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ふるさとの雪の思い出 その1

(大代川土手のスイセン)

夜が更けて雨が烈しく降っている。救急車のサイレンにパトカーのサイレンが続く。この雨の中、交通事故でもあったのだろうか。

今年は、我がふるさとは、何十年ぶりという大雪に見舞われた。最高に積もったときは1メートルを越したであろうか。我がふるさとの雪の様子は町の電気屋さんブログ(当ブログのブックマークにある)で時々見せてもらって来た。50センチ積っても、暖かければ、ふるさとの雪は一日で10センチや20センチ、どんどん融けていくから、あれだけ降った雪ももうほとんど消えてしまっただろう。

雪の降るはじめ、日本海から雪雲が押し寄せてくると、夕立でも来るような真っ黒い雲で空が覆われて、昼間でもあたりが暗くなり、ごろごろと雷さえ鳴ることがある。この雷を「雪おこし」と呼んだ。雪は北西の風に流されて、やってきて、辺りが真っ白になるほどに降りしきる。昼間はまだ大地が暖かいのか、地表に積ることは少ないが、夜になるとみるみる積っていく。

夜が更けて来ると、町の音が消えて妙に静かになる。積雪は消音効果があるのだろう、犬の遠吠えすらかき消されてしまう。そんな夜は深々と冷えてくる。当時、町場の家には内風呂が無かった。町内に銭湯があるが、そんな夜には表へ出られない。火鉢と炬燵が暖房用具で、お風呂で暖まれないから、蒲団に入っても足がなかなか暖まらなくて寝られない。お袋が湯たんぽを用意してくれる。金属製の湯たんぽに熱湯を入れると熱すぎるので、布袋に入れてちょうど良い温度にする。足が温かくなるとその熱は全身に回るようだ。ただ、低温火傷には気をつけないとならない。我々の世代はその頃の低温火傷の痕を1ヶ所や2ヶ所、必ず持っているはずである。自分も右足首に低温火傷の痕が残っている。

朝、起きて最初に見るのは小さな庭に積った雪である。空が開いた空間の大きさに雪が積もっている。一晩で50センチ位は普通に積った。小屋根にも同じ高さの雪が積もっている。もちろん、表にも同じだけ雪が積もっているわけで、雪かきをしなければ表にも出られない。玄関の幅だけ、すでに雪が掻かれているが、道路は雪かきがされないから、通学、通勤する人は長靴を履いて雪を踏み固めて歩く。家を出る時間が少し遅い子供たちは、すでに踏み固められた部分を歩けばよいが、少し脇へ逸れれば、たちまちずぶりと腿まで入って、引き抜くと長靴に雪がいっぱい入っている。その場で出して置かないと、そのまま置けば長靴に水が浸みて、冷たくて大変辛いことになる。

今のように車が無い時代、雪が降ったらバスも止まり、学校や職場や駅までただ歩くしかなかった。それでも町の機能は麻痺したとは言わなかった。人々には冬の備えが出来ていた。雪に閉じ込められても、ご馳走は出来ないが、食うには困らなかった。
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