いまさら他人に聞きにくい長年の疑問。
その1
ドイツ人はジャガイモを、イタリア人はパスタを、本当に「主食」として食べているのか? それは日本人にとってのご飯のようなものなのか? するとパンとの関係は? 確か、ドイツ人もイタリア人もパンを「主食」らしく食べていたが? ひょっとすると、ジャガイモやパスタは日本人の場合の「麺類」にあたるのか? でも、日本人はそう頻繁にご飯と麺を一緒に食べないのではないか? まさか味噌汁と同じ、ということはないだろう?
その2
なぜ世間の特に男衆は、宴会の後、2次会・3次会が終わってから、「シメにラーメン!」と言うのか(「シメに牛丼」もあるらしい)? しかもそのラーメン屋で、なぜ「じゃあ、とりあえずギョウザとビール!」と言うのか? この場合、「シメ」とは何か? かりに「シメ」が飲酒のことなら、本当に、ラーメン屋の後は酒を飲まないのか? 一人で帰る途中でも、家に帰ってからも?
その3
そのとき特にお腹が空いているわけでもないのに、駅などで立ち食いソバ屋を見ると、なぜあれほど強烈に惹きつけられるのか? 食事時でもなく、もっと言うと、食事の前後にさえ、抗いがたい引力を感じるのは、私だけなのか? 母親から「その格好で立ち食いソバはヤメなさい」とよく叱られるが、やはり常識的にまずいだろうか? ところで、立ち食いソバは、はたして「食事」として認められるものなのか? ひょっとして「おやつ」か?
陽ざしが増し、夏の到来を感じます。
どうぞご自愛下さいますよう心よりお祈り申し上げます。
でも「問い」を「問い」のままに大事に抱いて生きていく事が、人生を充実させることになるものだと思うんですよ。(眼光鋭く、時折うなずきながら)
・・・大変、失礼いたしました。
いつか、座禅の御指導をいただける僥倖がございましたら、姿勢の悪さやブログでの数々の無礼ゆえの警策を頂きたく存じます。何卒、ご海容のほどを...(泣笑)
追伸
1~3について、すぐに事実等に基づいて、説得力がありそうな「仮説」を立ててしまいました。
私にはこういう風になんでも埋めたがる性格があるなぁと、改めて思い知った次第でございます。
「答えが無い状態を忍耐できるか否かが、仏教徒でありえるか、ありえないかの分かれ目になる」ということを、改めて肝に銘じたいと思います。(勿論、本来の文脈の意味で申しております)
その1
イタリア人にとって、本来パスタは
肉や魚料理に先立つ前菜のようなものだと
聞いたことがございます。
フランス料理でいう、パンのような位置付けでしょうか。
その2
ギョーザ、ビール、ラーメン等々の一連を引っくるめて
ラーメンと呼んでいるように思います。
あくまで 外で人と共に飲食する行為はラストだという意思表示であって、
帰途や帰宅後に飲むケースは 何も珍しくありません。
その3
軽食という位置付けをする人もいるかも知れません。
サラリーマンの方々が立ち食い蕎麦を朝食としているのを見かけます。
箸を使う摂食は、おやつ とは捉えがたいような…。
とはいえ、お汁粉なんてものもあるし。どうなのでしょうね。
26歳 女性の考えでした。
私の素朴な疑問をどなたかに教えていただきたくて、書き込みしました。
このところずっと疑問に思っているのですが、「お金」ってなんでしょう。
「金の切れ目が縁の切れ目」とも言います。お金の話になったら、人格変わってしまう方もいらっしゃいます。「お金」の正体はいったいなんなのか、、知りたいです。
ご無礼承知でここに質問しました。
削除していただいても構いません。
でももし、気に留めていただけたなら、いつになっても構いません。教えていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。