ウォール街で予測の神様と言われた男がいます。その名はヘンリー・カウフマン。アメリカの金利の大きな転換点を言い当てたアナリストとしてその名を轟かせました。アメリカ金利最大の転換点とは1981年の高金利からの転換点です。金利レベルの変化がどの程度だったか、長期金利の指標である10年物金利を例にとり説明します。戦後からの超長期的推移を見ますと、40年代の2%台半ばから20年かけて60年代にやっと3%台半ばまで上昇。ところがその後の20年間は怒涛の上昇を見せ、80年になんと15%程度まで上り詰めます。その間には73年のオイルショックで原油が2倍に高騰し、一般物価も世界的に大暴騰。日本でも74年のインフレ率が23%にもなり「狂乱物価」と言われたこともありました。
10年物金利が15%に近づいた時に金融アナリストとして名をはせていたヘンリー・カウフマンによる神のご託宣がありました。
「金利は転換点を迎え、低下する」という予測を出したのです。当時カウフマンはボンドハウスとして「ウォール街の帝王」とまで言われたソロモン・ブラザーズに在籍し、チーフ・エコノミストを務めていました。
ご託宣直後にピークを付けた長期金利は2020年代の現在までほぼ一貫して低下を続け、遂に1%台に至りましたので、彼のご託宣はいまだに生き続けていると言っても過言ではありません。
その彼が最近久々にご託宣を出したのです。その内容は、「FRBは今年の年末から年始にかけてゼロ金利を解消する」というものです。FRBの示唆や一般的予想よりはるかに転換点は早く来るという予想です。
ではちょっと長いですが新潮社の国際情報サイトである「Foresight」によるインタビュー記事を興味深い内容ですのでそのまま引用します。コロナへの対処やアメリカ経済・金融財政事情の見通しも述べています。
タイトル;予測の神様カウフマン氏「来年にかけて米ゼロ金利解消」
21年5月14日
米国の物価上昇が世界の市場を揺さぶっている。(林の注;4月の物価は前年比4.2%)大規模な財政出動や金融緩和の継続が、経済に何をもたらすのか不透明感が強まってきたためだ。1982年に始まった金利低下への大転換を言い当て「予測の神様」と呼ばれるエコノミスト、ヘンリー・カウフマン氏に聞いたところ、米連邦準備理事会(FRB)は「ゼロ金利を年末から来年初めにかけて解消する」と予想した。
――市場でインフレ懸念が高まっています。
「景気が平常のレベルに回復するのに伴い物価は上昇する。とくに景気回復の初期にはインフレ圧力が急激に拡大するのは避けられない。年後半から来年にかけて物価は一段と上昇し、インフレ率は2~3%程度まで上昇すると予想する。新型コロナウイルスが景気に与える影響が収束するのに伴い、ゼロ金利も年末から来年初めにかけて解消するとみている」
「ただ、米国や世界の他の諸国がコロナ危機から脱却すれば、インフレ圧力が長期にわたり加速する可能性は小さい。世界経済は依然として物やサービスで生産能力がかなり過剰な状態となっているからだ」
――パウエルFRB議長は資産購入縮小の時期はまだ先と表明しています。米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の政策金利見通しでは2023年末までゼロ金利が中央値です。
「FRBは現在、月に1200億ドル(約13兆円)相当の米国債と住宅ローン担保証券(RMBS)の購入をいつ止めるかのタイミングをはかっている最中だ。コロナの収束がはっきりする今年後半にはテーパリング(購入縮小)を開始するとみている」
――コロナ禍の景気後退への政府やFRBの対応をどう評価しますか。
「景気のサイクルから逸脱し、100年に一回くらいしか起こらないという意味では異例の景気後退となった状況で、米国債やRMBSといった資産の購入を実施したFRBの対応は評価できる。ただ、信用度に劣る低格付け債(ジャンク債)などの民間企業の債務や州・自治体の地方債まで購入の用意があるという意思表示は不適切だ。金融市場が不必要にゆがむ要因になるからだ」
