・・この空間、

どこに行っても、何をしても・・その場を離れたことがない・・

 

空(くう)

その空(くう)・・こそが

根源・故郷・ふるさと・・・

真の ”あなた” なのである。

 

・・

今はもう、より自由度の高い境涯に行くべき時である、

そのためには、

まず3次元レベルの物質固定観念を外さねばならない。

物質等身大の粗い次元観念から、より高次の意識的知覚へと上昇させようか。

無限の空(くう)を思い巡らすことは、

空(くう)の中に出現する様々な微細エネルギー振動を、

物語として仕上げる創造パワーであることを思い出そうか。

今はまだ、小さいながらも・・自らが神々であることを思い出そうか。

 

あなたの知覚するすべては・・あなたのこの次元の肉体ではなく、

それを通じて見ている・・

あなたの真我・・の投影像であることを思い出そう。

 

わたしたちは・・皆・・無限の・・それなのである。

 

この次元最後のカルマの騒ぎから、卒業し、

足を洗い、身を洗い、心を穏やかにし、

ことの偉大さを・・ちょっと想いめぐらしてみよう!

 

銀河系だけでも、無数の輝き、波動・エネルギー、振動帯域、

無限の生命の可能性が、すでに実現している姿を観ようか。

 

マジヤバい銀河の画像

 

  

 

  

 

 


サイは投げられた

2021-06-25 07:22:13 | 今起きていること

今起きていることの背後にあるのは、はっきり言えば「人口の調整」である。

調整というアヤフヤな言葉表現よりも、はっきり「削減」ということのほうがふさわしい。

今まで増加の一途であった人口に急激なブレーキがかかったという事である。

 

 

 

従って、今起きていることは、

人類の”リストラ”というのが妥当な表現である。

リストラとは、リストラクチャリング、再構築という意味だが、

このことの大きな要素は”人員の削減”である。

 

これが企業単位ならば削減された人員はどこかの関連企業に配属したり、

また自らスピンアウトして自力で再起をはかることになる。

なかなかの苦労だが、すでに多くの社会人が経験してきたことである。

しかしながら、地球規模になると、生きるか死ぬかということになり、魂レベルの出処進退のことになる。

・・・

リストラ、それが人類規模で行われることがあるだろうか?

でも今起きていることは「それ」なのだと考えざるを得ない。

 

あなたはどう感じているだろうか?

 

現代社会では、何が最も大切かということになると、漠然とながら「人の命」と答えるかもしれない。

もちろん比喩的な意味合いで言われることではあるが、

「人の命は地球よりも重い」・・・そういう話を聞いたことがあるだろう。

何を差し置いても人の命が大切である・・あなたもそう思っていることだろう。

しかしながら1個人の生命体がこの地球より重く、

最重要なわけではないことは、誰でもわかることではないだろうか?

・・・・

個人の人命が、他の動物よりも大事?

野良犬や野良猫は衛生や美観がゆえに次々と殺処分されていいのか?

植物資源や地下資源は野放図に伐採し掘り起こし、荒れた環境のまま放置していいのか?

それもかけがえのない人類の命のため?

・・・

そんなわけはない。

遺伝子を気付かず壊してしまう放射能がたれ流されても、

誰が病気になって死んだとしても、それを隠しとおせれば、

みんなハッピー、悪いこと何も無かったことになるのだろうか?

行政やメディアが真実を公開しないのは、

他の人の混乱や動揺を抑えて・・守るため?

そんなわけはない。

 

人命のためという、人類や個々人だけの大義名分、

そこから出て来る想いや行為は、

自己保身のために他を犠牲するということであり、

そしてその”過ち”に・・頑として・・気付こうとしないことである。

ここにすべての原因があり、この原因が今あらゆる世界的な事象に現象化しているのである。

単に、コロナだけの話でもない。

・・

人の命は地球よりも重いのか?

いいや明らかにそれは違う。

現実は、・・・地球が無くて・・地球人類は存続し得ない。

地球環境が満足に存在できずに、人類の生存もましてや福祉もありはしない。

今起きている「人口削減」の動きの背後にある大義名分はここにある。

 

その地球規模の、マクロ的な大義名分ですら、

 

人類や個々人だけの大義名分、

そこから出て来る想いや行為は、

自己保身のために他を犠牲するということであり、

そしてその”過ち”に・・頑として・・気付こうとしないこと。

 

その想念パターンなのである。

 

・・・

人口の削減・・という言葉自体、

あり得ないこと、聞きたくもなく考えたくもないだろうけれど、

今この流れが、「ひそか」にかつ「大胆に」起きていることなのである。

 

コロナ騒動の一連の流れ、マスコミの狂ったような繰り返し宣伝、どこか是認しながら中には強圧的な発言をする行政を見れば、

その密かに、かつ大胆な意図が見えるではないか?

