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リーマンショック後10年に寄せて その1

2018年09月29日 | リーマンショック後10年に寄せて

  トランプが国連の演説で自画自賛を始めたところみんなが笑いだし、「こんな反応は予想しなかった」と照れ隠しで言った言葉でさらに失笑を買いました。かわいいトランプちゃん、自分の支持者向け演説と同じように、世界はオレ様を称賛して拍手、いやスタンディング・オベーションが返ってくると思っていたのです。

  では会場の笑いの意味は何か。自分がどの大統領より多くの業績を挙げたというのが、悪い冗談だという笑いです。つまりパリ協定からの離脱やイランの六か国国協定からの離脱、TTP離脱、エルサレムへの大使館移転など、世界にとって大迷惑なのに「業績だって、冗談だろう」という笑いなのです。

そのニュースをBBCのサイトから引用します。

「自分の政権が米国史上「ほとんどどの政権より」も多くの業績を達成したと自慢すると、会場からは笑い声が聞こえ、大統領は「そういう反応が返ってくるとは思ってなかった」と笑い返した。一方で、エマニュエル・マクロン仏大統領やアントニオ・グテーレス国連事務総長は、多国間主義の重要性を熱弁した。トランプ氏はまたイランが中東全域で「混沌(こんとん)と死と破壊」の種をまいていると非難し、加えてグローバリズムを否定した。」

  グローバリゼーションの旗手のはずのアメリカが、グローバルに物事を解決する場である国連でそれを否定し、横暴な振る舞いをしています。

  一方国内ではトランプ陣営の選対本部長で訴追されているマナフォート氏が司法取引に応じ、すべてを白状するとのこと。いよいよ包囲網が狭まっています。そうした中でますます破れかぶれの政策を実行しています。

 貿易問題での強気発言も中間選挙までだという観測が多くみられますが、それはまったくの間違いだと私は思います。中間選挙で負けようが勝とうが、選挙後彼の頭の中は2年後の再選問題でいっぱいになるため、ますます支離滅裂な政策を打ち続けるに違いありません。もちろん負けたらえらいことになるでしょう。

  それにより自分がさらに追いつめられることなど、小学生並みの頭のかわいいトランプちゃんには理解できないのです。

  窮鼠猫を噛む状態のアメリカ大統領が世界平和のカギを握る図など、絶対に見たくはありませんが、それが現実です。

  私はもちろん、中間選挙では下院で共和党の負けを予想しています。キーワードは「女性票」です。トランプの支持率40%は岩盤だと言い立てる人々は、その反対に50%以上の不支持率の岩盤があることを忘れています。今回の選挙は大統領選とはシステムが違い、彼の支持・不支持率はそのまま下院選挙では結果に反映される可能性が強いのです。ちなみに大統領選挙ではヒラリーの得票率はトランプの得票率を上回っていましたが、選挙人の獲得数でトランプが勝利しています。

 

  さて今回の本題です。9月はリーマンショック後10周年でした。それに寄せて、あの金融危機とはなんだったのかをこの時点で振り返ってみましょう。「災害は忘れたころにやってくる」という格言を噛みしめる必要性を今こそ感じるからです。

  まず初めに、まとめの意味で3つの項目を上げます。

第一は、震源地のはずのアメリカが10年後までに先進国諸国では一人勝ちした

第二は、危機後に報道やエコノミストなど誰もが言っていた「アメリカにも失われた10年が来る」というようなことは全くなかった

第三は、金融危機を作り出した側の投資銀行のほとんどが消えてなくなった。含むソロモン・ブラザーズ(笑)

  日本のバブル崩壊の場合、資産価格の下落やデフレの継続により20数年後でも株価は元には戻らず、大都市の一部の路線価だけが最高値に戻っていますが、地方の地価は戻る様子はなく、沈みゆく一方です。

  私は著書で「アメリカ発の金融危機は全治3年」と書きました。3年と言えた根拠は、政府から巨額の支援を受けた巨大金融機関はたった2年間ですべて返済し終わり、倒産した巨大メーカーGMも3年後には再上場を果たして復活したからです。ちなみに日本の場合、公的資金の注入を70兆円の最大値にまで拡大したのが崩壊後9年目の99年です。その後に返済が始まり、最後のりそなの完済は2015年です。なんというスローペースだったのでしょう。

  すでにバブル崩壊を経験した日本の多くの識者は私のように楽観的になれなかったようで、「アメリカにも失われた10年が来る」と言い続けていましたが、そのようなことはありませんでした。

  欧米では10年前の危機をリーマンショックとは呼ばず「金融危機」と呼んでいますので、ここでも今後は主にその名前を採用します。何故リーマンショックと呼ばないのかと申しますと、リーマンの倒産は金融危機と言う大きな事象の中の一つの象徴的イベントに過ぎないからです。 

  金融危機後10年が経ち、経済紙や一般報道機関が様々な回顧をしています。しかし共通して欠けていることがあるのを指摘しておきます。それは、株価や不動産価格がピークを付けた後、暴落や雇用の喪失がひどかったことばかりを言い立てますが、「ピークを付ける前までは行き過ぎたバブルがあって、みんなでそれをエンジョイしていた」という事実の指摘です。

  それは日本でも同様で、バブル崩壊後のひどさばかりを言っていますが、崩壊前は信じられないほどバブルに踊り、遊び呆けていたのです。私には「単にその付けが回ってきただけ」と見えます。エンジョイしたことはすっかり棚に上げ、せっかくの好景気が崩壊したと言い立てています。そしてその後長引く不況に対しては「政府が無策だ」と言うのはアンフェアーです。まずは自分たちが踊ってしまったこと自体を大いに反省すべきなのです。でないと、こうしたバブルは形を変えてまたやってきます。

  同様なことはアメリカでもそうで、政府がリーマンを崩壊させなければ、あれほどひどくはなかったはず、というようないいとこ取りをしようとする論調が危機後10周年特集などでも多く見受けられますが、まずはそれを作り出した人々をあぶり出し、踊った人々を糾弾しておく必要があると思います。

  アメリカで言うと、この危機の主犯はもちろん『マエストロ』という称号をいただき主犯の認識なく職を辞し、07年に崩壊が始まったころに自画自賛の自叙伝を出版した元FRB議長のグリーンスパン氏です。本の題名は「波乱の時代」上下2巻、副題は「世界と国家を語る、これからの市場と経済」でしたが、サブプライム問題などこれっぽっちも触れていませんでした。お気の毒に今ではこの副題は笑い話です。サブプライム・ローンやそれを債券化した商品のほぼすべては彼の任期中に積みあがったもので、責任は金融監督庁とFRB議長の彼にあります。

  さすがに彼もそのことを反省して大部の自叙伝の出版から1年後くらいに、自分は間違っていたと反省の書を60ページほどの小冊子の形で出版しています。タイトルは「波乱の時代 特別版―サブプライム問題を語る」です。その小冊子を先に読んでいれば、数千円の上下2巻など買わなくても済んだのに、と思ったのは私だけではないと思います(笑)。まあ、中央銀行のマエストロと言われたトップもこうして間違うのだ、というよい反省材料は提供していただいたので、よしとしましょう。

  さて日銀のクロちゃん、果たして自叙伝を出すほどの成功を収めるか、そしてその後小冊子を出さなくて済むか(笑)、今後が見ものです。

  と書いては見たものの、日本の役人はどんなにひどい失敗をしても成功をしても、決してそれをネタに本を書いたりしません。歴史を綴ることの大切さを知らないのか、黙して語らずが役人の不文律なのか知る由もありませんが、きっと墓場に持っていくのが日本のお役所のお決まりなのでしょう。

コメント (2)
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