「コロナ禍で打撃を受けた航空業界への政府支援も別のやり方をすべきだった。業績が悪化したのなら米連邦破産法11条による会社更生を申請し、その下で事業を継続すべきだった。市場メカニズムを利用すれば、政府は支援金を別の用途に回すことができた。航空業界にとっては債権者との交渉で債務の構成を改善する機会にもなったはずだ」
「こうした危機に直面した場合には、政府や中央銀行が能力以上の介入をするよりも市場の機能に委ね、いくつかの会社の破綻などを許容しながら、経済を回していくというのが得策だ」
――バイデン政権になって"大きな政府"を懸念しますか。
「現在の米経済は、Capitalism(資本主義)から、大きな政府、大企業、大手金融機関が寡占するStatism(国家統制主義)に転換しつつある。例えば、1990年代には金融機関大手10社で米金融資産の10%を握るにすぎなかったが、現在ではそれが80%に上る。国民の貯蓄や投資資金の流れの大半を大手10社が握るという状況はマネーを広範に配分すべき金融市場の競争を妨げる」
――今、金融市場で最大の懸念は何ですか。
「中央銀行による過剰な流動性供給で、ジャンク債など投機的な債券も利回りが急激に低下し、投資適格社債との利回り格差が急激に縮小したことだ。格付けがトリプルAの社債は1980年代には60本ほどあったのが、現在ではジョンソン・エンド・ジョンソンとマイクロソフトの2本だけだ。社債の質は全般に悪化していながら金利が低く抑えられている。金融政策が引き締めに転じた時にジャンク債市場が深刻な打撃を受ける可能性がある。それを懸念している」
以下はインタビューに続くカウフマン紹介記事の内容です。
ヘンリー・カウフマン(Henry Kaufman) ニューヨーク連銀、米証券ソロモン・ブラザーズの調査部長、シニア・パートナーを経て88年に独立。ヘンリー・カウフマン&カンパニー代表。金融危機を前に警鐘を鳴らし「予測の神様」と呼ばれた。このほど出版した著作「The Day the Markets Roared」で、30年間続いてきた金利上昇から低下への大転換を予測した82年8月17日のメモや、予測を巡る金融業界の動揺を描いた。3カ月物米財務省証券(TB)の金利が15%近かった当時から40年近くを経てゼロ金利に至る現在までの金利低下の始まりの予測だった。93歳。(私はソロモンに90年に入社したため、彼とはすれ違っています)
ここからは林の解説と見方です。現在FRBは市場に資金を供給するために国債や住宅抵当証券を大量に買い入れ続けています。テーパリングとはその買い入れ額を徐々に削減する政策変更ですが、額を削減しても買い入れを続けるのに何故そのことが大きな問題になっているのでしょうか。それは08年のリーマンショック後に大規模緩和をして、そこから経済が回復している13年に買い入れ額を削減しようとして当時のバーナンキFRB議長が「テーパリング」の一言を言ったとたん、株式市場が暴落してしまったからです。
その再現を嫌って現在のパウエル議長も緩和基調の転換に非常に神経質になっています。しかし13年5月のバーナンキショックは実際には大暴落ではなく、大ショックというほどのものではありませんでした。ですので私にはバーナンキは「あつものに懲りてなますを吹いている」としか思えません。
それでも先日「アメリカ株式バブル崩壊の足音」で書いたように、あらゆる資産価格が大きく膨らんでいるため、特に株式市場や仮想通貨市場の反応は厳しいものが見込まれます。FRBは23年までゼロ金利政策を続けると示唆しているため、市場の見方もそれに近いのですが、カウフマンは1年以内とかなり強気の見方をしています。
私自身はその中間、カウフマンよりは遅いが市場やFRBの示唆よりは早めにテーパリングが開始され、金利も上昇を始めるだろうと思っています。