ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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日本財政の問題点ーー3

2015年04月06日 | 戦後70年、第2の敗戦に向かう日本

   先週末のアメリカの雇用統計は、非農業部門雇用者数増加幅がコンセンサス予想の半分と意外なほど低調な結果でした。好調なアメリカの象徴だった雇用統計ですが、数値の上では20万人を上回れば巡航速度、25万人以上なら上出来という感じだったのが、突然12万6千人でした。その他の経済指標もこのところ若干スロー気味の数字が多くなってきているため、今後発表される1-3月期のGDPも弱いと見る向きが多くなっています。もっとも株価はすでにそうした数字を織り込み始めていて、3月初めのピーク18,288ドルからすでに3%ほど下落しています。

   経済指標がスローになっている原因はドル高による輸出のダウン原油安から来るシェール開発など投資のダウンだと説明されています。しかし今後の見通しがこれですっかり下方修正されると見る向きはさほど多くないようです。昨年が予想を上回る好調であったことから、多少のスローダウンはやむなし。私も一服することは逆に好調さを長引かせるためには必要だろうくらいに思っています。もしスローダウンでドルが下押すようでしたら、そこはドル買いのチャンスかもしれません。一方で米国債の利上げ待ちの方には、利上げ時期の遅れの可能性が心配ですね。

 

    さて、日本の財政問題です。前回は「プライマリーバランスとは歳出から利払いなどの国債費を除き、それが歳入とバランスしている状態」ということが定義だと述べました。しかし日本の場合は国債費が歳出総額の4分の1も占めているし、現時点の歳入総額の4割にも達しているので、それを除いてバランスしたなどという議論は意味をなさないという解説をしました。

   日本のように巨額の累積赤字を抱えていない国ではプライマリーバランスが達成できればそれでひとまず借金問題は一段落となります。それは何故かを説明します。

   プライマリーバランスが達成できると、あとの問題は償還期限の来る債券の借り換えができるか否かと、金利レベルの問題になります。一般的にはプライマリーバランスの達成ができている状態は比較的健全財政だと言う判断が下されるため、借り換えに困難は生じにくいのです。

   では金利はどうか。金利はそもそも名目のGDP成長率と連動します。成長により資金需要が増えれば金利は上昇しますが、その時はGDPも増えているので税収が上がり、逆にGDPが低成長の時税収は少ないが金利も低い。だから利払いで財政がひっ迫することはない、というのが理屈です。そこで利払い費が極端な巨額でなければ、プライマリーバランスさえ達成されていれば、金利上昇もあまり心配はいらないとなるのです。

  一般的には上の様な解説がなされますが、私はそれだけでは満足しません。何故なら、国債発行時の金利とはその時発行される国債に関わる金利であって、過去の金利レベルを全く考慮していないからです。金利は通常固定金利ですから、例えば10年債を発行し続けていれば、それらが償還されるまでずっと尾を引くのです。過去が高金利だったら、高いレベルの支払いは続きます。プライマリーバランスの一般論はまずこの点をしっかり指摘していません。もっともこの部分は日本には有利に働きます。これまで10数年にわたり超低金利が継続しているので、過去分の債務の金利は低金利だからです。

   もう一つ重要なことは、必要とされるGDPの増加とは実質値の増加ではなく、名目値の増加だと言うことです。いくら実質でプラス成長しても、デフレにより名目の成長率がマイナスだったら税収は落ちるのです。消費税を考えれば一目瞭然で、単純に購買数量に変化がなくても物の単価の上昇によって購買額が増えればそれで消費税収は増えます。逆にこれまでバブル崩壊以降の日本で起こっていたことは、実質で成長はしていても物価がマイナスのため税収もマイナスが続いていたということです。

   だったら極端な話、財政問題は経済成長などしなくても物価さえ上昇していけば自然に解消に向かうのか?イエスです。インフレ時は借金した者勝ち、の原理です。ただし実質の成長がたとえゼロでもいいから、マイナスにはなっていないことが条件です。

