goo blog サービス終了のお知らせ 

北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

海から釧路港を眺める

2010-09-07 23:35:05 | Weblog
 今日は釧路港の長期構想策定委員会・幹事会合同会議。

 この会議に合わせて昨夜は東京や札幌などから委員メンバーが釧路に集結。北海道開発局や本省から懐かしいメンバーが集結して、夜遅くまで懇親会で盛り上がりました。上海帰り当日とは思えないハードスケジュールです(笑)。

 今日の午前中にそのメンバーによる委員会が開かれました。

 今の釧路港の長期構想は平成8年に策定されて、概ね平成20年を目標にしてつくられたもの。すでにその年次を越えたことや、新たに国際戦略バルク港としての位置づけを持とうとしているなど、港をめぐる社会環境も変わってきているため新しい長期構想を持とうという委員会です。

 委員会には地元の水産業代表者、観光代表者、経済代表、港湾物流代表など、港にかかわる関係者の皆さんも出席し、それぞれの立場から港の将来にかける思いを述べてくださいました。

 釧路港は石炭と水産から歴史が始まりましたが、その後紙パルプなどの産業港湾としての役割が増大しました。

 大まかに分けて、東港は魚の港で西港は工業用の港という役割を持っています。しかしどちらも産業用港湾なので一般の方が近づけるようにはなっていません。そのためつい意識の中から離れてしまっているのではないか、という意見がありました。

 また、かつては東京港と結んだフェリーがあったのですが、十勝港を経由するようなルートになってから不便になってついにはフェリー航路がなくなってしまい残念だ、という意見も。

 学識者の委員からは、前年に策定された長期ビジョンの議論も紹介されて、「釧路の将来は、穀物バルク港としての国家的役割を果たすべき、という視点と、同時にこの港を生かして釧路市が生き延びる術を模索しなくてはならない」という議論があったと教えていただきました。

 まさにそのとおりで、釧路から入り込んでくる荷の多くは道東全般に行き渡っていて、網走までもいく荷物があります。しかしその反面、釧路から外へ出てゆく荷物が少ないのがなんとも残念。

 安定的に出るのは、新聞紙用の紙やホクレン丸による牛乳くらいなもので、あとは収穫期の農産物でしょうか。この荷物の偏りが弱いので、さまざまな加工品をどこへ出すか、という戦略が求められます。

 中国相手の新鮮な食材などは魅力的ですが、賞味期限の問題をクリアしなくてはなりません。悩みは深いですね。

    ※     ※     ※     ※     ※

 午後は委員会メンバーが参加して、開発局港湾事務所所有の調査船たんちょうに乗って、釧路港を海から見る見学会を行いました。

 西港の一角から出発しましたが今日は結構船が停船しています。バルクの穀物を運ぶ船もあれば、紙を運ぶRORO船、牛乳を運ぶホクレン丸、コンテナ船などがあり、フィッシャーマンズ・ワーフMOOにはサンマ漁の船も停泊中。


          【牛乳を運ぶほくれん丸】


          【紙を運ぶRORO船】


          【穀物用のバルク船】


 MOOの近くでは、飛鳥Ⅱクラスの豪華客船がつけるような耐震岸壁も整備中。今まではぼろぼろの岸壁に着くことが多かったので、これが完成すれば出迎えも絵になることでしょう。

 まともに釧路港を海から見たのは初めてで良い見学会でした。

 港湾関係の人といると、港湾物流の様々な知識も得られるので流通に関する教養が高まってとても勉強になりました。

 港も奥が深いのです。



          【水上から見るMOO】

 
    ※     ※     ※     ※     ※

 いよいよ明日から三日間にわたって9月議会冒頭の一般質問が始まります。

 市長も交えて答弁調整が終わったのは夜の12時。緊張が走ります。


          【夜遅くまで打ち合わせが続く】  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする