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「貿易戦争に勝つのは簡単」、だってさ

2018年03月09日 | トランプでアメリカは大丈夫か?

  トランプちゃん、南北の和平攻勢にとまどいながら、5月に金正恩と会談することが決まったようです。「核放棄を完全に約束しない限り会うことはないと」あれだけ言っていたのに、いつものちゃぶ台返しです。

  前回も申し上げたように、我々も頭の体操をしながら思考を柔軟にしていないとついて行けなくなるので、要注意です。

  一方で「すべての貿易相手に鉄とアルミへ一律の高関税を課す」というアドバルーン、すでにだいぶしぼんできました。

  トランプが高々とアドバルーンを上げるのはいつものやり方で、高々と上げては風を見ながら徐々に降ろします。今回も株式の暴落という暴風を受けて、「カナダとメキシコは例外だ」とし、さらに株式が落ちると「しっぽを振る同盟国は勘弁してやる」ともう一段アドバルーンを下げ、日本のようにしっぽを振る国を募っています。

  その間に国家経済会議委員長のゲーリー・コーンが貿易戦争をしかけるトランプに対し「やってらんねー」と辞任。彼は他でもないゴールドマンの社長兼COOからの転身です。よせよせとみんなから言われたのに就任し、結局1年ちょっとで去りました。トランプ政権の中枢を占めるゴールドマン出身者が、どんどん去っていきます。彼はトランプの極端な政策に対する防波堤だったので、トランプの暴走はよりひどくなりかねません。これでトランプ劇場「そして誰もいなくなった」は重要閣僚6人目の辞任で第6幕が下りました。市場を知り、市場と対話を行える経済の司令塔を失って、いよいよ混迷を深めることになるでしょう。

  トランプの宣戦布告に対して、EU、欧州各国、カナダ、中国の首脳などが異例の猛反撃を行っています。かわいいトランプちゃん、株式の暴落に驚きながらも、各国の反撃に対して先週以下のようなコメントをしました。

  ロイター記事です。

 トランプ大統領は2日、ツイッターで「(米国が)通商面で実質的に全ての国に対し何十億ドルも失っているとき、貿易戦争はいいことで、勝つのも簡単だ」と述べた。

  貿易戦争に勝つってどういうこと?

  2年ほど前、TPP交渉の最中にも申し上げましたが、『日本政府がTPPの交渉で勝つということは、消費者は損をする』ということです。勝つと言うのは業界が利益を得られるようになることなので、その分消費者は損をします。実に単純なことです。政府が「牛肉の交渉で勝った」と言えば、我々消費者は高い牛肉を買わされます。そのことはアメリカも同じで、「鉄とアルミで勝つ」ということは、それを使って作る自動車価格は上がり、消費者がそれを負担させられるのです。

  でも雇用が増えるのでは?

ありえません。あとで鉄鋼産業を例に説明しましょう。

  トランプの場合、貿易収支を黒字にするってことが勝つことだとナイーブに考えています。関税を引き上げ海外の安い物資を入れなくすると、貿易相手国が報復措置を取りますから、それによるインパクトで結局貿易収支の改善は計れなくなります。すでに主要貿易相手国はことごとく首脳自ら「トランプに報復する」と宣言しています。いや、日本のアベチャンだけは相変わらずしっぽを振ってトランプについて行くだけなので(笑)、例外です。

  おバカなトランプちゃんにブルームバーグ社は記事で2つの数字の贈り物をしました。

その1.米経済学会(AEA)によると、国内鉄鋼メーカーでは1962年―2005年の間に雇用の4分の3が失われたが、その理由は労働者1人当たりの生産が5倍に増加したことによるものだった。

  そもそもトランプの宣戦布告は貿易によって失われた雇用をアメリカに取り戻すというのが目的です。しかし実際には、雇用は生産性の向上によって失われたのであって、海外に奪われたのではない、というのが真相です。

  しかし私が指摘したいもっと大事なことは、

「アメリカは鉄やアルミなどのローテク労働者を生産性向上で減少させ、ハイテク産業にシフトさせたことによって雇用を増やし高度成長産業を伸ばした」

  もちろん実際の鉄鋼産業労働者がアップルに転職したのではありませんが、数字の上ではそうした大きな労働力のシフトがアメリカの成長力の源です。それを50年前に巻き戻し、産業構造をローテクにシフトさせると言うのがおバカなトランプちゃんがやろうとしていることです。

  もし現在までに失われた5分の4の労働者が現在の高い生産性で粗鋼生産を始めたら、アメリカの粗鋼生産量は5倍となり、世界の鉄鋼価格は間違いなく暴落します。その上賃金は中国並みの年収90万円になりますよ、労働者のみなさん。アメリカ人の平均所得の630万円の7分の1で働きたいなら、どうぞ働いてください。

  そもそもアメリカの製造業雇用者数とサービス業雇用者数の比率は現在1対5です。それが産業構造の高度化であり、労働力の高度化です。製造業、それも特にローテクな重工業は過去の遺物です。

  それでもやりますか、トランプちゃん。

その2.英バークレイズの試算では、今回の関税措置により、ある程度長期にわたってコアインフレは0.1%ポイント加速し、経済成長は0.1―0.2%ポイント鈍化する見込み。トランプ大統領の財政刺激策による効果を相殺する可能性があるという。

    貿易戦争は歴史が示すように、世界経済の発展を大いに阻害しますし、世界大戦の引き金にもなりました。現在の世界経済は実に順調で、世界各国はその恩恵に浴していますが、貿易戦争はその好調な世界経済に冷や水を浴びせ低迷を招くため、計り知れないマイナスのインパクトを与えます。

  勝つのは簡単、でもそれで自滅するのも実に簡単なのです。

コメント (5)
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