   これにはさらに若干の注釈が必要です。それはインフレの昂進は政府の歳出額を増やしてしまう可能性が大きいため、税収増加がそのまま利払いや借金の返済資金にはならないことです。つまり政府が購入したり投資したりする物件の値段は上がるし、公務員の給与も上がり歳出は増えてしまうでしょう。それに加えて実質成長ゼロの時にはたとえインフレになっていても経済全体は好調とは言えず、企業は賃上げをしづらいためまさに不幸の連鎖になる可能性がある。これが現時点の日本経済の姿です。去年は実質成長率が年間でゼロ%でしたが消費増税によりインフレ率は2%以上となり、我々は不幸の連鎖の中にいます。

(注)3月のコアのインフレ率がゼロだったというのは、消費税除きです

 つづく

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日本財政の問題点ーー2

2015年04月03日 | 戦後70年、第2の敗戦に向かう日本

昨日のサプライズ。

   政府、経団連、連合などが政労使会議を開催し物価を上げるために談合をしました。名目は「経済の好循環をつくるため」とありますが、実際には国を上げての談合です。日経新聞のまとめによれば政府の対応とは、

・価格転嫁の好事例を盛り込んだ取引指針策定

・指針から外れた企業に行政指導

・15年度上期に大企業500社に立ち入り検査

 

  これって中国共産党よりひどいやり口だと思います。政府が主導すれば談合もOKとなれば、そのうち労働者全員の賃金を2%上昇させ、価格もすべて2%上昇させ、挙句の果てにそれを消費税2%の増税でふんだくる。そして年金生活者だけが泣きをみるってことになりそうです。これを首相自らが会議に出て行って音頭を取る異常さに対してさしたる反論も出ない。おめでたい日本の行く末がますます心配です。

   さて、私のシリーズ記事は財政問題に入りました。ところが政府は財政問題はそっちのけで「政治の季節」入りしています。防衛問題や憲法改正問題を正面に据えて議論を沸騰させ、あまり芳しくない経済問題や本当は正面から取り組む必要のある財政問題を忘れさせる作戦に出ているように思えてなりません。


   前回は借金は全部返す必要はないというお話しの最初で、「優良企業は貸し手の銀行にとっても優良なことに変わりはなく、かなりの低金利であっても安全性が高いため銀行は借り続けて欲しいと思っている」というお話を差し上げました。そしてそれは日本やアメリカの政府にも言えることだ、と申しました。

   日本国債は危ういと思っている方が多いので、この議論には違和感を感じるかもしれません。しかしアメリカ国債について世界の投資家は「何度でも借り換に応じてあげるから、発行を続けてほしい。金利だけしっかり払ってくれれば返済などしなくていい」と思っています。

   そしてさらに私は「この考え方の延長線上にあるのが、償還期限のない永久債で、長期の投資家は超安全な債券であれば再投資の心配のない永久債への投資も十分に魅力的なのです」とも書いています。

   償還期限のない永久債、もしくは最近海外で発行されている50年債や100年債などはこうしたことが理解できると決しておかしなものではないことが理解できると思います。日本国債もすでに40年債まで発行されています。現在の金利はわずか1.4%ですが。

   ここまでは投資家サイドから債券をどう見るかという視点が中心で書いています。その裏には当然、先進国共通のカネ余りがあります。投資家側がカネ余り状態であれば、発行体はそれに乗じて借り換えリスクのことを考慮しなくなるのです。プライマリーバランスさえ達成できればそれでいいというのは、この考え方の延長線上にあります。今回はそれを説明します。

   プライマリーバランスとは何かおさらいしましょう。この6月には安倍政権が財政再建計画を策定する予定ですが、この言葉を理解しておかないと何のことかわからない恐れがあります。

   まず本当の収支均衡とは   歳入総額―歳出総額=ゼロ

 

   プライマリーバランスとは   歳入総額―歳出総額のうち国債費を除外=ゼロ

 

