草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

日本保守党とエリック・ホッファーの『大衆運動』

2024年05月31日 | 祖国日本を救う運動
 大衆運動についてエリック・ホッファーが「言論人によって開拓され、狂信者によって具体化され、活動家によって強化される」(『大衆運動』高根正昭訳)と書いているのは的を射ていると思う。
 日本保守党なども、政党というよりも大衆運動としての面が強い。国会や地方議会で議席を獲得するにしても、それはあくまでも大衆運動の結果なのである。
 日本保守党の場合は、まず火を付けたのは保守を名乗るネットのユーチュバーであった。いうまでもなく評論家であり、最初から限界がある。大衆運動において先頭に立つのは「狂信者」なのである。
「狂信者」というと誤解されかねないが、政治的な駆け引きや打算を無視した人たちなのである。その人たちのエネルギーが集まらなければ、爆発的な広がりにはならないからだ。
 百田尚樹氏や有本香氏などが混乱しているのは、言論人としての限界を踏み越えるかどうかで迷っているからだろう。さらに、最初から選挙を目的に結党したので、大衆運動を盛り上げるエネルギーを結集することができずにいる。
 言論人が火を付けて回って、猪突猛進で恐いもの知らずの人たちにバトンタッチをした方が良い。助言し、資金的に協力するのはいいだろうが、そこでも指導者になるのは難しいのである。
 最終的に登場するのが活動家である。自滅的な戦いに終止符を打ち、徹底的な抗議から、獲得した権力を管理維持する方向に専心するのである。
 大衆運動にはそれぞれの役割りがある。それを見極める力がなければ、尻つぼみに終わってしまう。言論人と活動家を両方こなすような人物は限られており、言論人、狂信者、活動家の三つを一人でというのは、なおさら困難なのである。
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