 

コロナ騒動を解消するという宣伝文句の、

ワクチン予防接種の材料の中身や経緯、

予防ワクチンなるものが、どんな代物であるかの様々な情報を知ることが出来る人は、

そのまったく矛盾だらけの内容に戸惑うことになるはずだ。

そしてそれが確実に人命を守り、また癒すためのものでないという事がわかるはずだ。

単なる急場の対応を間違ったわけではない。

そして既に、人類の1/4~1/5ほどが何らかの接種を、恐怖を解消するものと信じて嬉々として行ったとされている。

これがどういう事象をさらに呼び寄せるのか考えもしないのだろうか。

 

ワクチンに関する素人の科学的な見解

 

世界で実際に起きていること

(これら、軽いノリで気楽そうに喋っているが、中身は実に重い)

 

そう・・・、サイは投げられてしまったのだ。

嗚呼・・・、

集合意識の一部はすでに、周到に用意されお膳立てされたサイコロを投げてしまったということだ。

現実の生活のために・・良かれと聞かされ思わされ・・・

逆に、それを台無しにする可能性の方に、

気付かず知らず賭けてしまったことに気づけるだろうか。

 

・・・・

 

今起きていることの・・大局的考え方、

飾られた大義名分は、

単純といえば単純、

人命も、地球があってこそのこと・・というものだろう。

そうでなければ、この宇宙で許されるべきものではない。

しかしながら、

地球環境をとるか、その中の人命をとるか?

人類の傲慢やおごりを排除すれば、

これは、火を見るよりも明らかである。

 

企業があってこその社員という考え・・

企業がもたなければ社員を削減せざるを得ない・・

単純な発想ではないだろうか、

その規模が大きかろうと小さかろうとである。

 

人類のために地球は犠牲にできない・・

そういう状況判断がなされたと考えなければなるまい。

もちろん、あなたや私達の個人が決めることでもないが・・。

 

人減らし、人口を削減すると?・・・・

いいやそんなことはあるはずもない・・と、

どうしても考えたいところだが、

それは・・己(おの)が想念のなかにある保身・・

他を犠牲にしても我が身大事・・という観念、

自己保身が故の習慣的反応であると心得るべきではなかろうか?

 

だってそうじゃない・・・!人口削減?・・ならば要は人殺しじゃない?

同じ人類がそんなことする?・えー?・・そんなはずはない!?

 

しかしながら・・・、

そんなことばかりが行われてきたのが、

いや我知らず、行うことが出来たのが・・

この地球というカテゴリー世界だったのである。

 

戦争や争い、殺戮・・・あなたも私たちも無縁であったのだろうか。

常に被害者意識であるシープル的人々も、

いつかかつて加害者側にいなかったと思うのだろうか。

 

そう、今起きていることは、

歪み切ったカルマの解消・解放のための現象化・具象化であり、

自己保身のために、他を犠牲にして顧みないこと、

さらに、様々な大義名分を掲げて、

その愚かさに頑として・・気づこうとしないこと・・、

 

物理的3次元レベルの地球において、

他を犠牲にしてまでも、おのれだけの生き残りを繰り返してきた・・・

そのカルマの事象化・現象化なのである。

 

今起きている驚天動地の混乱事象の、

背後にあるものに気づいたならば、

残された3次元世界の残象の中でどう生きるのだろうか?

 

この次元の最後のデトックス、

人類のカルマの濁流に流されていくのだろうか。

あるいは、

エゴの痛みを伴いながらも勇気をもって過去と決別し、

濁流の岸に上がり、新たなる大いなる道を歩いてゆく決心が出来るだろうか。

 

そうであるならば、この先予想される、

カルマを出し切ったその後の、

古い次元の全てを一新するための、

地球の大きな最終浄化さえも受け入れられるだろうか

 

 

過酷な3次元世界で学び終わったもの、

それを天に返す時、手放す時が来ているようである。

 

 

 

 

 

 


残された時間に

2021-06-20 09:04:55 | 今起きていること

このシリーズは、今起きていることに関して警告するような記事になってしまっているが、非常事態?なので致し方が無いとも思う。

また、言葉の語気が強いため、上から目線と感じもしようが、そんなことはどうでも良いことではなかろうか。

 

大切なのは、誰が言うのかではなく、

何が・真実なのか・・それを見極める努力をすることである。

・・・

繰り返すが、・・

今この地球上に実に大変な事態が起きていることに、

もう気が付かねばならないはずである。

 

・・・そんなことがあるはずがない?

未だにそう思っているのならば、

もう時間が無いことを覚悟しなければならない。

 

その他大勢の中で安眠をむさぼる状況は終わりを告げ、

自らで立たねばならない時期にきているということを自覚すべき時である。

自らで立つということは、

外側の古い価値観念のすべてを捨て去り、

今まで感じていた内奥からの魂の発露に重点を置き、

そこから出現する直感と、思いと、言葉と行為を発現させることである。

 

眼の前に無理やり出されてきたと感じもする、

緊急、喫緊この上ないテーマ、

明らかに人為的に起こされてきた・・

作られた疫病のパンデミックに対して、

 

政府が言うからとか、他の人がどうだとか、

人気はどうだとか、経済トレンドは何だとか、

世の中のそういう皮相的な思考はすべて捨て去り、

この世界の中に垣間見えて来た高次元レベルの波動を見極めなければならない。

 

人によっては全く見えないような、危険で大掛かりな「罠」、

最後の雑念ノイズのような、実にまことしやかな大嘘を見破らなければならないのだ。

 

今何が起きているのか?

