以前のブログでも書いたことがあるのですが、今年は午(うま)年ということで、馬にちなんだ漢詩を味わいたいと思います。
魏・呉・蜀が競り合った三国時代に、魏で活躍したのが曹操(そうそう)。
武人として、兵法化として、また優れた詩人として知られている彼ですが、なかでも秀逸な一節で心に残っているのが、『歩出夏門行(ほしゅつかもんこう)』という詩の一節です。
神亀雖壽 神亀は寿(いのちなが)しといえども
猶有竟時 なお終る時あり
騰蛇乗霧 騰蛇は霧に乗ずるも
終為土灰 終には土灰となる
老驥伏櫪 老驥は櫪に伏すも
志在千里 志は千里にあり
烈士暮年 烈士暮年にして
壮心不已 壮心やまず
神亀とは、「お目出たいことの起こる前兆といわれる不思議な亀」で霊亀とも言われます。
日本の歴史上では、聖武天皇の頃の西暦724年~729に、養老の後、天平の前の元号としても用いられていて、まあお目出たいことのシンボル。
騰蛇(とうじゃ・とうだ)は、干支にちなんだ十二天将の一つで空を飛ぶ蛇の神様というか魔物というか、不思議な力のシンボル。
老驥というのは老いた駿馬のこと。"驥"は騏(キリン)の"騏"と同じです。
ちなみにキリンと書く漢字には二通り合って、キリンビールのラベルに使われているのは想像上の聖獣で"鹿偏"の麒麟。
"馬偏"の騏と書くと"足の速い駿馬"という意味になり、また"櫪"というのは馬小屋のこと。
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そこでこの一節の意味は、
「めでたい亀も、長寿とはいえいつかは命を終える時がある。空を飛ぶ蛇の魔物であっても、最後には土くれとなってしまう。しかし老いて馬小屋につながれているとはいえ、かつての駿馬の志は千里を駆ける気持ちを失ってはいない。心が盛んな人は、晩年になっても猛る心を失わないものだ」 …というようなものになります。
ときどき人生の大先輩ながら、まだまだやらなくてはならないことがたくさんあると走り回っている人がいますが、まさに壮心が已(止)むことのないエネルギーを感じます。
今年は午年、千里を駆ける夢を失わずにいたいものです。