国債費とは国債の金利費用と強制償還額です。上の式は国債費を除いて歳入と歳出がバランスしていれば、それで収支均衡とみなすということです。

   これを数字で見てみましょう。日本の15年度予算は歳出総額が96兆円です。そのうち国債費は23.5兆円です。ということはプライマリーバランスとは、「歳出のうち4分の1も占めている国債費23.5兆円はなかったことにすれば、バランスしてるでしょう」ということです。

   そんなバカなですよね。でもこれがプライマリーバランスの意味です。もし政府が6月に策定される財政再建計画で「プライマリーバランスが達成できる」と言ったら、笑ってあげましょう。(それも笑でなく爆です)

    15年度予算をおさらいしますと、歳出総額96兆円に対して、税収など歳入総額はわずか59兆円です。そのうちまず黙って23.5兆円も持っていかれ、残りは25.5兆円しかない、それが日本国の財政の実態です。

   しかも困ったことにこの国債費は他の経費をどんどん削減できたとしても、ビタ一文削減できない費用です。

 つづく

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その13. 日本財政の問題点ーー1

2015年03月27日 | 戦後70年、第2の敗戦に向かう日本

  前回のお話しは、国の債務は過去に財政赤字で作った1,144兆円に加えて、社会保障の将来債務1,600兆円があるということを、企業会計を例にして解説しました。

   そして75歳以上の逃げ切り世代に比べて35歳の若い世代は、所得代替率でおよそ2倍の世代間格差をつけられてしまう可能性があるという推定を示しました。

  それに対して、救われた投資家さんや目白のおっちょこちょいさんから、今後の自分年金の目標数値がはっきりしたとのコメントをいただき、私も懸命に数値化した甲斐があったと嬉しく思っています。


   今回からいよいよ日本財政の問題に入ります。

 「日本政府の債務1,144兆円は過剰だと言うが、本当か?いったいいくらくらいまでなら借金をしていてもよいのか」

   これに対する明確な回答はあまり見たことがありません。しかしとても重要な議論ですので、それに対するおよその説明を試みたいと思います。

   私は2000年代の10年間ほど企業買収の専門家でした。金融機関にいて買収のアドバイスをするということではなく事業法人の買収担当で、買い手として買収に携わっていたのです。アドバイザーは買収が完了すればおさらばですが、買収側はそうはいきません。買収後のマネージこそが勝負ですから、買収対象企業の評価は厳しく見る必要があります。しかも私のいた事業法人は51%の資本を英国企業が保有していますが、決してお金持ちではなく、全く一般的な非上場の中小企業でした。そこで買収対象企業はかなり際どい企業、例えば債務超過で今にも倒産しかねない企業が多かったのです。理由はそうした企業はとてつもなく安く買うことができるからです。そこで必要とされる目利きとは、赤字だったり債務超過の企業でもぎりぎり生き残れるか否かを見極めることでした。では超赤字の日本株式会社は果たして生き残れるか、私なりの目利き力を試してみたいと思います。

   企業は過大な債務があるとそのせいで倒産してしまうということがよくあります。国ももちろん同じで、これまでの歴史を振り返れば日本を含めいくらでも倒産あるいはハイパーインフレで倒産同然になった国々があります。企業と国の比較をすると、いつも「企業と国は違う」という訳のわからない反論をする人がたくさんいますが、もちろんそんなことはなく、倒産するのはどちらも同じです。

   しかし企業にしても国にしても「借金はすべて返済しなければならないということはない」のです。なんか少し逆っぽいことを言っているようですが、しっかりとこの後の話を聞いておいてください。日本の行方を見る上で、非常に重要なお話です。

