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草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

アジア解放の戦いの仲間であったことを韓国人は忘れたのか!

2014年06月02日 | 国際問題

 在日韓国朝鮮人については、あくまでも彼ら一人ひとりの問題である。日本民族は寛容であり、血で全てを決めようとは思わない。石原莞爾の東亜連盟にしても、共に一つの目標に向かっていけるかどうかであり、ナチスとはその点が異なっていた。現在のように反日を叫び、それを何物にも優先させるような動きがあれば、それは当然のごとく批判されるだろう。在日の人たちにしても、日本において徐々に中共に取って代わられているのを実感しているはずだ。人数的にも対抗できなくなって、最終的には日本人と組むしかなくなる。それにも気付かずに、日本批判を繰り広げるのは、天に唾をするようなものだ。古代の朝鮮半島の歴史をみても、それは理解できる。朝鮮半島が支那に併合されそうになると、やはり日本を頼りにしたのである。そして、韓国が日本に要求すべきは「従軍慰安婦」ではないだろう。大日本帝国の軍人としてアジアの解放のために戦った韓国人を、顕彰してもらうことではないか。予科練の飛行兵として散華した者たちもいたのである。共に仲間として戦ったことを忘れるべきではない。大東亜戦争が正しかったか間違ったかの議論ではない。日本はそのために応分の負担をするのだ。在日韓国人に名誉を与え、それへの顕彰をするのである。韓国人の多くは日本の文化が朝鮮半島から渡来したことを主張する。それはある程度まであたっているが、根本においては間違っている。日本はいかなる文化を受容しても、必ずそれを日本化した。渡来人も同じように、日本の風土に溶け込んだ。そこに日本文化の若さとエネルギーを見ることができる。反日よりもまずは日本文化に触れることなのである。そうすればよくわかるはずだ

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