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神様のご託宣、後日談

2021年05月29日 | アメリカの金融市場

  前回の投稿で1980年代初頭ソロモン・ブラザーズのアナリスト、カウフマンのご託宣が大当たりし、それまで金利が上昇一方であったのが、金利の下降トレンド入りした。それがいまだに収まらないと申し上げました。

  この場合の下降トレンドとは、40年レンジの非常に長いスパンのお話です。しかし実際には金利は日々上下し、時折大きなイベントがあると乱高下します。カウフマンは大きなトレンド変化を予測しただけでなく、短期的な上下もかなりの確度で言い当てていました。

 

  一方、当時投資銀行としてのソロモン・ブラザーズは最強のボンドハウスの名を欲しいままに、債券トレードで毎年莫大な利益を上げていたのです。そこに目を付けたSEC(証券取引委員会)は、ソロモン・ブラザーズの査察に着手しました。トレーダー連中がご託宣をあらかじめカウフマンから聞き出し、先回りして売買しているのではないかという疑いをもったのです。債券価格が上昇する予測が出る前に買っておき、ご託宣が出て市場参加者が買いの手を入れる時にはニッコリ笑って売り渡す。そうすればいくらでも儲かるので、あのような莫大な利益を上げているに違いないと目星をつけたのです。

  しかし査察が入って間もなく、ソロモンは無罪放免となりました。ソロモンのトレーダー達は、そんなすぐにバレるようなドジは踏んでいなっかたのです。ではどうして大儲けできたのか。その理由は、ご託宣に動かされウゾウムゾウの市場参加者が全員買いに回り価格が暴騰した時に、逆に空売りを仕掛けるという勝負をしていたのです。一日で非常に大きく買われると、その反動は必ずあると踏んで、ウゾウムゾウとは逆のトレードをして儲けていたのです。

  逆も真なり。金利が上がるというご託宣が出ると、みんなが債券を売りに回る。そこで底値を拾い、反動でみんなが買う頃に売りに回る。株式でもそうですが、暴騰や暴落の翌日などは反動が出ます。反動の値動きが小さくとも繰り返すことでチリも積もれば山となる。

  売買のヒストリーはトレーダー一人一人の記録が詳細に残されていますので無実が証明され、あっと言う間に無罪放免となりました。しかしそうした手口が知れ渡ると次々に真似る証券会社が出てきて、利益率も落ちてしまいました。その次に出てきたのがアービトラージ=裁定取引という手法です。

  単純な売り買いでは得もすれば損もする。丁半バクチのような原始的手法では大きな損失を被る危険性もあります。その点、裁定取引では市場全体の動きには中立のポジションを取るため、大暴落したからといってたいして損もしなければ得もしません。その原理を簡単な例で説明します。

 

  今のNY株式市場を例にとります。ここ10年程度、代表的銘柄30種で構成されるNYダウ平均株価に比べると、ナスダック市場はかなり株価の値上がり率は高く推移しています。今後もそのトレンドが続くであろうと見込んだ場合、ナスダックを100単位買い、ダウは同じ100単位空売りします。

  その両建てのポジションを取る意味は、例えば今回の突然のコロナ禍の暴落があっても、したたかに生き残ろうという戦略です。もし2020年年初にそのポジションをとったとします。するとそのわずか3か月後突然のコロナ禍により、株式市場全体は3割もの大暴落に見舞われました。しかし両建てにしていたためその時の損得はダウの33%下落に対してナスダックは25%でした。すると空売りしていたダウでは33%の利益。買っていたナスダックでは25%の損。その差8%が儲けとして残ります。もしどちらかを買いだけで保有しているとダウ だと33%、ナスダックだと25%損してしまいます。売りと買いを両建てにするのはこうした暴落への備えになります。

  ではそのポジションを21年の5月末現在まで保持しているとどうだったでしょうか。空売りしているダウ は20%値上がりしてしまったので、その分が損失になります。一方買い持ちのナスダックは52%値上がりしていますので、その差は32%と、大きく儲かります。52%まるまる得はしませんでしたが、暴落時にもヘッジされていたため、ニッコリ笑ってやり過ごすことができたはずです。

  これはたまたま成長著しいナスダックとまあまあの成長であるNYダウをヘッジに利用した成功例です。もし今後も何年か同じような傾向が続くと見れば、この戦略は続ける価値があるかもしれません。

  しかしナスダックの高成長もそろそろだと考えるのであれば、逆のポジションを取りましょう。つまりナスダックを空売りして、同額のダウを買うのです。そうすれば今後の株式市場全体の暴落には備えられますし、うまくいけば行き過ぎたナスダックの空売りで儲かるかもしれません。

  しかし今後もナスダックの成長が著しいと、両者の乖離が縮小せず逆に拡大の一途をたどり、股裂きに合うかもしれません(笑)。

 

  ソロモンでは80年代後半から90年代にかけて高度な数学的解析手法を使い様々な裁定取引を行い、莫大な利益をあげていました。90年に入社した私も、日本市場ですら裁定取引部隊の儲けぶりには本当に驚かされました。

  ところが好事魔多し。91年に債券トレーダーの一人がアメリカ国債の新発債発行額の9割方を買い占めるという違法行為をして、債券取引や裁定取引のヘッドが全員クビになりました。新発債を毎度ソロモンが力任せに買い占めるのはけしからんとして、3割までにしろというルールができていたのです。その名もソロモンルールと呼ばれていました。

  そこでクビになったトレーディング部隊の何名かが自分たちの実績を背景に、94年にLTCMというヘッジファンドを組成して資金を集めました。そのグループにはノーベル経済学賞を取った研究者まで参加したためドリームチームと呼ばれ、なんと初手から1千億円を超えるカネを集めました。最初の3年間は毎年数十%にものぼる利益を出しましたが、97年からのアジア危機で股裂きに合い、数千億円の損失を出し解散したのです。先ほどの例でたとえれば、ナスダックもいずれ崩れるに違いないと踏んで空売りしたのですが、ヘッジ用に買ったダウとの差は開く一方で、股裂きに合ったというような具合です。しかもその損失処理額が大規模な裁定ポジションを取っていたため莫大で、なんとFRBが出動するまでにいたりました。こうして裁定取引も舞台の主役から降りることになったのです。

 

  奢れる者久しからず。儲け過ぎるといずれは破綻が待っています。LTCMしかり、その後のリーマン・ブラザーズしかり。今後のナスダック市場についても複数の識者から、「いにしえの南海泡沫事件やオランダのチューリップ投機並みだ」と言われるほどになっていますので、要注意です。

 

  おのおの方、決して油断召されるな!

 

コメント
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