前回の記事のタイトルの番号が間違っていましたので、今回の番号から正します。すみません。
前回は冒頭で、日銀のバランスシートの私の説明に違和感を持たれる方がいらっしゃるとお伝えしました。そういう方は、国債購入の仕方を工夫すれば、もっと世の中におカネが回るのではないか、というご意見をお持ちのようです。コメント欄にあった提言は、市中銀行の当座預金などあてにせず、現金でそのまま買えばおカネは世の中に出回るはずだ、というものでした。今回はそうは簡単にいかないということを、じっくりと説明します。
違和感その1.当座預金をもって国債を買う
私の説明には、「日銀は国債を買うのに当座預金によるファイナンスに頼っている」、と書かれています。違和感ありとのことでそれを避けて、他に言葉がないかといろいろと考えたのですが、うまい表現がみあたりません。
日銀のバランスシートはすでに示しました。資産には国債がいっぱいあり、負債には当座預金がいっぱいあってバランスしていました。では日本同様国債などをしこたま買って大量保有しているアメリカのFRBはなにをもって国債に投資しているのでしょうか、それを見てみましょう。
日本総研に河村小百合という金融政策や中央銀行の研究をされている方がいます。なかなか鋭い分析をされる方ですが、その方が16年に書いた論文の数字を借用します。論文名は「米連邦準備制度の正常化戦略と今後の金融政策運営の考え方」という長たらしいですが、興味あるタイトルです。日本総研のサイトに行くと見ることができます。
その中にアメリカが大緩和策を導入する直前の07年12月末と、拡大を終えた15年12月末のバランスシートの比較がありますので、それを見てみます。細かい項目・数字は省略し、大きな項目だけを記載していますので、資産と負債の額は一致しません。
07年12月末 (億ドル)
資産 負債
国債 7,546 銀行券7,918
緩和策導入前は実に単純で、銀行券で国債を買っていたという形です。国債はほとんどが短期物で、金融調節のオペレーション上必要なだけ買います。金融調節とは現金を含む市場の資金ニーズに応えたり、短期金利を操作したりすることを指します。
それが超緩和策の終了時の15年末には国債とモーゲージ債を合わせて4.2兆ドルも積み挙げています。その資金どこから出ているかと申しますと、負債側の銀行券の若干の増加と、これまではほとんどなかった市中銀行の預金などでまかなっています。
15年12月末 億ドル
資産 負債
国債 2兆4,616 銀行券1兆3,808
モーゲージ債 1兆7,475 預金 2兆2,087
レポ等 4,985
上記資産計 4兆2,081 上記負債計 4兆870
要はどこの国も中央銀行が国債を買うには現金払いだけでなく、預金の受け入れが必要だと言うことです。
07年末の平常状態のバランスシートの説明は、こうも説明できます。それは、
「世の中が必要とするドル通貨を供給するため、FRBは国債を買っている」。
この説明のほうがみなさんの実感に合うのかもしれません。世の中の資金調節をするのが中央銀行の役目で、実際のやり方は信用に問題のない国債の売買などで行います。金融を緩めようと思うと国債を買って資金供給をし、金利を下げます。引き締めはその逆で、国債を売却して資金を吸収し、金利を上げます。
「日銀も国債を買うのに現金で買えばいい」、という方の主張と同じ方向を向いています。
しかしリーマンショックの後始末が必要となると、FRBは国債とモーゲージ債を大量に買い進みました。07年、国債のみ7,546億ドルだった資産が、15年末には6倍の4.2兆ドルに達しました。
その間、銀行券も0.6兆ドル増えましたが、それはさほど大きな増加ではなく、大半は金融機関からの預金2.2兆ドルでまかなっています。 ドル現金通貨の増加は、経済の拡大に伴い必要となるドル紙幣を供給しているという意味合いが強いのです。
それでも、国債購入の一定量は、現金による支払いでまかなえるということですから、もっともっと現金払いにすればよいのでは、という議論がでてきそうです。それが次の違和感その2.です。
違和感その2.現金をもって国債を買えばいいのに
一見可能なように見えるこの方策も、実は物理的には不可能です。その理由を示します。
1兆円を1万円札で積み上げると高さはいったいどれくらいになるでしょう?
10kmだそうです。100万円を1cmで計算しています。
10kmは想像がつかない高さなので、3個に分けて富士山3個分弱としましょう。
400兆円では、富士山の高さに小分けして 3 X 400 = 1,200 個分となります。
こう示しても、まだ実際には見当がつきませんよね。
では、1兆円をトラックで運ぶと、何台分か。正解は10トントラック10台分だそうです。国債のトレーディングでは、1兆円のトレードはごく普通にありうる取引量です。もちろん普通はトラックによる現金輸送ではなく、単に口座間の振替えで決済します。
毎年80兆円の国債バカ食いをトラック何十台もの現金輸送で処理するのは、まったくもって非現実的です。まず売り手の市中銀行が拒否します。
みなさん、毎月の給料やボーナスを、今月からは現金払いのみにすると言われたらどうしますか。拒否する人がいるかもしれませんが、しかたないからもらいますよね。そしてすぐ銀行に預けますよね。でないととても危ないし、公共料金やクレジットカードの口座引き落としなどができません。よほどおカネがなくて困っている人以外、キャッシュをポケットに入れて現金払いはしないでしょう。
国債を売った銀行も同じで、物理的に輸送は困難だし保管も困難。それに札束を誰が数えるのでしょう。札勘は昔は新入行員の役目でしたが、今は機械が行います。しかしこれとて兆円単位で国債を売却するメガバンクは、やってられません。
では、百歩、いや千歩譲って銀行が現金払いを受けたとしましょう。銀行はたとえ現金で受けたとしても、その後は扱いの容易な電子的決済ができるよう、現金をすぐに日銀に持ち込みます。みなさんや企業が決済用資金を銀行に預けるのと同じです。
銀行が日銀に現金を持ち込むと、日銀と銀行の勘定はどうなるでしょう。当然銀行の預金、つまり日銀にある銀行の当座預金が増加します。これで元の木阿弥になります。いくらキャッシュをもって支払っても、すぐに日銀に還流しておしまい。世の中には出回らないのです。
「緩和なんて札を刷って国債を買えばいい」という単純な考えはまず物理的に無理ですし、それをたとえ無理強いしても、現金はすぐに日銀に還流し当座預金が増えるだけなので、意味はないのです。企業やみなさん自身が現金の処理に困り、銀行に持ち込んで預金が増えるのと同じなのです。
だから日銀もFRBも、ECBも現金での購入などやらないし、それに対してしろうと以外から文句は出ません。日本で文句を言っているのは、わけのわからないことを言い張るリフレ派と、実務を理解しないわからず屋くらいなのです。
まとめます。
たとえ日銀が銀行から国債を現金で買っても、銀行は現金をすぐ日銀の口座、つまり当座預金に預けてしまうので、世の中に出回ることはない。つまり当座預金に還流してしまう。企業も我々家計も、現金に対するニーズは小さいので、銀行は行内に大量の現金を保有する必要がない。
以上が国債を現金で買っても意味はないことの説明です。ここまではご理解いただけますでしょうか。みなさんからのお返事をお待ちします。