  どんなに優秀な企業でもある程度の借金を背負っています。例えば日本国より格付けのよいトヨタ自動車ですが、バランスシートを見てみましょう。総資産は47兆円、負債は30兆円、その差の自己資本は17兆円程度で自己資本比率は36%です。3月末での売り上げ見込みは27兆円、純利益は3兆円弱なので、純利益の10倍もの負債を背負って経営をしているということです。では利益の10倍の借金について、トヨタの返済力に不安はあるでしょうか。全くありませんよね。トヨタに貸している銀行はトヨタからの返済は実は望んでいません。むしろそのまま借り続けて金利だけしっかりと払って欲しいのです。優良企業は貸し手の銀行にとっても優良なことに変わりはなく、かなりの低金利であっても安全性が高いため、借り続けて欲しいと思っています。

  今のアメリカや日本の国債の低金利も、これに近い状況にあることを理解してください。もっともこのブログを主催する私や読者のみなさんは、日本国債は危ういと思っているので、若干の違和感を感じるかもしれません。しかしアメリカ国債について考えれば、アメリカ政府が借金をしなくなって投資ができなくなるより、借換(投資家から見れば再投資)にいくらでも応じるから、発行を続けてほしい。金利だけしっかり払ってくれれば実はそれでいいのです。

   アメリカ国債を例にしてこう考えると、「借金はすべて返済しなければならないということはない」ということを理解していただけるでしょうか。さきほどのトヨタと銀行の関係と同じです。この考え方の延長線上にあるのが、償還期限のない永久債です。長期の投資家は超安全な債券であれば再投資の心配のない永久債への投資も十分に魅力的なのです。もちろんオカネがいる時には売却すればいいのです。

   プライマリーバランスさえ達成できればそれでいいというのは、やはりこの考え方の延長線上にあります。

つづく

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その12.社会保障、年金の世代間格差 ーー2

2015年03月21日 | 戦後70年、第2の敗戦に向かう日本

  シリーズに戻ります。シリーズの番号をまた間違えました。10番が二つになってしまったので、今回は12番です。

   前回の要約をしますと、専門家である鈴木亘氏の計算によれば、

社会保障全体の「将来純債務」は

 ・年金が1,000兆円。その内訳は厚生年金900兆円、国民年金100兆円、共済年金200兆円で計1,200兆円だが積立が200兆円あるので1,000兆円

・保険は医療保険、介護保険、労働保険などの将来債務は合計で600兆円になる

・年金と保険の合計で将来純債務は1,600兆円に及ぶ

・将来債務は現時点までの国の累積債務1,144兆円(3月末見込み)とは別に支払いが約束されたもの

   ということでした。この中に出てきた重要な言葉、将来債務に関して説明します。「将来なんだから今は関係ない」のではなく、私に言わせれば「国民の誰もが抱く漠然とした不安を数値化したもの」だから非常に重要なのです。

   将来債務は決して難しいものではないのですが、およその概念をつかんでいただくために、まず企業会計で説明してみます。例えば昔企業ではバランスシートを小さく見せるために、生産設備を買わずにリースするということが行われました。生産設備は普通であれば銀行から借金をして投資をします。するとバランスシートでは右側の欄にある借金が増えます。その分左側の欄に設備が固定資産として計上されて左右のバランスがとれます。しかし借金と資産が増えることでバランスシート全体が肥大化し、自己資本比率が低下してしまいます。

  これに対して設備をリースすると設備投資のための借金も増えないし、固定資産も増えず、バランスシートをスリムに見せることができます。しかしリースの契約は例えば10年であれば10年先までの支払いを約束しますので、それが抜けおちた会計報告はインチキに近い。企業の債務全体を把握するにはリースも債務に含める必要があります。そこで最近の会計基準では短期のオペレーティング・リースを除き、リース契約だとしても、設備を買ったものと同じくバランスシート上に載せ、将来の支払いを約束したリース債務も載せることにしています。

   政府は、すでにしている借金は債務として合計額を明らかにしていますが、年金や保険などのように将来の支払いが決まっていても、それを債務だと認識し数値を公表していません。企業で言えばオフバランスの処理をして、いかにもスリムだと見せているのです。

