草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

茨城にて5首

2013年01月28日 | 短歌

黒髪がなびいてさみし大洗見知らぬ人の眼差しゆれて

手に付きし黒土かなし会津なる雪国われはかなわぬ世界

アクセントなき人われは訪ねたり東国人の暗喩なりせば

水戸会津尊皇なりしもののふが粗末にせしは命なりしか

西見れば雪雲なりし今もなお帰る世界は常世の闇に

 
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国家の生命は永遠であると考えたのが柳田国男だ!

2013年01月28日 | 思想家

 ようやく今の日本人は、日本の大本に目を向けつつあるのではないか。過去から現在、そして未来をつなぐベースがあって、それを守るのが日本人なのである。左右を問わず、柳田国男に関心が高いのは、それをテーマにしているからだろう。60年安保闘争に敗北したブンドの一部が、日本の土俗性に立脚することで、舶来ではないオリジナルな革命思想を手にしようとしたのは、あまりにも有名なエピソードだ。『時代ト農政』のなかで、柳田は生きている者だけでなく、未来の日本人や、すでにこの世を去った日本人をも念頭に置いた。時代や階級を超えて、それが日本人の根拠となるからだ。「仮に万人が万人ながら同一希望をもちましても、国家の生命は永遠でありますからは、予め未だ生まれて来ぬ数千億の利益をも考へねなばなりませぬ。況や我々は既に土に帰したる数千億万の同胞を持って居りまして、其精霊も亦国運発展の事業の上に無限の利害の感を抱いているのであります」(『時代ト農政』)。それは同時に「仮令一時代の国民が全数を挙げて希望する事柄なりとも、必ずしも之を以て真に国の政策となすべからず」との主張にも結びつく。なぜならば、柳田に言わせれば「国家が其存立に因りて代表し、且つ利益を防衛すべき人民は、現時に生存するもののみには非ず」であるからだ。日本という国家は、生者だけで維持されているのではないのである。柳田民俗学が高く評価されるのは、生者の奢りをたしなめているからだろう。

 
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