そして、あなた・・自身は・・はどうするのか?

さらに、言えば・・出来うることなら・・ば、

他の人々にどうやって愛を施すことが出来るのか?

 

もう・・考えている・・という場合でもないのである。

 

隠された危険な事実

 

ワクチンを開発したメーカーの内部資料を紹介している動画。

急がずしっかりと見聞きすべきものと考える。

また、多分・・これも時間限度つきの情報開示となることだろう。

 

開いた扉は、また閉じるものである。

このまま眠るのも、次に進むのも・・自己の意識の選択による。

あなたの魂・意識による世界の選択と展開は、

決して・・・他の誰も・・それをやらない。

 

 


波動の共鳴

2021-06-17 08:26:57 | 今起きていること

予想だにしなかったことが起きることを「晴天の霹靂」という。

今世界で起きていることは、まさにそれと言わねばならない。

 

肝心なのは、事を起こしている側の隠された意図の方ではなく、

先行きを考えることなく、

その流れに簡単に乗ってしまう多くの人々の動きの方であるといえよう。

 

自分で事の真偽を調べることも無く、

外側のメディアや行政の執拗な促しを信じ込み、

また、それに触発された大勢の人の同調圧力に従って、

世界でマスクをして町を歩かざるを得なくなったり、

多くの業者が商売が出来ず廃業に追い込まれたりしても、

それがどういうことなのか?

テレビや外部の話を鵜呑みにするだけで・・・真剣に自分で考えもしないようだ。

 

また、明らかに予定されていた素早いワクチンなるものの市場投入、

これもよくよく調べれば、発明者・開発者が自ら猛毒排出装置のようなものだと言っている代物であるという裏の姿が見えてくる、

そういう危険な情報もこの世に出ているにも関わらず、

またそれが人体の(自分の)細胞核の遺伝子の組み換え式のものである可能性が大であるにもかかわらず、

タダで自分に何か良いことをしてくれるのが当たり前と考えているのだろうか。

まかり間違っても、本人の同意・許可なくやるべき筋の物ではないこと・・・すらも知らない・・という事なのだろうか。

それとも、その人たちは、

自分に代わって、メディア、行政、学者たちがすべて調べて安全安心になっているはずだと・・思っているのだろうか?

嗚呼、なんということだろう。

・・・

繰り返すが、

肝心なのは、事を起こしている側の隠された意図の方ではなく、

その流れに簡単に乗ってしまう多くの人々の意識の方である。

 

何も知らない、知ろうともしない人々の諾々とした動きのほうだ。

調べれば調べるほど、

コロナ騒動の背後に見えるトンでもない意図と、

それに簡単に反応する多くの人たちの姿に対して、

あなたも本当に・・何とも切なく感じているはずである。

 

陰謀用語?ではこういう疑いもしない人々をシープルというようで、

シープ(羊)のようなピープル(人間)という意味らしい。

 

 

しかしながら、かわいそうで、

羊の様に・・善良でおとなしい人・・・ではなく、

これは決して良いとか悪いとかの批評・判断の話ではなく、

自分の目の前の者の動きに追従するだけの人、

自分で考え、自分で判断したくない、依存心の強い人ともいえるだろう。

別の切り口で言えば、

自分に代わって、何事も誰かがやってくれるという観念が染みついた人。

こういう人、シープル的な人々は、

逆に支配側の観念に染まっている人と言えるかもしれない。

自分は何もせず、使用人、使役人、社員などがすべてやってくれる・・そんな優位な立場的観念が強いともいえようか。

やさし気で、か弱い姿の中に、強い他者依存性が潜み、

その他者依存性は・・他者支配へとすぐに変化する・・

他者への使役による”依存”も含まれるのである。

 

従って、ここにも類は友を呼ぶ、

似た(意識)波動同士間の共鳴、引き寄せ現象が起きている。

 

外側の姿かたちは違えども、意識内面で振動している・思考・想念・信念の質的内容・周波数似通っているのだ。

 

悪賢い支配側のオオカミに対して、か弱く善良な多くの羊たちではなく・・・

どちらが悪で、どちらが善とかの話ではなく、

これは全くもって、

同じ本質の別の表現型同士に過ぎないということなのだ。

 

勧善懲悪、光と闇の戦い、正義と悪の鬩ぎあい・・・・

これは3次元的世界での二元性で正当化されるものであり、

今はもう、

それを超えた視点から見なければならないのだ。