    年金や保険は毎年加入者が保険料を支払いますので、将来の支払約束額そのものが問題なのではなく、保険料収入でカバーできない赤字部分が問題なのです。その将来の赤字部分だけの合計を先ほどの記事の要約では純債務といい、合計額を算出しています。対象となる国民は現在生きている人で将来生まれる人はカウントされません。これは企業の退職金債務の計算と同じで、現在の従業員が全員退職するとしたら退職金はいくら必要か、という計算をします。こうして年金と保険を合計した将来債務全体が1.600兆円にもなるという計算です。もう一度言いますが、この莫大な金額は支払い額全体ではなく、保険料収入ではまかなえない赤字部分だけです。

    将来債務は逃げ切り世代が自分で使った分の一部しか払わずに、ツケを後の世代に回した分です。そのツケは後の世代が税金や保険料の値上げで払うか、もらえる保険額・年金額などを削減する以外に対処できません。

  では世代間の格差の問題に戻ります。団塊の世代の最後が遂に65歳となり(私です、笑)、年金や保険の支払い側から受け取り側になってしまいました。では一世代を30年として、現在35歳以下の若者たちと団塊の世代もしくはそれ以上の逃げ切り確定世代とはどの程度の格差が見込まれるのでしょうか。

    前回の年金の話では厚労省自らシミュレーションをしていて、その最悪ケースでは現在75歳の人達の年金受給レベル、つまり所得代替率は6割くらいで、55年にもらい始める人(70歳でもらい始めるとすれば、今30歳)は35%程度だということでした。所得代替率とは現役時代にもらえる平均金額に対して、年金は何割もらえるかの率です。

  しかし35%払ったら年金基金の貯金はゼロになってしまう計算なので、そうならないようにするためには30%くらいでとどめないといけません。すると逃げ切り確定世代6割と将来世代3割ではもらえる金額で約2倍の格差がつくことになります。

   厚労省のこうした推計や将来の政策に年金と保険で差はないとすれば、やはり保険でも逃げ切り世代と背負わされ世代では2倍くらいの差が出ることは覚悟する必要がありそうです。その中間に位置する方は、ご自分の年齢でおよその推定をしてみてください。6割と3割の間でどれくらいかを計算すると最悪ケースの数字が出てきます。

   ということは、今30歳の方が今75歳の方と同じ様なレベルのリタイア生活をするには、自分がもらえる年金と同じ額を自分でも積み立てておく必要があるということです。

   さらに暗くなる話をして恐縮ですが、この計算には現在の国の借金1,144兆円は入っていないので、それは1円も払わない前提でこのひどさです。

   すみません、数字のお話ばかり延々としてしまって。もうなんだかわけわかんなくなっている方も多いと思います。こうして書いているうちに、林と言う人間はトコトン数字ヲタクだなと自省しています(笑、いや爆、いや自爆か)。

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その10  社会保障、年金の世代間格差

2015年03月16日 | 戦後70年、第2の敗戦に向かう日本

    シリーズに戻ります。このシリーズの核心は、年金逃げ切り世代と背負わされ世代の世代間格差がとても容認できないレベルに達しつつあり、このままでは財政・年金・社会保障などが破綻に瀕してしまうという点です。

    前回の記事では日本財政の債務レベルはGDP対比でおよそ230%にも達していて、そのうち甘めに見てもGDPの100%、500兆円くらいは若い世 代が言われのない債務を背負わされているということでした。しかしこれはまだ序の口です。どこまでできるかわかりませんが、若い世代が社会保障の何をどれ だけ背負わされているのか、数字で検証したいと思います。

    社会保障の制度にのっているのは様々な年金や保険です。しかし社会保障制度に関わる数字は財政問題のように累積債務はいくらだというような数字として はほとんどみかけません。なんとなく若い世代は年金をこれまでの世代の様には払ってもらえないだろう、健康保険や介護保険も高齢になった時点では今のよう には払ってもらえないかもしれない、というくらいの認識しかないと思います。ではまず年金からです。

    「年金100年安心プラン」という言葉を聞いたことのある方は多いと思います。2004年に厚労省が年金制度を見直し、これで将来も安心だという制度 を作り上げた時から独り歩きしている言葉です。その後年金制度は5年ごとに実情に合わせて見直しがされることになっています。09年は見直しの必要はない とされそのままでしたが、昨年は04年から10年が経ち見直しが必要かもしれないとされ、6月に厚生省が年金の長期試算をやり直し、結果が発表されていま す。

   ご自分の年金の仕組みがそもそもどうなっているのか、一度みなさんも厚労省のサイトで見ておくべきだと思います。制度などの解説は以下のサイトです。

 http://www.mhlw.go.jp/nenkinkenshou/verification/

    昨年14年に見直しが行われたということは、04年の制度改革は100年安心なんかではぜんぜんなかったということです。14年の試算は人口や経済成 長率の前提条件をいろいろ変えて、様々なシミュレーション結果を示していますが、どの可能性が高いかには触れていません。以下の厚労省のサイトで中身を見 ることができます。

 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/h26_kensyo.pdf

   シミュレーション結果はAからHまで8通りもあります。それを以下で最善、真ん中、最悪の3とおり見てみましょう。それぞれのシミュレーションは、最後 の「所得代替率」に集約され、高いほど多くもらえることを示しています。現役世代の平均的なボーナス込みの手取り賃金に対する年金額の割合を所得代替率と呼んで、給付水準設定の基準としています。例えば代替率が50%なら、現役世代の平均所得の5割程度を年金として受け取ることができるとうことです。計算結果のうち3つのケースを見てみます。

        物価上昇率 賃金上昇率 運用成績率 実質成長率 所得代替率

   最善A;    2.0           2.3            3.4           1.4            50.9

      中間E;    1.2     1.3     3.0      0.4      50.6

   最善H;    0.6%   0.75%   1.7%    ▲0.4%   35-37

   ちなみに最悪ケースは、物価上昇0.6%、賃金上昇0.75%、運用1.7%、実質経済成長▲0.4%の前提で、厚労省は『マクロ経済スライドによる調整を機械的に続けたとしても、国民年金は2055年度に積立金がなくなり、完全な賦課方式に移行する。その後、保険料と国庫負担で賄うことのできる給付水準は、所得代替率35%~37%程度』と言っています。

    この内容を解説します。マクロスライドとは「そのときの社会情勢(現役人口の減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕 組み」です。最悪ケースではたびたびマクロスライドが発動され、機械的に給付を減少させたとしても55年には年金の貯金は底をつく。つまり年金収入以上に 支払いを続けるので、貯金はゼロになってしまう。その後はその時の現役世代が払う保険料と財政で補助しても、平均所得の35%~37%程度しかもらえませ んよ、ということです。もちろんその時に財政が社会保障を補助できるほど健全であればの話です。

    よく見ると結構ひどい話です。これまでの年金制度の見直しは、いつも下方修正されてきました。将来の人口減少や成長鈍化など、わかりきっていてもさら に下方修正してきたのです。それに懲りたか、今回は最悪ケースまで作ってはあるのですが、どうも最悪を覚悟する必要があると私には見えます。そしてそれが 現実になると55年には積立金はゼロになり、その時にもらえるのは現役のときの3割台の年金だと平気で言っているのです。次第になくなっていく積立金の運 用成績がいくら良い成績でも、だんだんなくなるのでそんなものは焼け石に水です。

  04年時点の所得代替率は59%と約6割でした。それが徐々に低下し55年になると30数パーセント、しかも積立金はゼロになるということは、今年金を受け取っている世代と比較すると半分になってしまうという大きな格差があるということが言えそうです。

    このスタディーの中身一つ一つをどう見るかの検証はしません。人口の前提が厚労省の言う中位で、それ自体かなり怪しいからです。そこで我々は念のため 「最善は達成が難しそうだ、最悪を覚悟する必要があるかもしれない」くらいに見ておくべきだと思うのです。なにせ潜在成長率はすでに1%を切ってほとんど ゼロパーセントに近付いているという見方がコンセンサスなのですから。

 つづく

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